春に咲く華の物語 そのさん
「さて、いつまでも制服でいるのは固苦しいですし、そろそろ私服に着替えますね」
そう言って私はベッドの対岸にある荷物を取りに行く。目的の物を手に取り、出す。取り出したのは数着ばかりの服。これが私の服全部。今までの生活上そんなに物を持つことはなく、服についても同様だった。加えて、私は服に拘りがない。適当にその中の一つに決めると、後は隅に寄せた。
胸元のスカーフに手を掛ける。しゅるり、少し力を込めるだけでスカーフは容易く解けた。
続いてブレザーのボタンを外し、すっと脱ぎ捨てる。そのまま腰の位置の留め具を外す。すとり、スカートが足元に落ちた。
スカートを畳んでブレザー同様ベッドに載せる。そうして白いワイシャツのボタンに手に掛けた。ぷつ、ぷつ、と一つずつボタンを外すことで普段は隠される白い肌が徐々に露わにされる。それに伴って薄青の色がちらり、伺えた。
すっと衣を脱ぐ。ぱさり、それはブレザーらの上へ重なり……。
ふと、レナの方を見る。彼女はようやくブレザーを脱いだところだった。
レナと視線が合う。そのまま、彼女の目線は私の左肩へと移る。そこには蒼い百合のような模様が描かれていた。
「綺麗な刺青ですわね……誰に掘って頂いたのですか?」
「ありがとう。でも、私が自分でやったものです変に期待しないで下さい」
正確にはこれは刺青ではない。魔力によって描かれた特殊なものだ。そしてこの方法は刺青のように肌に刻み込むのではなく、シールのようにペタリと、しかし簡単には剥がれず、貼っている際の不快感(魔力は実体をもたない空気のようなものなので当然と言えば当然だが)もない代物だ。
「ユーリさんがなされたのですか……それはまた綺麗に仕上がっていますわ。でもどうしてご自分で?職人に頼んだほうが無難でしょうに」
「その……これは少し特別なものだから、詮索はしないでもらえると嬉しいな。それと、あんまりジロジロ見ないでもらえます?流石に同性でもちょっと恥ずかしいです」
「あ……ごめんなさい」
レナは顔を赤らめ、慌てて目を反らした。意外に初なのかもしれない。
「そう言えば、クラスでレノン先生に真っ先に文句言ってましたね」
着替えを共に済ました後、荷物の整理を行いながら、ふと思い出したことを口にした。視界に移ったレナの服装は白を基調としたワンピースのようで、彼女の金色の髪が映え、令嬢のイメージと合う。
「あら、もしかしてユーリさんは同じクラスでしたの?あのようなところを見られたとなると、少々恥ずかしいですわ……」
「ええ、まだ言ってませんでしたね。それで、正直先生のことどう思います?」
「あの殿方は無礼極まりませんわ。私の家を無下に扱うなんて」
ツンッ、レナは口を尖らせて不機嫌になる。レナは人を見下すことこそしないが、自分の家には結構なプライドを持ち合わせているようだ。
「明日の授業で見返すのはどうでしょう。幸い、明日は二時限目に戦闘学があるみたいなので機会もあるでしょう」
「あら……ふふっ。そうですわね」
何かないかなと手にした時間割を見て思いついたことを提案すると、レナはクスクスと笑い始めた。どうしたのだろう。
「私、何か変なこと言いました?」
「いえ、ユーリさんといるとこれからの生活が楽しく過ごせそうだと思いまして」
「何か釈然としません」
「まぁ、いいじゃないですの。それよりも、どうしますの?」
何となくすっきりしない気持ちを宥めつつ、どうやって先生を見返すかを考える。あの口ぶりから、並大抵のことでは認めて貰えないのはわかっていた。
「授業で何をするかわからないのが痛いですね……今日あんなこと言ったばっかりなので、もしかしたら初級魔法だけみっちりやって終わりかもしれません」
「もしそうなら困りますが、初回ならば生徒の力量を確認するのではなくって?」
「そうなると、先生の期待に応えればいいってことですよね。先生がどんな基準で成功と呼ぶか……」
「あの様子ですと、ただ単に発動するだけではダメそうですわ……」
「威力、精密度、教科書通りの術式……その辺りが無難ですね」
「何はともあれ、明日の先生次第ですわ」
私とレナは互いに論議していると、扉からノック音が届く。その頃には作業の手が完全に止まっていた。
「はーい」
一先ず私が来客の対応へと向かう。
「ユリ、夕飯食べに行かない?」
来客者はリン。どうやら制服から着替えたようで、ボーイッシュな服装が彼女の印象をよりわかりやすく伝えていた。
「あれ、もうそんな時間?」
時計を確認すると既に十九時を回っている。リンと別れたのが確か十七時頃だったから、実に二時間近く経っていた。
「知り合いですの?」
レナと話しすぎたなと思っていると、その当人が後ろから顔を出す。
「レスピナス家のご令嬢?」
「はぁ……そのような言い方止めてもらえます?私を金と権力だけで見られているように感じますわ」
「あー……ごめん、ごめん。まさかそう返されるとは思ってなかったよ。私はリン・コレット。ユリの友達だよ。同じクラスみたいだしこれからよろしくね」
リンも私同様レナの物言いに驚くものの直ぐに取り直し、屈託のない笑顔で挨拶してくれる。その純粋さというか、さっぱりとした性格がリンのいいところなのかもしれない。
それからリンの誘いもあってレナも一緒になって食べることになり、三人で人混み溢れる食堂に訪れていた。否、食堂というよりは貴族様お達しの一流レストランと呼ぶべきかもしれない。落ち着いた雰囲気を醸す内装もさることながら、料理も種類豊富でなによりも美味しそうだ。
私とリンが少し興奮気味なのに対し、レナは堂に入った様子で、やっぱり貴族なんだなと改めて認識させられる。
「リン、ユーリ、ここだぞー」
カウンターから料理(私はトマトソースオムライスとシーザーサラダ)を受け取りシンとクロウを探しにウロウロしていると、少し離れたところからシンの声が聞こえた。そこはやや広めのテーブル席で、二人共場所取りして料理も食べずに待っていてくれたらしい。
二人のもとに歩み寄り、お礼とレナの紹介もそこそこに食事を取り始めた。
「そう言えば、皆さんはどの程度の魔法を扱うことができますの?」
簡単な自己紹介を済まし、会話が落ち着いたところでレナが切り出す。
「んー、私は火属性の中級二つが限界。それも三発打つと魔力がなくなっちゃうかな……」
「そんなこと言ったら俺は初級だけだぞ……」
リンがパスタをフォークでぐるぐると巻きながら気落ち気味に答え、それにシンが落ち込む。
「俺は闇属性の中級なら一通り。それ以外となると二、三しか使えない」
そんな二人を横目に、クロウが答える。どうやらクロウはそれなりにできる方らしい。
「私は……風属性の中級なら一通りできますね」
少し考えて、私はそう答えた。ホントはもっと上まで使えるものの、この分だと上級と言うだけで大変な事態になりそうだから止めておいた。
「そうですか。やはり皆さんばらつきがありますわね……」
貴族だからこそ、私たちのような人がどのくらい魔法を扱えるか知っておきたかったのだろう。レナも納得したようだ。ついでとばかりにリンがレナはどうなのか聞くと、「私も中級だけですわ」と柔らかに答えてくれた。
食事が終わり男子組と別れ、部屋に戻って女子組でおしゃべり。内容は主に今日回った雑貨店や途中見かけた飲食店、レナが知っているオススメ(不安だったので値段を聞いてみたが、少し高めといったものの良心的だった)のお店といった話だ。
「――という、少し街外れですが美味しいケーキ屋さんがありますの」
私とリンが今日見かけた喫茶店にあったショートケーキが美味しそうだったねと話していると、レナが美味しいケーキ屋さんを教えてくれた。
「明日、学園が終わったら行ってみます?」
「行きたい……けど、ケーキ食べたら運動しなきゃいけないのがね……」
「リンさん、それは淑女……いえ、乙女には決して逃れられない命題ですわ……」
「二人共、たかがケーキで大げさですよ……って、どうしました?」
私の言葉に二人はピタリと止まる。そして――
「ユリはケーキの恐ろしさがわからないの!?」
「油断すると直ぐに……ですよ!?」
「スタイルのいいユリならわかるでしょ!?」
二人に責め立てられた。そして勢いに押され、「私は気にしたことないんだけどな……」と言ってしまったのがいけなかったらしい。
「そんな……そのスタイルで何もしてないなんて……」
「リンさん、知ってますか?着替えの時見たのですが、ユーリさん胸の方も大きいのですよ。どうも着痩せするタイプみたいで……」
「きっと栄養が全部そっちに向かってるんだよ。綺麗だし肌の艶もいいしスタイルいいしおまけに胸まであるなんて……」
「神様は不公平ですわ……」
二人共いじけてしまった。どうにか機嫌を取り戻してもらえたのはいいが、それも消灯時間の二二時。寮菅さんが巡回に来たことにより、これでお開きとなった。
「お休み」と言って布団に入る。こうして誰かと過ごすのはいつ以来だろうか。
今日一日で友達が沢山できた。ずっと一人だった私にはなかったものだ。
私には両親がいない。もっと言うならば親戚もいないし故郷もない。別に捨て子というわけではない。正確には失くなったというべきだろう。
第三次天災。その影響で私の故郷、コルンは地図上からも消えた存在なのだから。
だからだろうか、幼馴染――そんな存在が羨ましく思う。私にもいつか、ホントの意味での分かり合える存在ができるのだろうか?そんな思いを胸の内に秘めながら、私は深い眠りに就いた。