無鉄砲な獅子と真摯な烏 そのご
「シンのバカ!!」
シンを連れて寮に戻った第一声がそれだった。そのリンは勢いよくシンを押し倒し、馬乗りになってシンをポカポカと殴る。その瞳には涙が込もっていた。
「レノン先生から聞いたんだよ」
その様子を見ているとクロウが教えてくれる。どうやら帰りが遅かった私たちのことを聞きに行ったところ、ギルド経由で伝わっていたレノン先生が教えてくれたようだ。
そんな話を聞いている内にリンの方は落ち着いたようで攻防は終わったらしい。シンは胸に埋めて泣くリンの頭を撫でてあやしていた。
「それで、何があった?」
「ヴァイザーの彼と一悶着ありまして」
「なるほどな……」
「取り敢えずシンを部屋まで運んで下さい。治癒魔法で怪我は治っていますが疲労はかなりのものです。それに、私も今日は疲れました」
「ああ、わかった。引き止めて悪かったな」
「いえ、こちらこそ押し付けるようになってしまいすみません」
私はクロウにこの場を任せることにして部屋へと戻った。
レナはまだ帰ってきていないらしい。部屋は何処か閑散としていた。ふぅ、と一息吐いてベッドに座る。そう言えば上着はシンに貸したままだ。後で返してもらおうか。
そんなことを考えつつボロボロになったシャツを脱ぎ、露わにされた白い肌と青い華の模様。
その青い華に触れ、私は魔力を圧縮するように込めた。同時に華から酷い激痛を伴う私を焦がすかのように熱い熱が発せられる。その激痛にそっと息を押し殺し、蹲りながらそれが収まるのを待つ。
この青い華は一種の魔法陣である。それもかなり特殊なものと言えよう。本来の魔法陣は円形、三角系、四角系と数種の大まかな形式があるのだが、この魔法陣はその形すら不規則で、その手の研究者であれば尚の事理解できない魔法陣だ。
加えてこの魔法陣は現在では廃れてしまっている魔術をベースに作られたもの。そんな代物が完璧に理解できる人なんてこれを作った本人以外いないに違いない。
ドクン、と震えた心臓の音を合図にようやく終わりを告げられた。もう痛みも熱もない。
放した左肩には元の綺麗な華が飾られていて、一先ず目先の問題が解決したことに安堵する。相変わらずこの魔法は扱いが難しい。再度やり直すとなると大変で、正直もうしたくない。
そうして完全に気を抜いたところで視界が霞んで行くのがわかった。そう言えば元の魔力は空っぽだ。今残っていた魔力は全て華の方に流れてしまい、ガス欠もいいところ。なんて自重しながらそっとベッドへ仰向けに倒れ込んだ私が最後に見たのは慌ててレナが部屋に駆け込んで来るところだった。
解放された窓からチュンチュン、と鳥の囀りが聞こえて微睡みから目が覚めた。
どうやら今日は珍しく寝坊してしまったらしい。日は高く昇り、レナもとっくに起きていたようだ。
とは言っても昨日の今日で学園は休日(日程調整されていた)。久々にゆっくり寝れたと考えればいいだろう。
そこまで考えたところでハッと体を起こす。いつの間にか上着を着て、毛布が掛かっていた。昨日はあの後すぐ倒れてしまったことからレナがやってくれたのだろう。
「後でお礼を言わないといけませんね」
そう呟きながら昨日の汗を流すべくシャワールームへと向かった。
その後、食堂に下りてブランチと洒落込むことに。朝食の品はもう片付けられてしまっていたので、私はカウンターから本日のオススメとされていたアサリのパエリアとスープを手に適当な席を陣取って黙々と食べる。
うん、アサリの旨みが効いている。それとなんだろう、スパイスだろうか、それが程よい刺激と旨みを引き出して余計に食欲をそそらせてくれていた。量も考えてくれているようで、程よい程度。男子には少し物足りないかもしれないがそればかりは仕方ない。
「相席、構わないだろうか」
大体半分程度食したところでそんな声が掛けられる。余り聞かない声。誰だろうと顔を上げると、驚いたことにそこにはジークがいた。
席は他にも空いているのに声を掛け、加えてその手には何も持っていない。つまり私に用があるということだろう。
「構いませんよ」
何となく、それに乗ってあげようと思った。別に断ってもいい。けれど昨日の今日で声を掛けてきたジークに私は興味を持った。
ジークは私が食べ終わるまで待つようだ。現にこうして何も話しかけて来ない。ジット私を伺っているだけで、それ故食べにくいと言うのもあるのだがそれは気にしない方針にしよう。
「先に謝らせてくれ。済まなかった」
程なく完食し、口元をナプキンで拭いたところでようやくジークは口を開く。同時に頭を下げたことに驚いてしまう。
「謝る相手が違うのでは?」
しかし、だからと言ってそれを受け入れるのは別物。これは私ではなくシンが決めることであるし、第一に私はもうあの時のことに興味は持っていない。去り際に言ったように次はない、ただそれだけだ。
「それは問題ない。彼には先に謝らせてもらっている。もっとも許してなどもらえなかったが……。さて、改めて自己紹介をしよう。ジーク・ヴァイザーだ」
「……ユーリ・フォーレです」
一体こいつは誰だ、そんなことを言いたくなるようなジークの対応に私は戸惑ってしまう。ああ、さっきからどうしても振り回されてしまっている。
「それで、どう言った要件で来られたのですか?」
いい加減振り回されるのは嫌なので、もう本題に入らせてもらうことにしよう。それを反らすようなら話はこれまでだ。
「君の実力が知りたい」
ジークはそれを汲んで直球に話してくれた。多分これが話を聞いてあげようと、少なからず関心を持った要因なのだろう。
しかしそうは言っても私の実力が知りたい、と言うのは少々面倒なことだ。昨日のあれは半分暴走のようなものだし、第一に学園で刀を使うようなことはしたくない。最も使ったとしても手持ちは刃抜きの物のみで、それはそれで失礼なことであることは既知の事実だが。
「貴方が望むような結果は示せません」
「それでも構わない」
私の言葉に即返答。これは少々どころかかなり面倒なことになりそうだ。
「金輪際、他者に過度な権力を振りかざさないこと。それから昨日の出来事を他言しないこと。それを約束してくれるなら少しだけお付き合いします」
「わかった、約束しよう。この後、第一訓練所で構わないか?」
「問題ありません。それから、形式は私が決めさせて頂きますね」
「それは……いや、わかった」
「では早く行きましょうか」
有無も言わせないように少しばかり威圧を掛けてジークを納得させる。こうでもしなければ模擬戦なんて面倒なものになりそうで、そればかりはごめんだった。流石に二日連続なんてしたくない。しかも昨日は過度な魔法の行使で倒れ、精神的にもギルドの一件。今日は安静にしたかったと言うのが本音だ。
「形式は単純です。貴方の全力の一撃を私が魔法で防ぐ。これでいいですね」
第一訓練所に着いて早々に告げる。これなら一撃だけで終わり、疲労の影響も出にくい。
「ああ、問題ない」
ジークは不満そうであったが、形式を任した手前了承するしかない。
それからは短い茶番だった。ジークが放った一点特化の上級魔法を私が初級の防御魔法で軌道を反らすだけ。全力で放たれただろう魔法は拮抗することもなく容易く屈折して地を焦がした。
その事実に何か言いたそうなジークだが、勝負条件に全く抵触していないことに加えて全力の魔法を容易くあしらわれたこと。それが精神的にかなり来たようだ。
「いくら上級魔法でもこの程度だったら初級で十分です」
見下しているともアドバイスをしているとも取れるこの言葉。それを告げて私はどうしたいのか。彼を貶めたいのか、彼に助言をしたことで言い訳を作って自分に甘えたいだけか、と自分を自分で貶める。
でもこうなるのがわかってした私はきっと最低なのだろう。最低の化物。もうそれでいいなどと投げやりに考えてしまう。
「それでは約束の件、お忘れなく」
最後にそう告げて外へと向かう。去り際に、「ありがとう」と聞こえた気がした。
「そんな対応でよかったのか?」
校舎を出る直前に声を掛けられる。振り返ると影から顕現するように現れたクロウ。
今の今まで気づかなかった。いつから付けられていたのだろうか。それを考えたところで恐らく最初からなんだろうな、と結論が出て自分の注意力の散漫さに酷く落胆する。もっともそれが一般から少しずれていることが自覚しているが。
「覗き見は悪趣味ですよ」
「悪いのはユーリの方だ。昨日の今日でヴァイザーと二人きりの現場を見て心配せずにはいられないだろう」
「すみません……」
それを悟らせぬために軽口を叩いたのだが、それに気を害したのか、溜め息を吐きつつ叱られてしまった。
「別にいいが、リンとレナが探していたぞ。早く会いに行ってやれ」
「……余りいい予感はしません」
「そればかりは仕方ないだろう」
「はい……」
結局、クロウだけでなくリンやレナまでにも心配かけてしまっている。もしかしたらシンにも。
ここに来てからはやたら心配を掛けてしまっている。それが未だ慣れず、少しむず痒い。
でも逆の立場だったらきっと私も心配した。だからいつかそれは別の形で返すことになるだろう。
私に出来ることだったら何でもしてあげる、なんて言ってみたらまるで恋人に尽くす彼女のようだ。そんな下らない事が思い浮かび、くすりと笑ってしまう。
「どうした、何かあったのか?」
「いえ、何もありません。すみません、早く行きましょう」
私は気遣うクロウを余所に寮への歩みを進めたのだった。