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春に咲く華の物語 そのよん

柔らかい風と木漏れ日からの温かい光で気持ちいい。


早朝、私は学園内で少し開けており、尚且つ人気がなく誰からも見られそうにない場所に位置する雑木林の中で朝の鍛練を行っていた。


広い学園だからと、穴場を探してみると容易にみつかったので私は気兼ねなく(とは言っても周囲の警戒は怠っていない)その場を利用している。


鍛練といっても、入念なストレッチと決まった剣術をいくつか慣れた動きでこなすだけで、そう変わったことはしていない。これは半ば習慣で、やらないとどうも調子が出ないから困る。


ふと、昨夜のことを思い出す。もしかしたらこの所為でダイエットからは縁遠いのかもしれない。


すうっと一息吐き、雑念を振り払うように刀に握る力を強める。その力を切先に乗せて振るう。伸びのある剣筋が左右に空を裂いた。そのまま前に踏み込み、地を掠りながら運ばれた刀が上方へと振るわれる。その勢いを殺さずに腰を低く落とし、横に薙ぐ。体当たりするように筒頭を当て――



サァァァァァ……。


部屋に備え付けのシャワールームで汗を流す。流れる熱めのお湯が気持ちいい。


朝からシャワーを浴びるのはささやかな贅沢だと思う。ここに来る前までは魔法で汚れを落としていた。しかし魔法でやるのとシャワーを浴びるのとでは大分違う。シャワーを浴びると何となく心が落ち着くのだ。


そう言えば少し前に聞いたことだが、遠いミズル大陸ではお湯を張って浸かる文化があるらしい。どのようなものか大変興味がある。いつかは行ってみたいものだ。

シャワーを浴びながら、ふと自分の胸元に目を移す。やはり大きい方なのだろうか?今までそういったことは気にしたことがなかった。今までは大して親しい者もいなかったのでそう言った話もしたことがないのも原因だろう。


でも最近、少しばかり邪魔になってきているのを感じる。あんまりいいものではないな。そう結論を出して流れるお湯を止めた。


ワイシャツだけ羽織り、シャワールームを出る。レナは寝惚けながらも起き上がっていた。どうやらシャワーの音で起こしてしまったらしい。


私は少し罪悪感を感じつつも、「おはよう」と挨拶。


「おはようございます、ユーリさん」


レナは寝惚けつつも返事してくれた。


時刻は六時を過ぎたところ。登校完了時刻は八時半だからまだ早いが、二度寝するには遅い時間だろう。


「起こしてしまいましたか?」


「いえ……普段起きる時間と大差ありませんから気にしないで下さい。それから……」


レナは一旦言葉を区切り、私の様子を見る。


「私もシャワー浴びて参りますわ」


「気持ちもスッキリしていいですよ。終わったら、少し早いですけど準備して食堂に行きましょう」


「フフッ……そうですわね」


レナは少し笑いつつ、着替えを持って私と入れ違いにバスルームに入った。


私はベッドにバタッと倒れて伸びをする。シャツにシワがついてしまうが気にしないでおこう。それから髪を乾かさないといけない。長いと少し不便だ。


何はともあれ、今日から本格的に授業が始まる。今はそれが楽しみで仕方がない。私には何もかもが目新しく、そして楽しいのだ。


昨日初めて会った人と友達になってショッピングしたこと、友達と夜遅くまでおしゃべりしたこと。今日はどんな一日が待っているのだろう。



レナがバスルームから出てから準備を終えるのを待ち、一緒に一階の食堂に行った。


時刻は六時半。まだ早いからか、そう混んではいない。


私とレナはクロワッサンとシーフードサラダ(朝食は軽食が多めのバイキング形式)を皿に乗せ、適当に空いている席に座る。


「あれ、早いね~」


二人で静かに食事しているとリンの声が聞こえた。私は「おはよう」と口にしていたクロワッサンを呑み込んでから返す。


「隣、座るよ~」


リンは返事を待たず私の隣に座る。リンの朝食はパスタが三種と皿いっぱいに盛られ、朝から重そう。豪快に食べ進める様子に、見ているこっちが胸焼けしてしまう。


「そういえば、今日の戦闘学で魔法の訓練やるんだよね?」


不意に、リンが思い出したように話す。


「そうだけど……リン、何かするの?」


「それじゃまるで私が問題起こすみたいじゃん……」


「違いました?」


「違うよ……ユリの意地悪ー」


試しにからかってみたら、不貞腐れたリンに頭をコツンと軽く殴られた。


「ただどんなのするのかなって。それが楽しみなだけ」


「楽しみ……ですか?」


「うん、何事も楽しまなきゃ損じゃない?机で勉強するのは別としてね」


リンは笑ってそう言うが、私はそういう風に考えたことはなかった。それが素直に羨ましく思う。


「リンは凄いね」


「そうかな?」


私は知らず知らずの内にそんな言葉を口にし、リンが少し照れた。


「そこで勉強を除くのはリンらしいけどね」


そこに不意打ちをかけるように一言付け加えると、私をまたポカポカと殴られる。それを見てエレナはクスクス笑う。端から見て仲のよさそうな、そんな風景が朝の食堂にはあった。



それから私達三人は一旦部屋に戻り、仲良く登校。


教室でおしゃべりを続けていたらもうすぐ先生が来る時間。初めは静かだった教室も、人が増えるに連れ徐々に騒がしくなる。


扉がガラッと開き、また増えた。赤髪と黒髪の二人組。シンとクロウだ。朝から走ってきたのだろう、二人共息が乱れている。二人に気付いたリンが軽く手を振って「おはよー」とのんびり挨拶。


二人が答えた直後に、後ろからレノン先生が入って来た。先生の指示で皆席に着く。その際、「余裕を持って来るように」と二人に小さく注意したのが聞こえた。

朝の連絡事項で二時限目は第二訓練所に集合とだけをザッと話して先生は教室を後にする。


その入れ違いに一時限目の魔法史の先生が入って来た。優しそうな先生だ。


「皆さん、席に着いていますね?私は魔法史の授業を受け持つ、ミーア・シャリエです。


知っての通り、魔法史は過去の出来事を学ぶ学問になります。そんな学問だからか毎年『魔法史は過去の出来事だ』とバカにする人が少なからず現れますが、それは愚かなことだと知りなさい。


古来、歴史とは過去の成功や過ちを後世に伝えるべく残されたものです。魔法史を通してそれらを学び、得ることで今後の将来、延いては人生をも大きく左右することになるでしょう。それは全ての科目にも共通して言えることであり、今の話を肝に命じて学業に励んで下さい。では授業を始めます。教科書八ページを開いて下さい」


ミーア先生は初めにそうキツく言う。レノン先生もそうだったが、もしかしたら初めに危機感を持たせるようにというのがこの学園の方針なのかもしれない。


魔法史の授業が始まる。先程の話が効いたのか、クラスは授業開始時より真剣な雰囲気で満たされていた。


「賢者アルスによる始まりの日以降、世界には魔法が発現し、同時に魔物と呼ばれる生き物が現れることになりますが……」


先生の話を聞きながら教科書を見る。今日の範囲は始まりの日と魔災害の二点の話みたいだった。


「……時にして、魔物が大量に発生する災害とも言える事態がかつて三回ありました。第一次は賢者アルスが魔術を発見してすぐの大規模な魔物の出現事件とありますが、詳細は不明です。第二次はその五千年後にあったとされますが、それも資料事態も少なく、かつてどんな戦いがあったのか知る者は居ません。そしてそのまた五千年後……今から三年前にあった第三次が最も広く知れ渡っている天災と言えるでしょう」


コホンッと、ミーア先生は一息吐き、持っていた教科書から目を反らして生徒全体を見つめるように立つ。


「第三次天災を語るに当たって、『白銀の魔法使い』の存在が必要不可欠です。かつて最強と詠われた白銀の魔法使いこと水帝様……その名の由来は複合魔法という特殊な魔法を作ったことからきていますが、その説明は本科目では触れません。三年次の魔法学にて学ぶことになっています。


水帝様は天災時、突如として現れた黒龍と戦いました。黒龍とは皆さんのよく知る通り近年までは伝説上の生き物とされ、世界にあらゆる災厄をもたらす存在。


そんな災厄そのものと言っても過言でない存在相手に戦いは三日三晩続いたと言われ、水帝様は黒龍と相討ちすることで第三次天災に終止符を打ちました。遺されたものは地形だけに収まらず、環境そのものを変えてしまう程の大きな戦闘の爪痕と、水帝様の折れた武器、ボロボロになった白色のローブ、そしてそのご遺体でした。


ご遺体は損傷が激しかったらしく、世間に公表されることなく当時の帝と他数名の少数で火葬されました。残った二つの遺品は水帝様の在籍していたギルド、『銀色の月』で今でも大切に保管されています。以上が私達の知りうる事実です」


長々と語られる第三次天災を聞きながら思い出す。


帝が殉職した場合、その存在が公表される決まりがある。


しかし水帝は死後、その容姿と名は、国はおろか水帝の所属したギルド『銀色の月』内でさえも知られることは決してなかった。


それはミーア先生の説明にある、遺体がほぼ原型を留めない形だったこともあるが、『銀色の月』特有のシステムによるものが大きい。


一般のギルドでは登録するときに容姿、氏名、年齢、出生等個人の情報を晒す必要がある。しかし銀色の月ではそれらを晒す必用はない。それはこの世界に未だ蔓延る貴族主義の思想、風習をなくす為というギルドマスターの考えから基づく配慮が起因しているとされるが、どこまで本当かはわからない。


その利点を生かしてこのギルドに匿名で登録する者も少なくなく、水帝もその内の一人だったということ。


その所為でごく最近まで国内では市民やら学会やら様々な研究機関等が大変な騒動になったらしいのは記憶に新しい。


それからは、ミーア先生の話を聞きつつ、次の戦闘学のことを考えるのだった。

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