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無鉄砲な獅子と真摯な烏 そのいち

寮でリンとレナでいつもの夕食。今日のメニューはシチューと柔らかい丸いパンで、シチューに合う。


「はぁ……」


先程から何度かの溜息が溢れる私。と言うのも、遂に明日ギルドで依頼を受けることになったからだ。当然、ギルド嫌いな私には憂鬱になってしまう。


「ギルドですか……」


美味しい料理もこんな気持ちでは味が落ちてしまう。


「先程からどうかしましたの?」


見かねたレナが私の呟きに反応する。


「明日のことが少し不安になりまして」


私は本心を悟らせないようにいつもの調子で取り繕う。


「まぁ、ここにいる全員が一緒になれるとは限らないしね」


リンの言う通り、今回の実習では学園の方で協力してくれるギルドの割り振りをされてしまうので一緒に行動できるとは限らない。協力してくれるギルドは三つ。


一つ目は『紅き翼』。ここは炎帝と光帝が中心のギルドで、力と守護のバランスが取れているギルドと言える。依頼は主に討伐主体であり、それ故実力者も多い。


二つ目は『黒の薔薇』。闇帝と雷帝が中心のギルドで、ここ最近になって新たな水帝がこのギルドから排出され、現状最も強力なギルドと言えるだろう。攻撃の面と隠密の面の両面性を合わせ持っており、依頼は討伐以外にも捜索、情報収集、果ては暗殺といった特異な依頼も多いのが最大の特徴である。


そして最後の一つは言わずもがなの『銀色の月』。かつては前水帝と風帝で、現在は風帝のみのギルドだ。依頼に大きな傾向はなく、個人の秘匿性が最も強いギルドである。


ここまで帝が中心と述べたが、別に帝がギルドマスターとなっているとは限らない。帝とはある種の象徴的なものに過ぎないからだ。


ところで土帝であるが彼は三年前の天災で体の一部を失い、また高齢であったこともあって天災が終結し、ほとぼりが冷めた頃にその職を降りている。その後降任が未だ決まっていないこともあってその席は空位となっているのが現状だ。


「全員一緒だといいね」


リンの呟きに私は「そうだね」と答える。それからはどこのギルドがいいとか、どこのギルドはこうだとか、そんな話を遅れて来たシンとクロウを巻き込んで話す。シンが加わったことでより白熱してしまった状況で私はクロウと目が合い、共に苦笑いするしかなかった。




次の日の早朝、私はいつもの鍛錬を早々に切り上げて珍しく通学路をボーッと歩く。今日は遂に訪れたギルドでの依頼実習。私はギルドで依頼を受ける事自体は初めてではない。そんな私は珍しい方なのだろう。


基本依頼は一部の例外を除いてギルドに加入なければ受諾することができない。そしてギルドに加入するためにはそこで戦っていけるだけの力を証明する必要がある。個人の秘匿性が高い銀色の月ですらそうなのだからそれは言うまでもない。私はそのギルドに加入した経験を持つ。しかし私はとある一件でギルドを退会している。もっとも公的には死亡扱いであろうが、その方が容易いくらいギルドを公的に辞めることは面倒なのだ。


兎も角、私はその一件からギルドには嫌悪感を抱くようになった。それは未だ踏ん切りがついていない。いや、つくはずもないだろう。結局逃げているだけなのだ。向き合うことすらできない私に何ができようか。


いくら魔法が使えたって剣術が出来たってそんなのは関係ない、心の強さはそんなのでは決まらないのだから。私は結局ただの女の子なのだ。常識的に考えればそれが普通なのかもしれない。でも、私はそんな自分が嫌だった。だからこそ――


「逃げ続けるなんて無理なんでしょうね……」


「ユーリは何から逃げてるんだ?」


完全に気が抜けた言葉を聞かれ、私は一瞬本気で構えてしまう。聞かれた相手はクロウだった。


「女の子の独り言を盗み聞きは感心しませんよ?」


肩の力を抜き、近づくクロウに気づかなかったことを悔やみつつ私は誤魔化すように躍けて答える。


「ああ……悪かった。別に盗み聞きするつもりだはなかったんだが……」


「別にあまり気にしていません」


「そうか……」


そこで話は途切れ、微妙な空気に。私はその空気を変えるように切り出した。


「さっきの質問だけど――」


一旦間を開け、クロウの注目を集める。真剣な目になるクロウ。


「――ヒミツです。こればかりは教えられません」


「はぁ、予想はしていたが……」


「女の子には一つや二つ、秘密があるものですよ」


変に緊張して硬くなっていたクロウはやれやれと肩の力を抜くのを見て、私はからかうようにくすりと笑う。


「そんなものか……」


「そんなものです。代わりといってはあれですけれど、少し模擬戦してみませんか?」


「模擬戦?」


急な提案にクロウは首を傾げた。


「はい、模擬戦です。私の実力、気になっているのでしょう?」


ピクッとクロウの体が僅かに跳ね上がる。


「先に言っておきますが、大したことはありませんよ」


「……あれだけの魔法を見せてか?」


模擬戦が終わってから度々魔法の実習が増えてきた。初級魔法を通して魔法の形態を詳しく理解していこうというのが授業の方針のようだが、私はどうしても浮いてしまう。


魔法の形態を簡単に言うなら、私が初めに先生に見せた魔法。あれは風の特性を生かしてより鋭く、より速く、といった付加を掛けた魔法になる。それ以外にも形状そのものを変えたりするものもあるがそこは割愛。


そんな訳で私はその授業で求められていることができてしまうのだ。それ故授業で魔法を使う度に注目を集めてしまう。当然それはクロウもで、最近は少し視線が痛かった。これを期にこのことも解決してしまおうというのが本音である。


「私なんてまだまだですよ」


「はぁ……わかった。模擬戦、受けてさせてもらう」


「では行きましょうか」


私の物言いに諦めたクロウは気持ちを切り替えて鋭い目に。それを見て私は口元に笑みを浮かべて訓練所に足を運んだ。




まだ早い時間故の静けさと少し冷たい空気が緊張を際立てる。


「ユーリ、手加減なんてしてくれるなよ」


正面のクロウが持つ大鎌が僅かに持ち上がるのが見えた。それだけ本気ということなのだろう。しかし本当の意味ではクロウの期待に答えることはできない。


「手加減なんてしませんよ」


そんな少しだけ覚えた罪悪感からか、その後に「この状態で、ですが」と小さく言葉を加えた。そして少しの静寂を得て、どちらが合図するでもなく動き出す。


「“ブラスト”」


先に動いたのは私。前方に強力な風を送り込む、風の中級魔法をいきなり放つ。それは目に見えない空気の塊となってクロウに襲いかかる。しかしクロウはそれを読んだのか、はたまた感じたのかはわからないが、ギリギリのところで避けた。


「“ウィンド”」


それも予測はしていたので私は慌てず追い討ちを掛けるように風の刃を放つ。それを幾つかの刃に増やすことで逃げ場を無くし、その一発一発には中級魔法並みの魔力を込められている。その鋭さと速さにクロウは怯むわけでも驚くわけでもなく、口元を僅かに上げて笑っていた。


「“ブラックカーテン”」


闇の防御魔法だ。真っ黒い布のようなものがクロウを覆い、私の放った刃をすり抜けるように受け流す。その(ベール)に包まれ、真っ黒な大鎌を持つ姿はまるで死神のよう。そんなくだらないことに気を取られている内にクロウの手元から大鎌が消えていた。


しかし慌てず少し高めに跳躍。足元を狙った大鎌を難なく避け、ついでとばかりに「“ブラスト”」と中級魔法をお見舞いした。


当たる直前でクロウは大きく横に飛び、回避。どうやら完全にタイミングを測られてしまったようだ。瞬く間にクロウとの距離はもう目前に。「“ブラックショット”」と指先から黒い弾丸が放たれた。それを横に躱そうとしたところで私は背後から迫り来る()()に気づく。横方向へ流れる体を倒れるように低くして避けた。しかしそれでもまだ終わらない。クロウは飛んできた大鎌を手に取り、勢いを残したまま大きく振りかぶって私に襲いかかた。


「“ウィンドカーテン”」


迫る大きな刃を風の防御魔法で防ぎきる。ちっ、とクロウの舌打ちが聞こえ、飛び退こうと手に力が入ったところで魔法を解除。地から足が離れ、利用しようとした風の壁がなくなったことで無防備に宙へと晒される。 呆気にとられるクロウに鳩尾に触れながらニコリと笑い、「“ブラスト”」と一言。一瞬で訓練所の壁に吹き飛んだ。


ふぅ、と一息。結界で守られているはずの強靭な壁に衝突し、前後ろと強い一撃が入ったことに私は少しやりすぎたかなと思う。終わりかなと伺っていると瓦礫が動き、土埃で制服が汚れたクロウがぜぇぜぇ、と息を切らしながら立ち上がった。


「……殺す……気かよ」


「これくらいでは死にませんよ」


どうやらクロウは咄嗟に身体強化の魔法を施してなんとか耐えたみたいだ。ならば、と私は懐の短剣に手を掛けて駆け出す。


クロウは私が向かってくることに舌打ちしつつも大鎌をしっかりと構え直し、闇属性の魔力を刃に付加した。どうやらあれは武器の能力のようだ。その影響で、大鎌は黒色の魔力を纏い、リーチも僅かに伸びて鋭さも増した。


私はそれを確認すると懐から短剣を抜き、似たように風の魔力を付加させるように乗せて「“ウィンド”」と短剣を振るタイミングに合わせて魔法を放った。斬撃のようなそれは固い地を削りながら避ける間もない程の速さでクロウに迫る。


クロウは咄嗟に大鎌でそれを防ぐが、風の斬撃に圧される。かろうじて体を横に反らすことで風の斬撃は後方に流れ、壁に深い痕を残した。


ぴたり、クロウは一瞬フリーズするが頭を振ることで思い直し、身体強化をした上で私に迫ってきた。下からの斬撃が来たので受け流す。上段斜め右からの斬撃は来る前に弾いて防ぐ。


「“闇の精霊よ、我が敵を貫け――ダークランス”」


そんな打ち合いを数度交わしたところでクロウは詠唱を始め、両手で握っていた大鎌から左手だけ離し、私に向けた。闇の中級魔法だ。初めて見るクロウの中級魔法に驚きつつも至近距離から迫る黒色の槍に避ける術はない。咄嗟に魔力を循環させて身体強化を施したところで私は吹き飛んだ。


地面にダンッダンッと荒く着地し、先の直撃も加わって肺から酸素が奪われた。身体強化といえども衝撃を無くすことは叶わず、軽く浅い呼吸を何度かして息を整える。


起き上がったところでクロウが距離を詰めてきた。最初の大振りな一撃は何とか弾くことで防ぐ。隙を見て懐に潜り込もうとするとクロウの足に邪魔される。止まったところに来た大鎌を仕方なく“ウィンドカーテン”で防いだ。


そこで一旦距離を取った私にクロウは大鎌を投げてきた。勢いよく回転して迫る鎌。何かしらの能力が働いているであろうそれを避けると“ブラックショット”を数発放たれ、足止めを食らう。そこを狙ったように大鎌が私を背後からくる。しかしこれは二回目、「“ストーム”」と風の中級魔法で使い勝手のいい全方位攻撃で弾丸と共に対処。大鎌は飛ばされると同時に不自然にもクロウの手元に向かって飛んでいく。


ここで大鎌の能力もしくは魔法で鎌の遠隔操作が可能と推測し、その欠点を探るべくクロウに風魔法を付加させた短剣を投げる。


スっと抵抗なく綺麗に真っ直ぐ進む短剣は大鎌の到達より速く届き、クロウの動作を妨害した。すると大鎌は制御を失ったように地面に落下して滑る。どうやら大鎌はクロウの意識で動くようで意識が削がれると制御を失うようだ。


それを確認したところで身体強化を掛けて一気にクロウに迫る。身を低くして懐に潜った私は二本目の短剣を出して切りつけるが服を浅く切っただけで躱された。


「“闇の精霊よ、その黒き光を集め顕現せよ――”」


その間にクロウは詠唱を始める。それを妨害しようとしたが飛んできた大鎌に妨害されれば断念する他ない。


「“シャドーフェアリー”」


詠唱は完成し、クロウの地に映る影から顕現した蝶々のようなものが螺旋の渦を描いて私を包もうとする。闇の中級魔法、それもかなり厄介な魔法だ。こんなのをまともに食らっては今日の実習は参加を断念するしかない。


「はぁ……“光の精霊よ、その光を持って我を包み守護せよ――ライトガーデン”」


私は諦めて光魔法を使う。先程から魔法をかなり使って少しばかりキツイが仕方ない。魔法名を口にすることで私の周囲に淡い光を放つ円が形成され、包み込もうとする蝶々を消滅させていく。


光の中級魔法であるこれは、ウィンドカーテンが一方向のみを守る防御魔法なのに対し、ライトガーデンは術者の周囲を守る全体の防御魔法。欠点は術者がその場から動けなくなることと、効果範囲が使用者の魔力に依存すること。


私が何とかシャドーフェアリーの攻撃を防いでいる間、クロウは大鎌を回収し、私に向けて駆けながら闇の魔力を纏わせていく。これで決めるつもりなのだろう、私は迎え撃つべく手元の短剣に風の魔力を付加させて刃渡りも伸ばした。


魔法が消えたところでクロウは大鎌を上段から振り下ろし、私も短剣を振り上げる。


一瞬、両者の力は均衡するがすぐ風が押し負け、私の手元から短剣が叩き落とされた。


そうして私の頬を掠る円曲した刃。それが私の負けを示していた。

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