春に咲く華の物語 そのいち
ホールを覗くと既に大勢の生徒が集まっていた。私は受付に書類を提出し、代わりに生徒手帳を貰って生徒の中に混じる。和気藹々と談笑している見知らぬ生徒の間を抜け、指定されたパイプ椅子に腰掛けた。
ここアーガス大陸では十八歳以上の未熟な若者が魔法を広く学ぶ為の教育機関が開校されている。今年十八になる私もその慣例に従ってこのソウイル魔導学園に足を運でいた。
今日はついに訪れた入学式典のその日。アーガス大陸最大規模の学園と謳われ、全寮制としても有名なこの学園のホールは今年度の新入生で溢れ返っていた。
ふと、隣に赤髪短髪の男子生徒が座ったのに気づく。背は私より十センチは高いのではないだろうか?瞳の色は茶色で、顔立ちにまだ幼さを残している。それが程よく無邪気さを感じさせていた。
そんな彼に、私は「こんにちは」とニコリ笑顔で挨拶する。
「あ……ああ、よろしく」
赤髪の男子は緊張しているのか、妙に上ずった声で返答された。
「俺はシン・バルツァー。君は?」
「ユーリ・フォーレです。隣ということは同じクラスの方ですよね?これから一年よろしくお願いします」
一拍置いて、気持ちを整えてから話す彼に私は再度笑顔で答える。
それからすぐに先生方が生徒に着席の指示をされ、程なくして学園長が壇上に姿を表した。
現れたのは白髪で細身の年老いた、しかし貫禄のあるお爺さん。その中に灯る柔らかな瞳。いい人とか優しそうな人と万人ならそう感じるであろうその中に、微かに宿る力強い光が伺えた。敵にしたら怖い相手だと思う。
「新入生諸君、入学おめでとう。これから三年の月日をこの学園で過ごしてもらうことになる。勉学・訓練に励み、魔法・武術を身につけ卒業できるよう、努力を惜しまぬように。諸君らが将来、己や他者を守るための力、物事を、真理を見極める為の知識を身に付け、やがては国を支え、動かす者になることを望みます。以上です」
じっくりと観察している間に学園長の話が終わる。学園長にしてはかなり短い挨拶。去り際の笑顔が印象的だった。
「ユーリって産まれはどこなんだ?」
式はすぐに終わり、今は自教室である1‐B(クラスは全学年共通してA~Eまでの五つであり、実力別にクラス分けをしている訳ではない)の席に着き、後ろの席となったシンと談笑することで暇を潰している。
「ソウイルの北側にある、コルンという小さな村です」
「ふーん、そっち方面は行ったことないな……北側ってことは、雪は降るのか?」
「降りますね。とは言っても冬に数センチ積もるぐらいで、そんなに降りませんが」
「でも降るんだろ?俺には無理。どうも寒いのは苦手でさ……」
シンはホントに嫌なのかは置いておいても過剰に体を震わせることで嫌だというアピールがされていた。
「シン、その娘誰?」
そんな最中、シンが後ろから女生徒に話しかけられる。その傍らには男子生徒。
女子生徒の髪は赤色で、ショート。前髪を銀色の飾り気ないヘアピンで止めている。瞳の色は髪と同色で、身長は平均よりやや低い程度。口元がもごもごしていて何か口にしているようだ。
男子生徒の方は黒髪で短めだがサラッとした髪質。背はシンより高い。黒色の瞳が切れ長の目をより大人びて見せた。
「なんだ、リンとクロウも同じクラスかよ……」
友達なのか、シンは嫌そうな口振りだったが、表情は綻んでいる。
「それはこっちの台詞。で、その娘は?」
「ユーリ・フォーレ。さっき知り合った」
「シンが入学早々に見ず知らずの女の子と仲良くなるなんて、明日は雨が降りそうね」
「五月蝿い……と、悪いな。紹介するよ。こっちの口の悪い女が……って、痛い、痛いから!」
私に気を使ってシンが二人を紹介しようとするものの紹介があんまりな為、女子に耳たぶを引っ張られた。
「ごめんね、こいつが迷惑かけて。私はリン・コレット。こいつが迷惑かけたらいつでも私に言ってね。焼却炉にでも放り込むよ」
「それは流石に酷くないか!?」
「女の子に迷惑かける輩にはそれ相応の罰が必要なの。文句あるなら手足縛って森に棄てるわよ?」
「……ごめんなさい」
扱いに不満を言うものの、笑顔で怖いことを言うリンにシンはすぐさま謝った。二人の関係に格差を感じずにはいられない。もちろんどちらが上かは言う必要もないだろう。
「騒がしくして悪いな。俺はクロウ・アウラー。こいつらとは幼馴染みたいなもんだ」
「別に気にしていませんよ。ユーリです。クロウさん、よろしくお願いします。これから毎日退屈しなさそうですね」
そんな二人の合間を見計らって傍らにいた黒髪男子、クロウが自己紹介してくれる。私は少し笑いながら、そう答えた。
「ほら、さっさと席に着け」
それからしばらく談笑していると、担任の先生からの着席指示。話を止めて席に着いた。
担任の先生は長身で若い。白い髪は無造作で、瞳の色は緑。怒ると怖そう、と言うのが第一印象だった。
「1ーB担任のレノンだ。これからお前らは魔法について学ぶことになるが、その前に言っておくことがある」
レノン先生はここでコホンと間を作り、
「各自で基礎などは学んでいるだろうが、それらは全て忘れろ!ここに来たからには学園の方針に従ってもらう」
いきなり爆弾発言。生徒は口々に不満を言う。皆この学園に来る上でそれ相応の訓練をしてきた筈だ。不満の一つや二つは出てしまうのは当然と言うべきだろう。
「お前らの言いたいことはわかる。だが何故かわかるか?それは──」
「独学の魔法は正しい理論を理解してないことがあり、時に暴発などの危険な事象が起こりうることがあるから、でしたね?」
「……間違えてはいない」
言葉を遮り、答えを言った前方に座る女生徒にレノン先生は頷く。
「名前は?」
「イレーナ・レスピナスです」
「レスピナス家のご令嬢か……」
「私は家でしっかりと魔法の理論を学んだ上で魔法を扱わせて頂いております。それでも我が家の、果てはお父様の教育は無駄だとおっしゃるのですか?」
イレーナは鋭い目をしてレノン先生に訴えた。
「それでもだ。自分の力に満身するな。戦場ではその満身一つで自分だけでなく他の多くの命を落とすことだってあるんだ」
「……」
しかしレノン先生は頑なに拒む。どうしてだろうか、普通は貴族というだけで高度な学習を身につけている。ましてや五大貴族、雷のレスピナスと言えばこの国では知らないものは居ないほどの名家。それ程の人をどうしてこうも固く拒むのだろう。私にはこの学園の形態をイマイチ掴めないでいた。
「“ファイア”」
唐突に、私の後ろから声が聞こえたと同時に先生に向かって拳サイズの火の塊が飛ぶ。
犯人はシンだった。大方先生の言い分に腹が立ったのだろう。しかし後先考えずに魔法を放つのはどうかと思う。もし間違って正面の私に当たっていたらと思うとゾッとする。先生は驚きはしたものの、その瞳には呆れが伺えた。
それにしても怒りからか、急いだからかどうも術式が甘い。当然、先生はそんな魔法に慌てることなく火の粉を振り払うように手を振る。そうするだけで火は容易く消滅した。
「なっ……!?」
まさか手を振り払うだけで消されるとは思ってもなかったのだろうが、それで動きを止めるのはどうかと思う。
今度は先生から溜息が溢れた。どうも唖然としたのはシンだけでなくクラスの大半だったようだ。
「魔法が粗すぎだ。魔力で触れるだけで式が崩れた。未熟な証拠だ。お前らも今のでわかっただろう。これが今のお前ら一年の実力ってことだ。それから今俺に魔法を放ったそこの赤髪。終わったら職員室に来い、罰則だ。生徒手帳にもあったはずだ。許可のない場所での魔法の行使は禁ずると。加えて今の行為は教師に対する反抗とみなす。二重で罰則だ。覚悟するように」
レノン先生はシンに軽く睨みを効かせて言うと、シンはそれだけで顔が真っ青になっていた。
「さて、連絡だ。プリントを配るからよく読むように」
配られたのはどうやら明日からの日程と授業時間割の二枚。後でしっかり確認することにして鞄に仕舞う。
「配り終わったな。今日はこれで終わりだ。明日から授業が始まる。遅刻なんてするなよ。解散」
レノン先生は名簿を持って職員室に戻って行く。どうやら自己紹介はないみたいで、予想していたよりもずいぶん早く終わった。
「災難でしたね」
後ろの席のシンが気になって振り返ると、今にも死にそうな顔。私は苦笑しつつシンを慰めた。
「ただのバカだって」
呆れたように、リンが隣の机に座って足をぶらぶらさせている。
「それよりも早く行かないと不味くないか?」
クロウの言葉にシンはうな垂れるが、確かに早く行かないと不味い。先程チラリと確認した生徒手帳には罰則を逃げたとみなされた生徒は罰則が更に重くなると書かれてある。
「行ってくる……」
観念したからか、シンは生気を失ったかのようにふらふらと職員室に向かった。先程自分の魔法を容易く消されたことと、レノン先生の睨みが余程効いたようだ。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫でしょ。いつものことだし。それよりもどっか遊びに行かない?」
私が心配そうにシンを見送る中、リンは気にせず遊びの提案をしていた。
「いいんですか?」
「いいの、いいの。あいつの自己責任だし。じゃ、行こっか」
私の心配を他所に、リンは立ち上がり私の手を引いて教室を出て行く。クロウもその後に続くので、私は流されるままにその場を去った。