表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

無鉄砲な獅子と真摯な烏 そのさん

着いた先は酷い有様で、木々は倒れ炎上し、地面は大きく抉れている。


その先にはアースドラゴン。大地を操る、Aランク認定の魔物だ。


本来なら比較的温厚で自らの戦闘は滅多にしないのだが、この時は違っていた。


原因はその目の前にいるジーク・ヴァイザーで毎違いないだろう。彼が何かをしでかしたのかは知らないが、ドラゴンから凄まじい怒りを感じた。


しかし当の本人はそれに臆することなく、どこか笑っているようにも見える。

私とシンは遠目で見たその様子に緊張を張った。


ジークはその巨体に飛びかかり、両刃の剣を振るう。一瞬、赤く燃え上がったような輝きを魅せた刀身がドラゴンの額を襲った。


しかしそれより早くドラゴンは前足でジークを吹き飛ばす。幸い鉤爪からは外れたお陰で致命傷とはならなかったようだが、それでもドラゴンの一撃。骨が数本折れたかもしれない。ジークは息を切らしながらもフラフラに立ち上がった。


「“炎の化身イフリートよ、その力で全てを呑み込み、奪い、塵も残さず焼き尽くせ――”」


その顔には怒りが浮かび、苛立ちを隠せずに呪文を詠唱し始めるジーク。


「……!?“光の精霊よ、その光を持って我を包み守護せよ――ライトガーデン”」


その呪文に私は脅威を覚え、慌てて防御魔法を唱える。


「“ファイアストーム”!!」


私が何とか展開した瞬間、それは発動した。同時に半球状に展開された炎の壁は瞬く間に肥大化し、木々や草木を燃やし、焦がし、消して行く。これが火属性の上級の全方位攻撃魔法だった。


一般の魔物程度なら完全にオーバーキルなこの魔法は上級でも高位のそれ。咄嗟に守ったからよかったようなものの、それがなかったら私もあの木々のように骨すら残らなかったかもしれない。


魔法が止み、なんとか守り切ったことに一安心。これで指輪を付けたままだったら咄嗟の魔力が不十分で大火傷を負っていたかもしれない。朝に外していて本当によかった。


先程から何度か触れている指輪とは魔力を封じる、一般にはあまり流通されることのない封魔器の一つだ。普段右手薬指に付けるそれは魔力を十分の一にまで封じるもので、私はそれを付けて普段の生活をしていた。模擬戦後、魔力が回復したのは抑制していた魔力を開放したことによる副次効果というわけだ。


「ユーリ!!」


「大丈夫。それよりも……」


呆気に取られていたシンが私を心配してくれたがそれを制して戦況を伺う。


ドラゴンはさっきの魔法を直撃してその身を焦がしていた。しかしそれが逆にドラゴンの怒りを頂点にまで持っていったようだ。


ドラゴンは力強く羽ばたくことで上昇し、口を大きく開くことでその鋭い牙が晒される。こんなのに噛み付かれたならば体の一部など容易く抉り取られることだろう。しかし問題はそこではない。ドラゴンの口元に魔力体が集まりつつあった。


ドラゴン最大にして最強の技、ブレス。唯でさえ膨大な魔力を圧縮し、その気になれば山の一角すら容易く抉ることのできる威力はもはや脅威でしかない。


先程の上級魔法が優しく見える程に出鱈目な威力。それをジークはあろうことか受け止める気でいるようだ。迎え撃つべく攻撃魔法を展開しているのがその証拠。まだ走って逃げた方が生還率は高いというのにそんなのお構いなし。私はただ呆れる他ない。


しかしこのままでは私達まで巻き込まれてしまう。私だけならまだしも、シンまで巻き込むのは嫌だった。


だから私は「仕方ないよね」と言い訳に、とある魔法の起動言語(スペル)を口にする。


「“風の化身シルフよ、その力であらゆる災厄を防ぎ、弾き、欠片程の礫も通すな――”」


詠唱途中にドラゴンのブレスは放たれてしまう。先に用意していたジークの迎撃用の魔法が衝突するが虚しくも紙切れのように容易く打ち消され、その顔は絶望に染まった。


側で心配そうに私を伺うシンに、大丈夫だよと笑う。そしてギリギリのところで詠唱は間に合った。


「“ウェザープロテクト”」


突如出現した緑の魔法によって呼び出された突風。それはブレスを易々と防ぎ、お返しとばかりにそっくりそのままドラゴンに返して右翼の付け根を焼き切った。


それに呆気に取られたのであろう、決死の覚悟で迎え撃った魔法を容易く消失させたドラゴンのブレスを第三者が割り込んでこうも容易く止められたことに。


「お前か、 邪魔をしたのは!!」


後にして思えば、この時の彼は未だ未成熟だったのだろう。子供で、自分中心主義で、現実を直視したくなくて。だから、そんな言葉と共に暴挙に走ったのかもしれない。


突如、私達目掛けて灼熱の斬撃が放たれた。それは地を焦がし、抉り、尚も真っ直ぐ進む。


「……は?」


あまりに唐突な出来事にシンは硬直してしまった。このままでは私は兎も角、シンは確実に巻き込まれてしまう。


しかし詠唱する時間なんてない。動くのはこの身一つ。だから――


トンッ、シンを横に押した。同時に斬撃が私の左腕を掠める。咄嗟の身体強化で軽減はできたものの、防ぎきることは到底に不可能で。よかったのは受け流す時間が僅かにできたこと。お陰で腕が消し飛ばずに済んだ。


そう安堵ができたのも束の間。地にドスンと倒れた直後から左腕全体から悲鳴を上げたくなる程の激痛が襲う。


斬撃が宿していた熱は服を焦がし、肉をも焦がす。それに気づかず酷い痛みに思わず逆手で触れてしまった。


「熱っ!!」


傷口からは触れないくらいの高温が発せられ、庇う為に触れた手すらも火傷を負ってしまう。


左腕は酷い有様で、まるで抉られたかのように数センチの窪みと成り、焼けて黒ずんでしまっている。それが腕全体にかかるように裂傷となっているのだから人様には見せられない有様なのは言うまでもない。


そんな腕から流れる血は、一滴零れ落ちる度に地面をジュウッと焼いていた。


「なんで無茶してんだよ!俺なんて――」


「その先は、言っちゃダメ、ですよ」


心配するシンに私は笑って返す。もっとも酷い激痛で顔をは歪んでしまっていて笑顔にはなっていないかもしれない。


「ははは、 たかが平民が俺様の邪魔するから痛い目見るんだ!!」


ジークは極度の疲労と魔力の大量消費からか、視点は定まらず、壊れたようにバカ笑いを繰り出すのみ。それは傍から見て痛いだけの姿。きっと彼の父が見たら心を痛めることだろう。


「……邪魔?」


ピクリ、私の側でシンが反応する。私が「あっ」と反応したときはもう遅い。気が付いたときには彼はジークの胸倉を掴んで掛かり、そのままガイアの顔を一発殴っていた。


「邪魔だ? ユーリは俺とお前を助けてくれた命の恩人だ。その恩人にお前は今何をした? 挙げ句に怪我したユーリを見て平民だの邪魔するからだのと罵ってバカ笑いだ?ふざけんのも大概にしろ!!」


悲痛を叫ぶように、一気に言葉を吐き出すシン。その目からは涙が浮かんでいた。


「たったそれだけか?」


「は?」


「たったそれだけかって聞いてんだよ!!」


しかしそれはジークには届かない。既に壊れてしまっているのだから。


「痛っ!?」


ジークが声を振り上げると同時にシンの様子がおかしくなった。顔は苦痛に染まり、青ばんでいる。


そんなシンを嘲笑うかのように、ジークは真紅に染まった『剣』を引き抜いた。


引き抜かれた剣からは鮮やかなまでに毒々しくも赤い鮮血が飛び散る。


(うずくま)り、苦痛を抑えながら右足を抱えるシン。その先端から赤い血がにじみ出ていた。


ジークは刺したのだ。無抵抗なシンの右足の甲を躊躇(ためら)いもなく。


「俺様の顔を! 殴りやがって! 説教とか! ウゼェんだよ!! 大体! 平民風情が! 俺様に! 楯突くんじゃ! ねぇ!!」


それでも飽きたらず、一言言う度にシンの背中を刺して、刺して、刺す。みるみる溜まり行く血の池。その頃には腕の痛みなんて忘れていた。その光景をただ無力に見るしかなくて。私の中では無力な悲鳴が飛び交うだけ。




ただ無力に見るだけの私が嫌だった。友達が居なくなるのが嫌だった。その声が聞こえなくなるのが嫌だった。その日常が無くなるのが嫌だった。只々嫌だった。それはきっと私の我儘だった。どうしようもなく子供な私の――




ガチャリ、私の中の何かが開く音が聞こえた。同時に私はユラリと立ち上がる。


障害にしかならない焼けた裂傷を冷水で瞬時に冷やし、光属性の回復魔法で傷痕は一瞬で痕も残さず完治した。


そっと、いつも鍛錬で使う刀を取り出す。そこに視覚化される程高密度な魔力が刃を造るように形成された。


そうして尚も死んだ魚のような目で見据えながら手を止めないジーク目掛けて刀を振るう。瞬間、ジークの斬撃とは比にならない綺麗な斬撃が彼の得物を持つ()()()を切り飛ばした。


「……は?……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


五月蝿い。私がそんな彼に感じたのはそれだけだった。


絶叫する彼の声が気に食わない。そんな理由だけで報復すべく地を蹴って接近し、彼の鳩尾を蹴る。たったそれだけで彼は息を塞き止め、焼け残った木々の場まで飛んでその先にいた生物に衝突した。


そうしてようやく動けるようになったアースドラゴン。その怒りはもはや振り切れており、今当たったものなんて気にせずに雄たけび上げて私へと一直線に突撃する。もはや今までとは比べ物にならない程の魔力を纏って突撃することで強化された一撃を、どうでもいいように私は見向きもせずに刀を振るうだけ。


切先に風を纏わせて“ウィンド”を放つだけの技。これは今朝にクロウ相手にも使った技だ。しかし魔力量は桁違い。斬撃はドラゴンの全力なんてものせずに容易く通過した。


正面から斜め真っ二つに切り裂かれたドラゴン。それは重音と共に崩れ落ちた。


それを見向きもしないで私はシンの安否を確認する。今は何よりもシンの容態が優先だった。


「シン」


名前を呼び掛けても反応はない。出血が酷く、顔は青白い。意識も無くて今にも死にそう。体に刺し傷が数えきれない。心臓に風穴が開いていて、これはもう致命傷。生半可な治癒魔法では効果などないだろう。


体の臓器を完璧に治癒できるような魔法は最上級魔法しかない。それも治癒魔法としては最上位のもののみ。そんなものを完璧に扱える人なんて大陸全土探しても片手程度しかいない。


はぁ、口から溜息が零れる。ジークはシンを本気で殺す気だったのだ。間違いがないように確実に。心の中がどんどん冷えていくのを感じた。


ならばそれを覆そう。天に祈りを捧げるべく跪き、胸の内でごちゃごちゃしていた気持ちが凍りつくように息を潜めさせて、ひたすら真摯に、純粋な想いで魔法の言葉を紡ぐ。


「“聖なる光は生命の輝き。全てを清め、癒し、守護を施す。優しき天使ミカエルよ、私は貴女に祈りを捧げます。大天使の名のもとに()の深き傷に癒しを――大天使の祝福(ゴット・スペル)”」


白色の光と共にシンを覆うように魔方陣が出現する。そこから温和な光と白い羽が降る。その白い羽に触れると吸い込まれるように溶け込み、徐々にシンの傷が塞がって行く。僅かだがシンの顔に生気が戻ったように見えた。


祝福が止み、シンの心音を確認すればトクンと動く音。その音を聞いてようやく私は安堵した。


今まで一度すら成功し得なかった魔法。成功するか不安だった。でもシンは生きている。それだけで十分だった。

シン君二度目の臨死体験。しかもスパンかなり短い。このままでは一章に一回はシン君死んじゃうのかな?(笑)

※シン君にはよくあるギャグキャラ体質なんて物理法則歪める特殊能力ありません。ただの幸ない不幸な青年です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ