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春に咲く華の物語 そのに

連れられた場所は街の小さな喫茶店。店内は質のいい木材を用いた木の家という様式で、優しい木々の香りが落ち着きを与えてくれる。


頼んだ紅茶は甘過ぎず、苦過ぎず美味しい。値段も手頃で学生には優しく、私は気に入った。


「さて、お互い相手のことをまだよく知らない。改めて自己紹介しようか」


そう切り出したのはクロウ。この店を選んだのもクロウで、センスがいい。


「じゃあ私から。私はリン・コレット。出身はこの街、ソウイル。好きなものは甘いもの全般。嫌いなものは苦いの。だからコーヒーとか論外。これくらいかな?これから三年間よろしく、ユーりん」


「ユーりん?」


楽しそうに自己紹介するリンだが、なんか変なあだ名を付けられた。


「ユーリだからユーりん」


「ユーりんは止めて欲しいかな……」


笑って言うリンに私は少し照れながら不満を言う。


「ユーりんいいと思うんだけどなー……じゃあさ、何て呼んで欲しい?」


「うーん……ユリ?」


「ユリね……うん、ユリか……いいね。ユリで決定!」


咄嗟に昔呼ばれていた名を口にする。リンは納得したのか、気に入ったのか、どうやら私のあだ名はユリで決定ようだ。


「次、いいかな?」


「いいよー」


クロウがタイミングを見計らって会話に割り込むとリンは軽い調子で譲り、手元のミルクココアを一口飲んだ。


「俺はクロウ・アウラー。出身は同じくソウイル。憧れは『白銀の魔法使い』だ」


白銀の魔法使い――その名を聞いて思うのは過去最強の魔法使いということだろう。三年前の『魔災害』。魔物が大量発生した災害じみた様からそう呼ばれるそれは未だ大きな爪痕を残している。そこに現れたドラゴンの上位種、龍種の中でも飛び抜けて強大な黒龍をその身を犠牲に倒したのが白銀の魔法使いという訳だ。


「次は私の番ですね。私はユーリ・フォーレ。出身はコルン。好きなものは落ち着くものでしょうか?読書も好きですね。これからよろしくお願いします」



「さて、そろそろ場所変えますか」


しばらく談笑しているとリンがそう切り出し、私達は店から出ることになった。

外に出てからはリンに連れられて服を見たり、小物を見たりして男の子のクロウには悪かったけど楽しんだ。


途中ボロボロなシンに遭遇してリンが無視しようとしたら捕まった。それでシンがあまりに女々しく愚痴をこぼすものだからリンがキレて殴り飛ばし、クロウにやりすぎだと叱れる。それを見て、私は不覚にも笑ってしまった。お陰でリンにポカポカ殴られたけど、こんな毎日もいいなと思う。



───〆



寮は四階建てで、高級ホテルのような佇まいだった。男女共同の建物であるが、中心の共同スペースを堺に左に男子、右に女子と分断される形となっていたと事前資料から記憶している。


中に入ると正面に赤いカーペットまで敷いてある階段が目に移り、左側には洋式美で飾られた食堂、右側にはロビーのような共用スペースと受付。共用スペースには数人の生徒が居るだけで静かな感じだ。そんな中リンとシンはどうやら興奮しているようで、あちこちと動きまくる。


「子供じゃないんだから二人共落ち着け」


「すみませーん!」


呆れて注意するクロウを無視するようにリンは受け付けで寮菅さんを呼んだ。


少しして奥の管理人室から出てきた寮菅さんは女性で、スラッとした体型な上に背が高い。長い黒髪はゴムでまとめてピシッと着こなすスーツに映える。眼鏡越しの瞳は鋭く、それができる人という印象を更に引き立てている反面、その強い眼光に怖そうな印象も持つ人だった。


「新入生だな。名前は?」


「ユーリ・フォーレとリン・コレットです」


先程と一転。寮菅さんの威圧感に引いて何も言えないリンに変わって私が答える。続けてクロウとシンもそれぞれ名乗った。


寮菅さんは書類を取り出し、確認を行う。チラリと見えた名簿には新入生だけとはいえびっしりと書かれていた。管理室に他の人の気配がないので彼女一人で対応しているのだろう。見た目以上に凄い人だ。


「間違いないみたいだな。アウラーとバルツァーは同室で二一一六号室。フォーレは二二一四号室、コレットは二二一七号室だ。荷物は既に部屋に置いてあるから各自確認しておけ」


そう言って寮菅さんは鍵(四桁目が階、三桁目が一なら男子で二なら女子、以降が部屋番号)を渡してくれた。


「怖かった……」とぼやくリンに私はクスリと笑いつつ二階への階段を上ると一階より広い共同スペースが広がっていて、様々な生徒が談笑したりゲームをしたりしている。一先ず夕食時にまた会うことにして二手に別かれた。



「ねぇリン……私はいてもいいのかな?」


共同スペースを過ぎると喧騒から離れて静かになる。二人きりで丁度よかったのでさっきから気になっていたことを聞いてみた。


「急にどうしたの?」


「リン達三人仲いいから、その中に私が入って邪魔にならないかなって」


「そんなの気にしなくていいのに。私はユリがいてくれて嬉しいよ。二人も多分そう思ってる」


リンは先程と変わらない様子で嬉しこと言ってくれる。そのことがちょっと嬉しかった。


「だから……」


「……?」


リンがそう含みを持って言葉を止めたところで、私の両頬を引っ張った。


「いひゃい、いひゃいって!」


上手く喋れず、痛みに少し涙出る。


「次そんなこと言ったらイタズラしちゃうからね!」


そう言ってリンは解放してくれた。


「酷いです……」


頬がヒリヒリと痛む。


「今のは罰。さっきも言ったけど、ユリはそんなの気にしなくていいの。というより気にするな。わかった?」


「……うん、そうですね。変なこと聞いてごめんなさい。早く部屋に行きましょう」


私とリンは楽しく話しながら部屋に向かう。ちょっとだけリンとの距離が短くなったように思えた。



部屋の前でリンと別れ、貰った新品の鍵を使って部屋に入る。


二人部屋らしく、二つのベッドと机、クローゼットが対称に設置されていた。入口近くには簡単なキッチンが用意され、反対側にはシャワールームも設備されている。奥の大きな窓からは寮に来る際にも通った綺麗な庭園が見えた。

部屋を一通り確認した後、荷物があることを確認する。どうやら私は窓側(私の鞄があった為)らしく、持っていた通学用の鞄を床に置き、ベッドに横になる。ふわふわしていて気持ちいい。


しばらくそうしていたが、それも飽きて起き上がる。ついでにとばかりに荷物の確認を始めたのだが、私の少ない荷物では大した時間も掛けずに確認し終えてしまった。もういっそリンの部屋に行こうかなと思ったが、その前に同室のもう一人の存在が気になる。


まだ来てないようだが、山のように積まれた荷物には宅配時の名札が付いており、遠目に確認するとイレーナ・レスピナスと書かれていた。


先生に真っ先に反感した生徒だ。格式高い貴族が相部屋ともなると私生活にどうこう言われそうで嫌だなと思っていると、ガチャッと音がして扉が開いた。


「あら、先客がいましたの……貴女が相部屋の方ですか?」


「ええ。ユーリ・フォーレです。これからしばらくよろしくお願いしますね」


入ってきたのは同居人のイレーナ。なんともタイミングがいいなと思いつつ私は挨拶する。


「イレーナ・レスピナスよ。よろしく」


イレーナはそれだけ言うと、鞄を置いて簡易に荷物を確認し始めた。私は特にすることもないので、ベッドに座ってイレーナの様子をボーッと眺める。程なく、荷物の確認を終えたイレーナは私に向き合うようにベッドに座った。


「えっと……」


微妙な空気になってしまい、話そうにも躊躇ってしまう。彼女は貴族で、クラスでの一件を見る限り気の強そうな性格。下手な対応をしたらそれだけでこれからの私生活に影響しかねない。


「はぁ……気にせず話し掛けて下さいな。もし私が貴族だからと気を使っていたのだとしたら止めて下さい。私とてここでは同じ一人の人間。ならばそう接するのが筋です」


「えっ……?」


私が戸惑っているのを見かねたイレーナが切り出す言葉に、予想とは全く違った反応が来たことで思いのほかびっくりしてしまう。


「私、同年代の友人はほとんどいませんの。家柄上自由に外出することはできず、加えて家では何をするにも一人きり。そんな毎日はもう飽き飽き。だからフォーレさん、私の話し相手になっては頂けませんか?」


貴族の中には自分より下の身分の者を乏し、少しでも不満があれば文句を言い、逆に身分が高いものには媚び諂う者がいると聞くが、どうやらイレーナはその括りには当てはまらないようだ。そしてそんな偏見を持ってイレーナのことを見てしまったことにほんの少し罪悪感を覚えた。


「ええと……うん。よろしくお願いします。話し相手と言わず仲良くしましょう。だから私のことはユーリと呼んで下さい。姓で呼ばれては他人行儀です」


「こちらこそよろしくお願いしますわ。……ユーリさん」


「呼び捨てで構いませんよ?それで、私は貴女をどう呼びましょうか?」


「いえ、このままでいさせて下さい。どうも呼び捨てで人を呼ぶことが慣れないもので……呼び名ですが、家族や親しい方からはレナと呼ばれてますわ」


「そうですか……残念ですが諦めます。それと、これからは私もレナと呼ばせてもらいますね」


家の仕来りか、はたまた習慣かはわからないが別に無理強いするものでもない。それならそれでと私は納得した。

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