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無鉄砲な獅子と真摯な烏 そのよん

いつもより少し長めです。

「少し待っていてください」


安堵はもう十分だろう。気持ちを冷まし、凍りつかせた憤怒を再び燃やす。

その矛先であるジークは奥の倒れた木々の中に埋もれ、何とか生きながらえる姿は無様だ。


本気で殺す気で、恩を仇で返すその傲慢さに私は反吐が出た。こんなのが五大貴族。レナにスイとそんなことは決してなかったが、五大貴族様も様々ということだろう。


「この、化け物が……」


側に歩み寄ると、ジークは苦痛の表情を浮かべながら歯を噛み締めて、怨みの籠った目で呟く。


化け物。確かにそうだろう。彼にとって私は化け物なのだ。


人の腕を容易く切断し、ドラゴンをそこらにいる蚊のようにあっさりと殺し、治せる筈もない致命傷すら治す。そんな私が化け物と呼ばれるのは当然のことかもしれない。


でも、そんなのどうでもいいことだ。強過ぎる力は持て余され、疎まれる。そんなことに今更何とも思わない。


刀をゆっくりと振り上げながら鋭い風を纏わせる。風をより濃く、より鋭く、刃に目にはっきりと見えるまで収束し、切っ先を天に掲げる頃には完成した。


後は振り下ろすだけ。ジークはもう逃げるのは諦めたのだろう。しかし彼の眼には強い意志が宿っていた。妬み、恨み、憎しみ。様々な不の感情(おもい)が私に当てられる。


「さようなら」


その言葉を終いとして、私は彼を断つべく掲げられた刀を振り下ろした。


「……ユーリ」


不意に背後から聞こえた、か細い声。その声に私の腕はぴたりと止まってしまう。集めていた風の刃も虚しく霧散する。


シンの声だった。それは寝言のようなものだったに違いない。もしくはただの幻聴か。その証拠にシンは未だ気が付いたような素振りは伺えない。しかし、私にはその声がはっきりと聞こえてしまった。


そのか弱い声はまるで「殺さないでくれ」と泣き入るように、私を責めるように聞こえて。それを振り払ってまで人殺しの刃を振り切ることなんてできなかった。


完全に殺る気が削がれた私は刀を消してジークに背を向ける。その先で眠るシンに「ありがとう」と一言。感情的に成り過ぎていたみたいだ。


窮鼠猫を噛むと言う。その例に漏れず、私はジークに懐に隠していたであろう刃を以って背後から狙われた。それだけ私のことを怯え、恐れ、追い詰められていたのだ。そんな彼に背を見せればこうなるのもわかっている。


だから私はそれを容易く躱し、その刃を叩き落とした。


それでもジークは諦めない。欠片も残っていない魔力を使って私を襲う。動かない体を無理に動かして武器もなく殴り掛かる。傷ついた体が更に傷ついても止めることはない。


何が彼をそこまで動かしているのか。それはちっぽけな貴族としての誇り(プライド)だろう。圧倒的実力差と完全に見下された屈辱。それが彼のプライドに罅を入れていた。


彼の攻撃を軽くあしらいつつ、私は落ちた腕を拾う。私が斬ったジークの右腕だ。それを取り押さえた彼のあるべき場所に合わせ、“天使の光”を掛ける。綺麗に切断された腕はそれだけで簡単に繋がった。


「どうしてだ……」


同時に崩れ落ちる彼。その眼には涙が流れていた。それを無視してシンの元に戻る。私にはそれをどうすることも出来ないし、しようとも思わない。そんな私の心情を知ってか知らずか、ジークは呼び止めた。


どうしてみすみす見逃し揚句怪我まで治したのか、と。私はそれにこう答える。


「シンの報復に殺そうと思ったけど、それはきっとシンは望んでいない。ただそれだけ。だから今回は見逃すけど――」


そこで一旦言葉を止めた。三度目の正直だ、次はない。そんな意味を込めるべく殺気を漏らしつつ続ける。


「次あんなことしたら殺すよ」


きっとそれは冷たく心に突き刺さったことだろう。もう彼の安い誇り(プライド)は完全に崩壊していた。



―――〆



ギルドは相変わらず活気に溢れている。その中を真っ直ぐと進むと自然と道が開けた。それは背に乗せられたシンに被せた制服を汚す血の所為であろう。剣で切り裂かれた制服のままでは可哀想と私の上着を被せたのだか、如何せん私の制服も私自身の怪我で腕の部分は破け、また彼を助ける時に彼の血を浴びている。視線を集めてしまうのは仕方のないことだった。


一先ずその視線は無視して「依頼の品です」と受付に無事に残すことのできた月光発芽を渡す。


「はい、確認しました。……それで、そこの彼はどうしたのですか?」


聞きにくそうに、しかし職業上聞かなければならない彼女はシンのことを聞く。


「それが、知り合いと一悶着ありまして……」 


一悶着どころの怪我ではなかったのだが受付嬢はそれで察し、「大変でしたね」と一言だけ告げて建物の奥にある医務室まで通してくれた。


学園と似たような部屋。違いは部屋の面積とベッドの数だろうか。十はあるベッド。しかしそれは誰も使われずにしんと静まり返っている。


医師は居らず、受付嬢曰く医師は直ぐ来るとのことで一先ずシンをベッドに寝かせてから二言三言言って受付の仕事に戻ってもらった。


「ふぅ……」


一息吐いてシンの枕元に座り、やっと一息吐けたことに安心する。


「シンもバカですよ……」


ポツリと呟く。静かな部屋。そこには私とシンの二人だけ。そのシンも今は私の傍らで眠っていて、私の呟きを聴く人も居ない。


「なんであんな無茶するんですか……リンに知られたら大変ですね」


クスリと笑う。もしシンが聞いていたら慌てふためくこと間違いない。その姿を想像してまたクスリと笑った。


「シン、ありがとう。そしてごめんなさい」


私を止めてくれてありがとう。助けるのが遅くなってごめんなさい。そんなことを想いながらシンの頭を撫でる。赤く紅く綺麗な色の髪は以外にもサラッとしていた。


ガチャッと音を立てて扉が開く。医師と思われる白衣の若い男性が現れ、私は立ち上がって頭を下げる。シンの症状を簡潔に説明し、私は学園に報告に行かないといけないからと医師にシンを頼んで部屋を後にした。もっともそこには虚実も含まれていたのだが。




「ちょっと待ってくれるかな?」


部屋を出てすぐのところで呼び止められた。振り向くと見覚えある白髪の青年が穏やかな笑顔で立っている。ギルドマスターのジルだった。


「……何の用でしょうか?」


あまり会いたくはなかった二度目の邂逅。そして彼はなかなか逃がしてはくれないだろうと私の予感が告げている。


「まぁ、そう警戒しないでくれるかな。少し話がしたいだけだよ」


ニコリと微笑むジルに諦めて「私の話でもよかったら」と内心は兎も角笑顔で了承した。


「じゃあ着いて来てくれるかな」


ジルはゆっくりと歩み出し、それに少し距離を開けて着いて行く。


「そんなに警戒しなくてもいいのにね」


小さな呟き。そのことに私はドキリとする。まるで心の中でも読まれたような感覚に、表には出さないながらも内心は穏やかでなかった。


程なく以前通された部屋へと再び通される。相変わらず書類は机に積まれていた。


「本題に入る前に、君は紅茶とコーヒーどちらが好きかな?」


ゆったりとしたソファーに互いに対面へ座り、ゆったりとした口調で尋ねる。これは長引きそうだな、と私は再度落ち込む。


「紅茶、ですね」


「そうかそうか」


素直に私がそう答えるとジルは嬉しそうに何度か頷いた。ジルが何やら合図してから少し間を置き、コンコンとノックが入る。どうやらお茶が来たようだ。


入ってきたのは若い女性だった。同性の私でも憧れるような、スラリと長く綺麗な金髪、深く吸い込まれてしまうような碧い瞳、そして薄紅色の唇に細く白い肌。胸も豊満で嫉妬してしまうくらいに妖艶な身体だ。背丈は一般的な男性の平均より少し高めと女性にしては高いが、それが妙にしっくりくる。


落ち着いた雰囲気の女性ながら、どこにも隙がない。そんな彼女は二つのティーカップとティーポットを銀のトレイで運んで来た。


「お待たせしました」


ソプラノの綺麗な声で彼女は私とジルの前にティーカップを置き、ポットから紅茶を注ぐ。アールグレイ特有の落ち着いた香りが漂うのを感じているとジルに飲むよう勧められる。一口飲むと控えめの甘さが口の中に広がった。


「美味しい……」


「ありがとうございます」


「申し遅れたが、彼女はサラ。今はこうしてたまに秘書のようなことをしてもらっている」


ジルがそんな彼女を優しい目をしつつ紹介。そういう仲だと知りつつも、それを口にするのは無粋だろう。


「それで、本題とは?」


このままのんびりするのは嫌なので、率直に聞く。すると、ジルの口角が僅かに上がったのが見える。そのことで、もう次の言葉が予想できてしまった。


「うちに入らないかい?」


ああ、やっぱり。しかしどうして急にこんなことになったのか。私は俯くと、破けたシャツから覗かれた左肩が目に入った。


そういうことか。私はそれだけで納得してしまった。通りであの時治癒魔法が成功でき、そしてジークを相手して異常なまでに好戦的だったことに気が付く。そして現状ジル相手では分は悪い。漏れ出た魔力だけで私の力量はある程度測れてしまっていることだろう。だからこうして勧誘されてしまったのだから。


最も避けたかった事態が起こってしまっていた。それも私自身のミスで。しかし、それでも私の返す言葉は決まっている。


「お断り致します」


その一言で空気が変わった。温和な空気が一転、一触即発の状況が生み出される。


「ユーリさん、君に断る理由はあるのだろうか」


「私はギルドが大嫌いですから」


「それはどうしてか、理由はあるのかな?」


「それは貴方自身が一番ご存じでしょう。()()()


ピキッ、そんな聞こえるはずのない音が聞こえた。


「これはこの『銀色の月』に喧嘩を売っていると解釈していいのかな?」


「いえいえ、そんな大層なこと()()()()()()である()()()()にできませんよ」

「いやいやご冗談を。これが先程()()()()()()()()()貴女のお言葉とは信じられませんよ」


「相変わらず耳がお早いようで。()()()()()()()()()()のはさぞ楽しいのでしょうね、()()()()()


「私はそんなことしません。これはただの人伝ですよ」


「ああ、これはすみません。()()()()()()()()()()()()()()()()でしたね」


空気が死んだ。そしてジルから殺気が漏れ始めたことを知る。


「君はどこまで知っているのかな?」


これが最後という事か。ならばそれに乗って上げよう。


「私はただの無知な子供に過ぎません。そうでしょう?そこの『セラフィム』さん」

同意を求めるように、極自然に会話を振るようにジルの隣にいる彼女、サラに告げる。そしてこれが完全に火蓋を切ることの合図だった。


「一度だけ聞く。何処の差し金だ」


「ただの小市民ですよ」


「そうか、答えないか。なら帰すわけにはいかないな」


「そうですか。ではおやすみなさい」


ジルが好戦的になったところでパチンと指を鳴らす。それだけでジルの意識は途切れ、夢の中に。“ナイトメア”、対象を夢の世界へと誘う闇の上級魔法。そこに精神干渉系の術式や他にも色々と加えた。これで私がドラゴンと遭遇したこと、今の対話のことは改ざんされ、なかったことにされる。


「私には、施さなくてよかったのですか?」


「ええ、貴女相手にこの程度の魔法が効くなんて思っていませんから」


崩れ落ちたジルを横目に聞くサラに、私はさらっと返す。元々この手の魔法がセラフィムである彼女に効くはずもない。


「なのでここは一つ、これで手を打って頂けませんか?」


だから私は話し合いで収めるべく、いつも刀を出すように擬似空間魔法を用いて一つの薬品を出した。サイズは片手にすっぽり収まるくらいの小瓶。それは半透明で、微かに青みを帯びていた。


「これは……!?」


それを見て驚きに染まるサラ。それもそうだろう。これはそれだけ天使という括りであるサラにすら希少価値の高い代物なのだから。


「生命の水、またの名をエーテルと呼ばれるものです」


ごくり、サラからそんな音が聞こえた。彼女にとって、これは喉から手が出る程に欲しい物。生命の水は高純度の魔力回復剤で、帝でも一滴飲めば魔力は完全に元に戻る。また供物を捧げる高難易度の術式に於いては最上位の触媒と成り、天使にとってはその身を更に昇華させることも可能な代物。


「これを、どうして貴女が?」


「それは今どうでもいい話です。さて、私の今から言う条件を飲んでくれるならこれを差し上げましょう。条件は三つ。一つ目、今後私に直接的にも間接的にも一切の干渉をしないこと。二つ目、私のことを詮索しないこと。三つ目、今日起きた私に関することを誰にも口外しないこと。これは例えジルの命令であったとしても、です。いかがですか?」


「……そんなにご自身のことを隠したいものですか?」


私の提案にサラは訝しむ。しかし私は笑顔のまま無言を通す。


「分かりました、条件を飲みましょう」


結局、私の圧力に負けてサラは納得してくれた。直接的、肉体的交渉にならずに済み、ホッとする。


「ありがとうございます。しかしこれは口約束。貴女がうっかり口滑ることも、恣意的に破ることも考えられます」


「信用、できませんか……」


「ええ、全く。なので、今からとある術式を用いらせてもらいます」


「……それはまさか“盟約の契”、でしょうか?」


顔が引つるサラに私はニコリと笑顔を返した。


“盟約の契”とは古来より使われた契約の魔法の一種。これを破った場合、破った者は死ぬ。それくらい強力な魔法で、これを現代になって使う者はほとんどいない。だからサラの反応は当然と言えよう。


そしてこういう時の為に用意しておいた複雑な魔法陣が描かれた羊皮紙。そこの中心の空いたスペースに先程述べた条件を記入して行く。最後にユーリ・フォーレと私の名を記入して、後はサラが名を記入するのを待つのみ。


「それでは、これに署名をお願いします。ああ、わかっていると思いますが、もちろん正式名称でお願いしますよ」


釘を刺すのも忘れない。サラは苦笑いをしつつ、私の名の下に『セーラ・リーチェル』と記入する。


記入が終わると共に羊皮紙が光り、魔法陣が展開されて私とサラを包む。程なくそれも済む。契約完了の合図だった。


「契約通り、こちらは差し上げます」


契約通り小瓶をそのままサラへと渡す。これで要件は終わった。さて、ジルが起きる前に退散することにしよう。


「それでは、私は帰らせてもらいますね。……ああ、忘れてました」


立ち上がり、帰ろうとしたところで思い出したように言い、指を鳴らす。パリン、同時に何かが砕けた音が響いた。


「これで()()()()()()()()()()()()()は完全に壊して置きましたので悪しからず。では」


ニコリ、笑顔で部屋を出る。最後に私が見たのは悔しそうな表情を浮かべるサラの姿だった。

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