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春に咲く華の物語 そのろく

白い建物。それから凱旋門並みの大きな扉。そこには自由のシンボル、『白銀の三日月』が描かれている。ここはギルド『銀色の月』。私が一番大嫌いな場所だった。


レノン先生が受付で簡単な話を済ますと、奥の応接間らしき部屋に案内される。


白色の、でも落ち着いた色合いの壁紙。部屋全体にひろがる、柔らかな灰色の毛皮で出来た絨毯。左側には木製の大きめの本棚があり、右側は簡易な丸時計が掛けられている。


中央には紺色のゆったりとした二人がけのソファーが半透明なガラスの台と木製の足で出来た小さめのテーブルを挟んで左右に向かい合うように配置され、その奥には木製の艶のある机。そこにはスタンド式のランプと書類の山。その上から部屋全体を見守るように白銀の三日月の紋章が掲げられていた。


「お疲れ様です、レノン・ヘルツ教諭」


先程まで事務仕事をしていたのであろう、奥の机に座っていた白髪の青年と思しき男性がレノン先生に話しかける。


レノン先生のフルネームを始めて知ったなと思いつつ、聞き覚えのある家名に驚いた。ヘルツと言えば確か風の五大貴族の家名ではなかっただろうか。


「止めて下さい。家とはとうに縁を切りました。レノンとお呼び下さいと何度も言っているでしょう」


縁を切った?どういうことだろう。


「ははは、すみませんね。時に、そちらは教諭の教え子ですかね?」


「ええ、ユーリ・フォーレと言います。先程、街で偶然会ったので連れてきた次第です」


「ユーリ・フォーレです」


レノン先生が紹介してくれたので私は改めて名乗り、礼をする。


「これはご丁寧に。初めまして、私はここのギルドマスターでジル・リーチェルと申します。さ、御二方、立ち話もなんですからこちらに座って下さい」


ジルさんは私たちを片側の席に座らせるよう促し、自分は対面に座った。


「それで本日の要件ですが、二ヶ月後に控える学生のギルド依頼実習の相談です」


「承っております。それでこちらの受け入れ人数ですが――」



「ご協力ありがとうございます。また近日になったら確認に伺いますのでお願いします」


「いえいえ、当然の責務です。お待ちしております。ところで、そちらのお嬢さんには退屈な話ですみませんでしたね」


長々とかかった対談がようやく終わったらしい。どうやら少し先にある実習のようで、今の時期からギルドに交渉を始めているようだ。


「いえ、気にしないで下さい。()()()()()()()()()()()()()()()


ジルさんに労われたので、そういうことにして大して気にしていない意志を示しつつ、レノン先生を一瞬睨んだ。レノン先生は苦笑いを返すのみ。


「お詫びとしてはなんですが、いい物を見せてあげましょう」


「いい物……ですか?」


「付いて来て下さい。レノン教諭もどうぞ」


ジルさんは楽しそうに私たちを連れて部屋を出た。無言でただ進むので、どこか怪しいところに連れて行かれるように思えて少し不安になる。コツコツと関係者の通路を進んで地下へと訪れ、ある部屋の前で止まった。


そしてこちらをニコリと一瞥して厳重な扉を開ける。


開かれたそこにあったのは二つの品。一方は刃の半ばで折れてはいるものの、純白の美しさは変わらない刀。もう一方はボロボロに破れたローブで、白色なそれの背には水の紋章が施されていた。


「これは……前水帝様の遺品ですか?」


まじまじとそれを見つめる。刀に宿る魔力、特殊なローブの作り、その一つ一つがどこか神秘性をもたらしていた。


本物だ。と素人なら感じるだろう。否、素人だけでない。本物を見たことのない者ならば疑うことすらない。仮に偽物だと言われたとしても到底信じられない、完璧な偽物。


ローブは本物だろう。仮に偽物としてもあれはギルドが作ったものなのだから容易く同じ物を容易出来る以上偽る意味はない。


しかし刀は別だ。前水帝様の刀は俗に言う魔法武器とか魔剣、聖剣といった類の武器で、同じものは世界に二つとない。そして目の前の刀は魔法武器ではなかった。あれはただの魔力を帯びた物だ。ただ、それだけならばある程度の人なら直ぐ気づいた。


あれは普通の魔力ではない。人ではない何かの、神秘めいた存在の魔力だ。それが多くの人を誤解させる要因だろう。


どうして、どうやって、本物は何処か、それらを考えたところで思考を止めることにした。


どうでもいい。


私にとってはその程度のことだと思い出したから。


「そうなるな。気に入ってくれたようでなりよりだ」


当然のようにうそぶくジルさん。どうやら偽物とバレた事には気づいていないらしい。ならばそれに甘んじよう。


「これを見て興味を駆られない者はなかなかいませんよ。ところでどうしてこれを私にお見せになられたのですか?」


「別に意味などないさ。ただの気まぐれだよ。そこにいるレノン教諭も今日見るのが初めてというわけではないしね」


私の答えに満足してくれたのか、ジルさんは機嫌が良さそうにそうだ。


そうか、レノン先生も見たことあるのか。


それを知ってレノン先生をチラリ伺う。その表情からは思考を伺うことは叶わない。果たしてレノン先生は気づいているのだろうか。



―――〆



早朝、私はいつものように剣術の鍛練を行っていた。先日のギルドの一件は帰り際に「今日のことは他言無用でお願いね」とだけ釘を刺された他は特に何もない。


最近クラスでは魔法の勉強に訓練と慌ただしい日が続いている。昨日も寮ではリンたちは部屋で調べ物を夜遅くまでしていたようだ。もっとも、今回の課題が期間内にできなかった場合は問答無用で退学にされるそうなので皆が必死になるのも頷ける。


余計なことを考えていた事に気付き、動きを一旦止めた。そして瞳を閉じる。草木の揺れる音。草木と朝の空気の匂い。慣れ親しんだ感覚。それらは私の心を落ち着けてくれた。そして再度刀を振るう――



鍛練を終えて部屋に戻ると既にレナは起きており、シャワーを丁度浴びたところなのか、髪を乾かしている。


「おはよう、レナ」


「ええ、おはようございます。外に出られていたのですか?」


「ええ、少し体を動かしに」


「朝の運動ですか?」


「そんなところですね。さて、汗を掻いてしまったのでシャワー浴びて来ますね」


簡単な朝のやり取りを済ましてシャワールームに向かう。


シャワーを浴びながらふと、私はこれからどう生活を続けていくべきなのかと考える。


私はここ最近、皆の訓練の見学ついでに同じく訓練を行う上級生の様子も伺っていた。結論から言うと、私の魔法は中級魔法で既に一学年上であろう先輩が扱う上級魔法を容易く打ち破れてしまう。もっとも、それはその上級魔法が本来の力を出しきれていないことが要因の一つとして挙げられるが、それは置いておく。


これから中級、上級と使う機会が現れてくる。そうなると確実に注目が集まるだろう。もしそこに、剣術までもができることが知られてしまったのならば大変面倒な事態になるのは目に見えた。


学園の方針からか、義務というわけではないが、大半の生徒はどこかのギルドに所属する。上級生や教員の中には上位ランクの人が当然いるだろう。そんな人達の注目を集めてしまえば最悪、ギルドマスターに伝わりかねない。加えて先日のジルとの対談はかなり危険な橋であったと言えよう。もう二度とああいう場面には出会いたくないものだ。


私はギルドが嫌いである。実際、これまでの生活では極力関わらぬようギルドから避けて来た。しかし学園に通う以上少なからず接する機会があるだろう。生きるためにして来たことが枷になるとは皮肉なものだ。


レナとは同室ということもあり、私生活がどうしても筒抜けになってしまう。そんな環境下で剣術のことを隠さなくてはいけない。今までこんな環境になったことがないだけに、どうしたらいいかわからなかった。


バスルームから出て着替えを終えると、レナは何か考えているようで静かだ。朝食に連れて行くが、それでもボーッとしていて、ここまでくると先程の短い会話で失言があったのかと不安で仕方がない。


一先ずレナを空いた席に座らせ、二人分の朝食を取りに向かった。

いただきます、と静かに食事を進める。


スクランブルエッグがふわふわな半熟となっていて、スプーンで一口食べたときの口に広がる感覚がとてもたまらない。ケチャップを付けるかどうしようか、とくだらないことを思いながら食べていると、レナがようやく口を開いてくれた。


「私も朝運動でもしましょうか……」


「運動がどうかしました?」


急であったが、気になったので私は取り敢えず聞いてみる。


「私も、もう少し体を動かしたらと思いまして……」


「別に態々する必要はありませんよ?」


「ユーリさんはやっていますわ」


「私のは半分習慣みたいなものですし……」


「私、決めました!」


「決めたって、何が?」


レナが何やら決意したとき、その背後からリンが現れた。口にパンを加えて。


「リンおはよう。行儀悪いですよ」


「……おはよーユリ、レナ」


「おはようございます」


「……それで、何の話し?」


リンは隣の席に着き、口に含んだパンを飲み込んでから聞く。


「ユーリさんが毎朝運動しているんです」


「うん」


「それで私もユーリさんとご一緒できたらと思いましたの」


「私一緒にするなんて言ってないよ?」


なんか不味い方向に話が向いている気がする。万が一にでも一緒にとなったら先程の考えの手前、私は剣術をすることができなくなってしまう。


「そうですか……残念ですわ」


「でも、どうして急に?」


「ユーリさんのスタイルいい所為ですわ……」


レナがあっさり引いてくれたのに驚きつつ尋ねると、レナはツンッとしていた。


「確かに。身長あるし……」


「肌も綺麗ですし……」


「顔立ちも可愛いし……」


「お腹もキュッと引き締まっていますし……」


「胸も私よりあるし……」


リンとレナで私をやや冷たい目で見つつ、交互に言い合う。


「2人とも、落ち着いて、ね!?」


入学式の日の再現のように始まるそれに、私は二人をなんとか宥めるのだった。



周囲の緊張が伝わる。


入学の日から早二週間。今日は戦闘学の初試験日だ。


「これから試験を始める。前にも言ったが試験は希望制だ。自信のあるやつだけ来い」


各々準備を終え、レノン先生が来たところで授業は始まった。


大半の生徒は手を挙げ、試験に望む。リン達もそうだ。そうして試験は始まる。


先ずは男子生徒。風の初級魔法を使うが不十分だ。だが最初と比べれば成長していることはわかる。次は女子生徒。水の初級を使うが結果は同様。そのように順々と進んでいく。中には合格をもらった生徒もいた。


「次、クロウ・アウラー」


程なくしてクロウの番。


「“ブラックショット”」


先生の合図を得て闇の初級魔法を放つ。それは指した指の先端から綺麗に真っ直ぐ飛ばされて行く。的を貫き――



「乾杯!」


そう掛け声に合わせて各々持つグラスを重ねる。カランとガラスの綺麗な音が響く。


私たちは放課後なると街の小さな喫茶店に集まっていた。入学初日に来た喫茶店。その日を懐かしく思う。


あの後クロウに続きシン、リンと続いて合格。これはそのささやかな合格祝いと言ったところだ。


「やっぱりシンの魔法が一番伸びたんじゃない?」


「そうだな。先生目掛けて放った火の玉が懐かしい」


「あれですか……あの時はビックリしましたわ。背後から魔法が来た時はヒヤッとしましたもの」


「その話はすんなよ!唯でさえ凹んだのに、追い打ちのように俺がどんだけ先生に絞られたか……」


「今なら簡単には消されませんよ。自信持って下さい」


「そうだよな!今ならきっと先生に一泡――」


「それでもあの先生なら魔法一つであっさり消されそうじゃない?」


「……」


「リン、シンが黙っちゃいましたよ。今は祝いの席なんですからそう言った話はなしです!」


「……シン、ごめんね?」


「ああ、もうやけ酒だ!マスター、ビール!」


「ここはアルコール類を置いていませんわよ?」


「その前にお前はまだ未成年だろうが……」


騒々しく、でも楽しく、私たちは笑い合って皆の合格を讃え合った。


――そうして始まったんだ。私達の長いようで短い、たった一年も満たない学生生活が。

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