無鉄砲な獅子と真摯な烏 そのに
「残念、負けちゃいましたか……」
その結果を意識しないよう、努めて軽い口調で口にする。
「最後の風、全力だったのか?」
そんな私をクロウは真剣な目で私を見据えた。
「魔力切れです。これ以上は無理ですよ」
魔力が少なくて立ち上がろうにもペタンと体が地に沈み、力が抜けてしまう。
「ユーリ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
心配するクロウに、私は愛想笑いする他ない。仕方ないので私は指輪を外した。途端に魔力が溢れてきたのがわかる。むしろ普段よりも多いくらいに。
「何をした?」
溢れた瞬間の魔力を感知したのだろうと推測。
「これで魔力が回復しました。これで大丈夫です」
だから外した指輪をクロウに見せた。私が唯一付ける指輪。この使い方は本来の用途とは違うが、それは言わなくてもいいだろう。
「なんで……いや、そうか」
「これで私の実力はわかりました?」
「ああ……」
どうして手加減をしたんだ、そう聞きたかったのかもしれない。しかし今日はギルド依頼があることをと思い出して言葉を噤んだのだろう。少し微妙な空気になりつつあるのを感じ、私は話題を本来のものに戻した。
「魔法はすごいけど魔力が不足しては意味がない。武器の扱いはそこそこ。でも無理しているように見える。これで合ってました?」
クロウの考えを当てるように悪戯っぽく言ってみる。
「気にしなくていいですよ。ほとんどその通りですから」
「ユーリがそれでいいならいいが……」
「そんなものですよ。さて、私は寮に戻りますね。汗を掻いてしまいました」
着ていた服は砂埃で汚れ、汗で湿ってしまって気持悪い。早くシャワーを浴びたい。
「付き合わせてしまって悪かったな」
「付きき合わせたのは私ですから気にしないで下さい。ではまた後で」
「……ああ」
クロウが何か言いかけたが、気づかなかったことにして私は寮に戻った。
寮へ戻ると、レナが髪を整えていた。仄かに火照る様子からシャワーから浴びたばかりなのが伺える。
「おはよう、レナ」
「おはようございます、ユーリさん。今日は遅かったのですね?」
「ええ、少しクロウに会って――」
私は当たり障りのないことを話しながら、シャワーを浴びる準備を。
「……クロウさんと?」
ピクリ、レナが反応して私に近づく。
「そうですけど……どうしました、少し近いですよ?」
そんなレナに私は引き気味に。
「ズルいですわ!どうしてクロウさんだけ朝の運動に誘ったのです!どうせなら私も誘って欲しかったですわ」
不貞腐れたレナに私は思わず笑ってしまう。
「なっ、笑うのは失礼ですわよ!」
「ごめんなさい、つい思わず。クロウとはただ偶然出会っただけですよ」
「えっ……あっ!!」
ようやく自分の失態に気づいたレナは茹でるくらいに顔を真っ赤に染めて布団にくるまる。
「わ、忘れてください!!今のことは聞かなかったことにしてください!!」
いつものレナはどうしたものか。上流貴族ではなく一人の女の子としての姿に、私は口元がつい綻ぶ。
「わかっていますよ。では、シャワー浴びてきますね」
そう言い残して今はレナを放っておくことにした。
―――〆
目の前には白い建物。凱旋門並みの大きな扉。そして『白銀の三日月』の紋章。私ことユーリ・フォーレはまたここに来てしまった。
私の知っている人で今この場にいるのはシンと、他のクラスメイト数人。彼ら彼女らはそれぞれで既に固まっていることから実質私とシンは二人きりだ。リンとクロウは『黒の薔薇』、レナは『紅き翼』へと見事に分散してしまって何とも寂しさを覚える。
「ユーリ、何してんだ? 早く入ろうぜ」
「……ええ」
覚悟はもう決めるしかないだろう。その思いで私はまたここに足を踏み入れた。
中は様々な人の往来で騒々しい。屈強な男性、貫禄のある初老の男性から可憐な女性まで、様々な歳の男女が依頼を受け、一角にある休憩所で談笑をしていた。
「スゲーよな。この人の多さ」
改めて見回す。やっぱり多い。人数は私がいた頃も多かったと思うが、それ以上に増えているように見える。これは前水帝の活躍も少なからずあるのだろう。
「さっ、早く依頼を受けに行こうか」
「そうですね」
やや興奮気味のシンは早速依頼を受けるべく手近の受付けの元へ足を運ぶ。
「ソウイル学園の生徒の方ですね、承っております。こちらの用紙にご記入をお願い致します」
あらかじめ準備されていたのだろう、受付の人に氏名と同意確認のみの簡単な用紙を渡された。
「年齢とか魔力量はいいんですか?」
同意確認に関しても命の保証をギルドではしませんがよろしいですか、だけの本当に必要最小限のみ。その少なさ故に疑問に思ったシンが質問する。
「必要事項は既に学園側が済ましておりますので、これは本人確認の為になります」
「そうですか……と、できました。ほら、ユーリも」
「はい……」
「受け取りました。こちらが今回の仮受付け用のカードとなります。後で返却させてもらいますので無くさないで下さいね」
受け取ったカード。白色のそこにギルドの刻印が押されたこれが一時利用の為のカードだった。思ったよりしっかりした作りで、少し驚く。
「ではユーリ様、シン様、学校の実習との事なのでGランクの中から依頼を選んで下さい」
受付の人はそう言って人の集まる掲示板を指差した。
―――〆
周囲は緑の木々。学園の雑木林よりも澄んだ匂いに心が自然と落ち着く。
この『ルナの森』は街から一番近く広い面積を有する森であるが、深くまで潜らなければ魔物もほとんど出現しないような箇所。恐らく大半の生徒がこの森で依頼を受けているだろう。
私達の依頼は月光花芽の採取。月光花芽とは月夜にのみ咲く月光草の発芽前のもので、調合すると麻痺毒によく効く薬草だ。ルナの森では比較的安易に入手しやすく、森自体に危険な魔物も少ない為Gランクの任務として申し分ない。
「はぁ、折角だから魔物の討伐とかしたかったのに……」
森を探索しながらシンが呟く。
「仕方ないですよ。今回は初めての依頼となりますし、シンだって死にたくはないでしょう?」
恐らく依頼でカッコよく魔物を討伐して自慢したいという新人ギルド員によくある思惑だろうが、そう簡単に魔物は討伐できるものではない。何より今回はギルドで依頼を達成することが目標である。そうそう魔物の討伐をさせるようなこともないだろう。
「そりゃそうだけどさ……やっぱ俺としては一つでかいのをやりたいわけよ」
「そんなこと言って……リンに何か言われても知りませんよ?」
「ど、どうしてそこにリンが出てくんだ!!」
声が裏返り、顔も真っ赤に染めて慌てふためくシン。その慌てる様子が少し可愛らしい。
「いえ、先日の模擬戦でシンが怪我をしていたときリンが一番心配していましたので」
私がそう答えるとシンは更に顔を赤く染めて顔を反らす。
「そっか……」
その様子に、私は一つの回答が思い浮かぶ。そういう年頃なのだろう、と。
「こんな少なくていいのか?」
シンの手元には数本の月光花芽。依頼は採取と書かれただけで数の指定はないので必要最小限でいいだろう。
「はい、それで十分ですよ」
ドンッ、高台の崖付近で見つけた私たちは十分に採取して帰ろうとしたところ、そう遠くないところで大きな衝撃音がした。発信源では煙がモクモクと立ち上っており、木々も数本倒れているようだ。
「行ってくる!!」
シンは直様興味本位で現場へ向かうべく身体強化を施して崖を駆け下りていく。
「はぁ……“ウェザー”」
その様に呆れつつ、私は魔法で空中を駆けるように飛び、追いかけた。