春に咲く華の物語 そのご
訓練所はかなりの広さを誇った部屋で、部屋一帯に強い結界の魔方陣が組み込まれていた。これが他に五つあるというのだから驚く。
レノン先生は既に到着し、生徒を整列させている。私達もその列に混じり、程なくして始業の鐘が鳴った。
「これから戦闘学の実技を始めるわけだが、昨日も言ったが今まで学んだことは一旦全て忘れろ。今日から一ヶ月でお前らには本当の意味で魔法を扱えるようになってもらわなくてはならない……が、その為にもまず知らなくてはならないことがある。誰かわかるか?」
レノン先生が問う。しかしその威圧に皆腰が引けたのか、答えようとする者はいない。
「誰もわからないか……なら頭に叩き込め。そして認識を改めろ。魔法は危険なモノだ。初級魔法一つですら人を殺めることが容易いと知れ。本来ならこんな当たり前なこと言うつもりなんかなかったんだが……昨日どこかのバカが人に向かって魔法を放つことから忠告することにした」
ギロリ、シンに目を向けられる。昨日の罰が余程効いたのだろう。シンの膝はガクガクと震えていた。
「本題に戻るが、本当の意味での魔法とは何か、疑問に思う者もいるだろう。魔法とは本来正しい術式を描いた上でようやく発動させることができる代物だ。
しかし近年それが改良された結果、術式が曖昧でも発動できるようになった。これはここに居るほとんどの者は知らなかったことだろう。だが裏を返せばそれは魔法の本来ある力を充分に引き出せていないことを示している。これから初級魔法を放つ。嘘だと思う奴はこれを見て理解しろ」
レノン先生は周囲をザッと見て“スパーク”と、雷系の初級魔法を詠唱破棄で放つ。手の平から放たれたそれは、大気に激しく放電しながら結界に当たる。
その様子に、周囲は驚きと感嘆に包まれていた。震えていたシンから物静かなクロウでさえ驚き、息を呑んでいる。
一方私はというと、こんなものか、とただ観察していた。私にとっては当たり前のことが当たり前にされたという感覚で、皆には失礼かもしれないが皆が驚いている理由などさっぱり判らない。
「わかったか?これが本当の魔法だ。お前らにはひと月でこのレベルまでなってもらう。異論は認めない」
いいえ、わかりませんと答えたくなるようなレノン先生の言葉に、周りは何故だか緊迫した雰囲気。疑問符を浮かべている間に皆は訓練開始の言葉で各々の訓練に励み始めた。
目の前で繰り広げられる魔法。否、それらはとても魔法とは呼べないだろう。どれもそれに見合った力が発動していない。兎に角術式が甘いのだ。そんな彼ら彼女らを見てようやく理解し、同時に酷く落胆してしまう。
「皆さん、全然なっていませんわね。大方、魔法が使えたとだけで満足したのでしょう」
そんな中、傍らでレナが私と同じような分析をしていた。そのことに少し驚くが、レナは五大貴族程の名家であることを思い出し、当然かと納得する。レナと普通に接しているとあまり貴族というのを意識しなくなるのが怖い。まだ出会って二日目だというのに。
「そうですね。これではレノン先生が言ったことも納得します」
「ほう。偉く余裕みたいだな、レスピナス、フォーレ」
二人して周りをじっくりと観察してたらレノン先生に目をつけられた。正直鬱陶しい。
「ええ、私の家での教育は並大抵ではありませんもの」
「……情報は貴重ですから」
「ならその自信を証明してみろ。出来ないとは言わせない」
レノン先生の挑戦にレナはくすりと笑みが溢れた。私としては面倒なだけなのだが……。
「“スパーク”」
レナは上方に向けてレノン先生と同じ魔法を放つ。それはレノン先生より大きく、強く放電していた。それだけでレノン先生を黙らせてしまう。さすが雷の五大貴族と言ったところだろう。
「これで満足かしら?」
「次は私ですか……“ウィンド”」
レナのおかげで私も手が抜けなくなってしまった。使ったのは風の初級魔法。正面を切り裂くだけの魔法であるが、その速度はほとんど一瞬で。人のいない方へ打ったそれは一瞬で壁に衝突し、パンッと風船の破裂音のような音を立てた。
慣れたものをただ使うだけでそんなに魔力を込めてはいない魔法。それだけで訓練場に張られた結界を容易く切り裂き、その壁を抉った。
「…………!?」
レノン先生が唖然と割れた先を見つめる。修復機能を持つそれは直ぐにその痕跡を消すが、壁を傷つけたという事実は変わらないだろう。恐らくあれは上級までなら防げる代物なのだから、そう見ると異常さがよくわかる。
「これでいいですか?」
どうやらやりすぎたようだ。レノン先生の視線が痛い。早くにこの場を去りたい思いに駆られる。
「……二人共文句なしの合格だ。二人はしばらくこの授業を好きに過ごしてくれていい」
「わかりました。行きましょう、レナ」
「……ええ」
「フォーレ、少し待て」
「何でしょうか」
早くこの場を去りたくなって口調が少しぶっきらぼうになってしまう。
「お前はどこで魔法を習った?」
「幼い頃から魔法関連の本に広く触れていたので、その為でないでしょうか(話す必要はありません)」
「……そうか、悪かったな。もう行ってくれて構わない」
レノン先生は余り納得していない様子だったが、今のところは詮索せずに引く判断をされたようだ。私は一礼すると、人目を避けるようにその場を後にした。
───〆
その後の授業も難なく進み、放課後。女の子三人で昨日話したレナおすすめのケーキ屋さんに寄っている。
私は苺のショートケーキ、レナはレアチーズケーキ、リンは生チョコクリームのケーキを頼む。甘すぎず、生地もフワッとしていてとってもおいしい。
「ところでユーリさん、私に魔法を教えて頂けません?」
「急にどうしました?」
ケーキを口にしているところでレナに急な頼み事をされた。
「いえ、先程まで考えていたのですが、もう少し学びたいなと思いまして」
「そう言われましても、私の魔法は完全に独学となりますから教えるのは難しいです」
「そうですか……」
「ごめんなさい」
「いえ、ユーリさんが謝ることはないですわ」
断ったことであからさまにしょんぼりする。少し悪かったなと思うものの、教えられないのだから仕方がないという気持が心中で渦巻く。
「ところでさ、ユリはあの時何の魔法使ったの?」
「ただのウィンドですよ」
「えっ、初級魔法ってあそこまで凄いものなの!?」
「はい。かなりの努力が必要になりますけどね」
思考をリセットするように紅茶を一口飲んで落ち着く。美味しい。程よい苦味が甘くなった口の中を中和してくれる。ケーキに合う紅茶だった。
「なんかズルい……」
「そう言われましても……」
「まぁ、仕方ないんだけどね。私も頑張るよ」
「では応援ついでにヒントを。術式を改めて見直してみて下さい」
「術式と言うとあの沢山ある奴?」
術式は多種多様だ。そしてそれは一つの魔法につき一つとは限らない。広く知れ渡っている初級の魔法なんかは同じ魔法なのに数十種類もの術式があったりする。
「ええ、頑張って下さい」
「それだけじゃわかんないって!」
「これ以上言うとヒントにはなりませんから」
リンに恨めしい目で見られるが、そう容易く教える気もないので頑張って欲しい。
「ユリのケチー。レナも何か言ってよ」
「リンさん、頑張って下さいな」
「うう、レナまで……」
助けを求めるものの、レナは手を貸さず、くすくす笑うのみ。リンは助けを求める相手を間違えたのだろう。
「今こうしている間にもシンやクロウは練習していますわ」
「うう……」
「いつの間にか二人にも差を付けられてますね」
「うー……わかったって。この後から頑張りますー」
不貞腐れるリンを焚きつけようとするレナ。そこに意図に気づいた私が続けて加えると、渋々だったものの、リンはようやく動き始めてくれた。その様子に、私とレナはまたくすりと笑うのだった。
リンは早速寮に戻って術式を調べ始めるらしい。レナも学園に用があるとのことなので私は一人になってしまった。折角なので、街中を一人で散歩することに。
賑わう市場を通り抜けると、普段通ることはないであろう通りに出てしまった。その先には白い建物。
ギルドだ。どうやら無意識にここまで来てしまったようだ。
私としてはあまりあの場所には行きたくないというのに……
私はその場を去ろうとしたところで、ギルドの方に向かう見覚えのある顔を見かけた。
「レノン先生?」
声を掛けると向うもこちらに気がついたようで、歩みを止めて振り返る。
「ん?なんだ、フォーレか。こんなところでどうした」
「いえ、偶々この辺を通りかかっただけです。先生こそどうしました。学園の仕事はいいのですか?」
「まさに今仕事中だ。向こうに少し用事がな。……折角だ、フォーレも付き合え」
「……え?」
迂闊に話しかけるものだから結局ギルドの中まで入ることになってしまう。先程の過ちを行った私を恨めしく思った。