強くも脆い華 そのいち
賑わう市場の外れ、そこにお目当てのお店があった。くぐり抜けた先には壁に掛けられた多種多様の武器。一方で店内は閑散とした様子で、国内の中心都市の商店としては異常な光景が広がっていた。
「ここでいいのですか?」
「おう、穴場みたいなもんだ」
「へぇ、こんな場所があったのか……」
シンは自信満々に、クロウは物珍しそうに店内を伺っている。私も改めて武器を眺めるが全く同じものが一つもない。よくある量産の品というわけではないようだ。
手に取るとしっかりとした重さが伝わり、試しに振ってみると思った以上に振り易い。
悪くない、そう思えた。
そうこうしている内に、シンは奥の方へ向かったようだ。少し離れたところからシンの声が聞こえる。
私とクロウの二人はシンに連れられてこの武器屋に訪れていた。こうなったのも少し訳がある。
今日の戦闘学の最後、レノン先生が「来週は武器を使った模擬戦を行う。各自用意しておくように」と唐突に宣ったのが事の発端。お陰で武器を持っていない生徒は少なくとも今週中に用意しなくてはならなくなった。全くいい迷惑だ。
一応ないことはないが、手持ちの武器と呼べるものは鍛錬で使っている刀のみ。しかしあれは鍛錬用に刃引きを施しているものなので、授業用として新しく買うことに。
そう言う訳でリンとレナを誘って行こうとしたものの、
「ごめん、私母さんから貰った武器があるから」
「すみません、家の方で既に用意されてありますの」
と見事にフラれ、それを見ていたシンに誘われて今に至る。
「ユーリ、いいのはあったか?」
「そうですね、どれも手に馴染むようでハズレはなさそうです。ただそれだけにどの武器を選ぼうか迷ってしまいますね」
いくつか同様に手に取りつつ振るう。手には馴染む。しかしどこか違う気がして決め手に欠けていた。
そう思って色々と店内を見回していると、立てかけられた真っ黒な大鎌に目が向かう。
「クロウはこれ、似合いそうですね」
「そうか?」
「ええ。ほら、黒髪に映えてよくありませんか?これを持って黒いローブを羽織ったら死神っぽくてかっこいいですよ」
くすくすと笑いながら冗談半分で勧めてみた。確かに見栄えはするが、あまり現実的ではない。あれを扱うには専用の動きをある程度知らなくてはならないし、筋力もかなり必要になる。加えて学園では広く使われる剣や槍を主として授業が組まれていたはずなので完全に独学となってしまう。
クロウならその辺を判断した上で断るだろう。
「ふむ、考えてみるか」
しかし予想に反してクロウは大鎌を手に取り、軽く振るった。それもあっさりと。何やら納得したそうで、どうやら気に入ってしまったみたい。
あまりに予想外なので、私は何を話していいのと慌ててしまう。
「二人共、いいの見つかったか?」
どうしようか、と悩んでいる内にシンが奥から戻ってきた。手には赤い装飾が施された大剣。それを軽々と持っている。
「それがシンの武器か?」
「おう、やっと出来たらしくてな」
クロウの問いに答えるシンはどこか嬉しそうだ。声が弾んでいる。
男子は武器の話になると盛り上がると聞いたことがあるが、ホントなのだろう。普段あまり盛り上がって話すこと等見ないクロウでさえ生き生きとしている。
ああ、もうクロウはその武器で決めてしまったのだろう。脇から聞こえる二人の会話がそれを如実に表している。初めに振ったのが自分とはいえ止める機会を完全に失ってしまった。
しかしクロウ自身が決めたことだ。仕方ない、と割り切って改めて武器を選ぶ。
多種多様ある武器。悩んだ末、やはり刀にした。弓は私のスタイルに合わないし、短剣では使える場面が限られる。槍や斧は筋力の関係上無理な上、他の剣では刀で慣れた動きがどうしても出てしまい、下手すると加減もできなくなる。慣れた形に落ち着くのは必然だったのだろう。
そう思って探すものの、なかなか見つからない。実際、刀はあまり広くは知れ渡っていない武器で、それ以前に刀を創れる職人の数が少ない。
もう短剣でもいいかなと思った矢先、奥の方で何かが飾られているのが見えた。惹かれるように進み、ショーウィ道の前に立つ。
綺麗に展示されたそれは鞘のない抜き身の刀。薄く蒼い光沢を放つ刀身を持ち、柄巻に竜胆色の布で巻かれただけの少ない装飾で。鍔には椿の模様が描かれている。
それに私は吸い込まれるようにぼうっと見入ってしまう。
「蒼華……」
これがこの刀の名前。双剣白椿の片割れ。製作された当時としては珍しい魔武器で、その力は現代のものにも引けを取らない。聞くところによると昔二刀はそれぞれ行方知れずとなっており、今では名すら知る人も少ない歴史に埋もれた名刀だ。
「……お前、それを何処で聞いた」
じっと私を見据える鋭い視線。側の受付の方からだった。
「その手の物には多少詳しいので」
さらっと返す。それだけで店主は興味を無くしたのか視線を外して業務に戻る。
「すみませんが、これ以外にはこの店に刀は置いてありませんか?」
「うちにはないな。他を当たりな」
「そうですか、ではこの短剣を二つ 頂けますか?」
「……銀貨六枚だ」
商品に刀はないようなので諦めて短剣を買うことに。店主は無愛想に、私は支払った。
「ホントにその武器で良かったのか?」
「ええ、私は魔法が主体ですから問題ありません」
私の腰に挿す短剣を見て心配そうに聞かれる。店を紹介したのが自分なだけに心配でしょうがないのだろう。何度目かわからない答えを返して帰路を進む。
私としてはクロウの買った大鎌の方が心配なのだが、当の本人は機嫌が良さそうなので聞く気も失せてしまう。
「シンはその大剣を買ったのですよね?」
話題を切り替えるためにも、シンの興味を持ちそうな話題を振る。どうやらそれは成功のようで、シンの目は生き生きとしていた。
「ああ、カッコイイだろ!!焔って言うんだ。魔武器使用で魔力を流すと火を纏うらしくてさ。ああ、明日の模擬戦で早く試してぇ!!」
「いい能力ですね。私も見るのが楽しみです。ね、クロウ?」
「そうだな。今度時間があったら手合わせをしようか」
そう言うのは自分も早く試してみたいというのが本音であろうな、と私は当たりをつけて。
「……男の子ってよくわかりません」
二人に聞こえないように小さく呟くのだった。
―――〆
「これより武器を用いた模擬戦を行う。これはあくまでも武器の扱いを確認するものなので魔法の使用は禁止とする。人数が時間もあまりない。呼ばれた奴はすぐ前に出るように」
第二訓練所で声が響く。今日の授業は二クラス合同らしく、人口密度が高い。前方ではレノン先生とAクラスの担任らしいミーア先生が指揮を取っていた。
周囲では学園に入って初の模擬戦に興奮しているのだろう、そわそわ忙しない。
次々と生徒が呼ばれ、模擬戦を開始する。元々ここに入学する前からそれなりの鍛錬を積み重ねてきたのだろう。動きにキレがある。
今の男子同士の試合も、剣同士の戦いであるが片方は攻撃重視の大剣、一方は長剣。大剣の太刀筋を読んで受け流したり、逆に大剣がそれを逆手に取ったり、長剣の攻撃を力技で対処と同時に隙を埋めるべく体術を駆使したり……。
対人戦では特に読み合いが大切になる。如何に相手を欺き、読み、どう対処するか、隠し手をどのタイミングで用いるか。もちろんそれはある程度の技術が必要となるのは言うまでもない。
しかし、そこまでだ。私達の相手は人間だけではなく魔物もいる。むしろ魔物相手の方が多いくらいだ。それを今の技術で何処まで活かせるか、そこが大事なのではないのだろうか。
もっとも、それは私の勝手な解釈なので他者にまで強要させる気はさらさらないのだが。
今見ていた試合が終わり、次の生徒が呼ばれ。
「リン・コレット、ユーリ・フォーレ」
私とリンだった。他のクラスもいるのだから態々同じクラス同士でなくていいのに。なんてボヤきながらリンと一緒になって前へ。
「戦闘前に再度確認を取るが、魔法の使用は禁止だ。では戦闘開始」
レノン先生が向かい合い、準備を終えた私たちを一別してから開始の合図。
同時にリンはすぐさま動き出した。リンの手に握られた薄紅く染まる綺麗な刀。妖艶に、艶やかなまでに綺麗な軌跡を残して振り払われるそれは一瞬で私の元へ到達する。
飛ぶように少ない歩数で直進し、下段からの斬撃。それを私は手元の短剣で受け流し、そのまま一歩踏み出して首へと刃を向ける。
前方に進む勢いを殺してリンは斜め後ろへ逃れ、距離を取った。
「危なかった……ユリ、容赦ないよ?」
「リンなら避けられると思いましたから」
先程の攻防を楽しそうに笑うリン。その無邪気さを私は羨ましく思う。
ことも無さげに軽口を付きながら、これからどのように戦って行こうかと悩む。
「……行くよ!」
鋭い目をして再度私にかかる。今度は直線ではなく回り込むように。不規則に、しかし勢いを殺さずに。剣舞のような動きを、私は躱し、受け流し、去なしながら私は思考を巡らす。
本格的に私が動いたら私は例えこの長さが五倍は劣る短剣でさえリンの剣舞に似たものを容易く抑えて圧倒できてしまうのは感じていた。もっともそんなことをするつもりはない。
私は勝つ必要はないのだ。周囲に武器はあまり慣れていないと騙すことが今日の目的。
だからと言ってリン相手に手をあからさまに抜いていたと、少しでも感じさせるわけにはいかない。それは失礼だ。もっともこんなことを考えていることも騙すことも失礼なことに変わりないのだが。
「ユリ、まだまだこんなものじゃないでしょ!!」
横からの一閃を敢えて短剣で受け止める。ズシっと重い力が手に掛かり、一瞬顔をしかめた。
「ええ、そうですね」
その言葉に嬉しそうにするリンを見て私は受け止めた刀を弾く。
あまり考えすぎるのは良くないだろう。皆ある程度の実力は持っている。ならそれに応じればいい。私は後衛だ。武器を使うのは非常事態。その程度でいい。それくらいの力は今の防衛で見せたと思う。それなら――
「リン、耐えてくださいね」
短剣をリンへと投擲し、右へ避けさせることで一瞬の硬直を狙う。
そのまま静かに近づき、着地の際起点となる右足を払った。「えっ?」と急に感じた浮遊感に戸惑うリン。そこに刀が使えないよう利き手である右手を抑えて胴体を私の背に乗せ、そのまま投げ落とした。曰く背負投である。
固い石造りの床に無防備に叩きつけられたリン。そこに隠し持ったもう一つの短剣を喉元に掛けた。
「そこまで!」
――不意をつく一撃があればいい。
これで決着だった。私は「大丈夫?」とリンに手を伸ばす。
「負けちゃったか」
リンは少し悔しそうに、でも嬉しそうに私の手を掴んだ。