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強くも脆い華 そのよん

「もうすぐ寮だ」


「……うん」


学園からずっとクロウにおぶられて、正直恥ずかしい。諦めたと言ってそれがなくなるはずもなく、クロウの背に顔を埋めて赤くなった顔を隠した。


こうして触れると、クロウの体は意外に逞しい。細身でいつもシンの傍にいるから余計わかりにくいけれど、クロウは大鎌を扱う程なのだから当然体も鍛えてあるのだろう。それから肩幅のあるしっかりとした骨格。ゴツゴツしているけど、体を預けている身としては安心を覚える。


「やっぱり男の子なんですね……」


そのことが私には羨ましく見えた。私にはどうしてもそれは望めないから。段々と女性らしい形に変わって行くこの身体。純粋に力比べで男子に敵うことはないだろう。もちろん技術的側面では負ける自信は全くないが。それでも少しばかり悔しくて、私はクロウの身体を強めに握ったのだった。




リンがニヤニヤしている顔が目に映る。


「もう勘弁してください……」


私は赤くなって顔を布団で隠す。


クロウに寮の中間地まで運んでもらって、女の子だけになったところからリンにずっとからかわれていた。それは部屋に着いてからでも同様で、レナはくすくすと笑うばかりで一向に止む気配がない。


どうやら私の思考が一部漏れていたようで、恥ずかしくて死にそう。


「やっぱりユリも女の子なんだよね。そういう話聞いたことなかったから興味あるな。レナもそうでしょ?」


「ふふふ、そうですね。私はなかなか家を出ることがなかったもので、余計に」


ブルータス、お前もか。頼みの綱は敵陣営に周り、私は一人孤独な戦争。全く、病人にはもっと優しく接して欲しいものだ。


この無益な争いはどうやったら終わってくれるのか、心の中で終結を祈ったところで入口からコンコンとノック音。リンが「はーい」と来訪者に対応しに出ることでこの争いは一時締結を迎えた。見知らぬ誰かさんに感謝を。


比較的すぐ戻ってきたリンの手には薬屋の薬。シンが買ってきてくれた薬なのだろう。予想以上に早かった。相当急いで買ってきてくれたのだろう。感謝の念が尽きない。


「シンがここまで来たのですか?」


「ううん、流石に女子の生活スペースまでは入ってないよ。どうしようか困っていたシンをスイが代わりに持ってきてくれたんだって。ほら、そんなこと今はいいから早く薬飲んで安静にして」


「ユーリさん、どうぞ」


リンは急かすように、レナは水を用意して私に持ってきた薬の内粉薬を飲ませた。薬は粉末状のものが一つと液体が一つの二種類が三日分。粉末は高熱を下げる薬で、副作用として睡眠促進の効果が。液体は栄養ドリンクで体力の回復効果があり、こちらは起きた後に飲むタイプのようだ。


「久々に薬を飲みましたが、苦いですね……」


「そんなこと言ってないで早く寝た寝た。今度また隠して学園に来たら本気で怒るから。心配したんだからね」


「うん、ごめんなさい」


「大丈夫ですわ。次からはそうならないよう私がしっかり見張っておきますから」


「そうさせないためにも早く治しますよ」


二人の気遣いが嬉しく思う。他人(ひと)に心配かけた……それはいつ以来か。ちょっと前まで、私を気遣ってくれるような人はいなかった。それが今ではシン、クロウ、リン、レナと四人もいてくれる。


そのことが少しこそばゆい。私も、誰かがそうなったら()()()()()()()()()()()()()。だけど今回は私の番。今はみんなを安心させる事が第一に考えよう。


今まで行っていた魔力の循環を止めた。同時に少しばかりの気だるさと、脱力感を覚える。薬はまだ回りきってはいないだろうが、これならすぐにでも眠れそうだ。私は二人に「おやすみ」とだけ残して温かい闇の中へと意識を落とした。




朝、いつものように慣れた剣を振るう。二日ぶりでもそれは変わらずに。しかし少し意識とのズレを覚える。一日サボれば三日遅れると言うがそれも強ち嘘ではなかったのだろう。もっともまだこれをやっているのは習慣なだけなのだから無理して急ぐ必要もない。昨日までベッドで寝ていたことだし今日は軽く流すだけでもいいだろう。


体を動かすのもそこそこに私は部屋に戻ってシャワーへ。


ノズルを回し、少ししてお湯が流れ出る。熱い火照った身体に熱いお湯が気持ちいい。


学校に無理して行った次の日、一睡して熱も体もほぼ戻っていたのだが、二人に猛反対されて一日休養。今日明日とは授業がないのでどうしても体を持て余してしまう。さて、今日は何をして過ごそうか。


シャワーを出てもレナはまだ寝ていたが休日なので無理して起こす必要もない。そっとしておいて今日は一人で食堂に行こう。


食堂に着くといつもより早いこともあって席はほとんど空いていた。今日は何にしようかとバイキング形式で並べられた朝食を見て迷う。昨日の夕食が少なめだったことと朝動いたことですっかり腹ペコだ。パスタもいいしパンもいい、リゾットもいいし迷ってしまう。


「元気そうだな」


私がウロウロと迷っていると声を掛けられる。振り返ると黒髪の青年、クロウがいた。


「ええ、お陰さまで」


私はいつものようにニコリと挨拶。そうしてやっと決めた朝食を手にクロウと共に席に着く。朝食はクリームソースパスタとベーコンとじゃがいものパスタの二種類を中盛に、トマトとレタスのみのサラダといつもより多め。クロウはアサリのリゾットとコーンポタージュで、そちらも美味しそう。


「先日はありがとうございました」


「それぐらい気にしなくていい」


「そうですか……ところでクロウは今日起きるのが早いのですね」


「今日は何となくな」


クロウが口数少ないこともあって会話が途切れる。しかし嫌な気はしない。朝早くで席がガラガラなこともあって静かなこの空間には丁度いいのだろう。フォークをパスタにくるくると絡めて口元へ。甘いベーコンの肉汁をよく蒸されたじゃがいもに掛けられた塩が中和されて絶妙に美味しい。ここの料理人のスキルの高さに毎度のことながら驚かされる。


「今日は何して過ごしましょうか……」


サラダのトマトをフォークに刺しながら、何となく思ったことを呟く。一応病み上がりなこともあって下手に動き回るのはリン達に心配掛けてしまう。もちろん目の前のクロウ含めて。


「クロウは今日どう過ごす予定ですか?」


「リンに街で買い物を誘われた」


「……!?」


「ユーリ、どうした?」


「いえ、ふふふっ、頑張ってくださいね」


ちょっと予想外の回答に驚いたが、女の子が男の子を二人きりの買い物に誘うことに他の理由はないだろう。私は二人の祝福を祈る。もっとも当のクロウには伝わららなかったみたいだけど。




今日は部屋で一日本を読むことにした。以前暇があった時にでも読もうと買った本。本のタイトルは『魔法術事象論』で、魔法術が現実に及ぼせる限界とそこからできる可能性というのが謳い文句らしい。


ペラリ、と私が時折ページをめくる音だけが部屋に響く。レナも何やら用事があるようで朝食を済ますとすぐ部屋を出て行った。だから今は私一人。外では時折楽しそうな様子が伺えるが、これもまた一つの過ごし方だ。


コンコン、と二度のノック音。太陽が頭上高くに昇ったお昼過ぎの時刻に来訪者が来た。はて、誰だろうか。レナだったらノックなんて必要ないし、リンは今頃クロウと外食でもしていることだろう。シンは今日何しているかわからないがここは女子の生活空間。男子であるシンが入れるはずもない。こうなると誰だかさっぱりわからない。「はい」と返事して扉を開けた。


正面にいたのは薄青の女の子。肩が出るような首回りの広い藍色のティーシャツ、ベージュのスカートを着た彼女は手に白い箱を持って立っていた。


誰だっただろうか、少なくともクラスメイトにいた記憶はない。しかしどこかで見覚えもあって判断に悩む。


「初めまして、私はスイ・アリウス」


「ええと、私はユーリ・フォーレです。ところでアリウスさんはどうしてこちらへ?」


私が判断に困っているのに気づいたのか、彼女は自ら名乗ってくれた。私は要件を聞きながら彼女の名前を記憶から辿る。


「貴女と少しお話したくて……」


少し照れたようにもじもじと顔を俯く彼女。やっと思い出した。模擬戦でレナと対戦した相手で、リンと同室で、五大貴族の令嬢だ。少なからず友達の知り合いなら無下にはできない。


「では立ち話も何ですからどうぞ中へ」


私はスイを部屋に通し、適当な席に座ってもらう。


「これ、どうぞ」


スイが席に着くと同時に私に渡したのは先程の白い箱。中にはショートケーキが三つ入っていた。箱に書かれた店名は以前リンとレナで行ったケーキ屋さん。これは期待できそうだ。


「ありがとうございます。ところで、紅茶は飲めますか?」


「飲めます……けど砂糖を少し欲しいです」


折角なのでケーキに合うものを入れようと入口付近の簡易キッチンで鍋を出してお湯を沸かす。お湯が激しく沸騰したところで火を止め、少し冷ましながらの短い会話。


「紅茶の希望は?」


「任せます」


「わかりました」


甘い方がいいようなのでミルクティーにしよう。適温になったところでお湯を温めておいたティーポットに移し、茶葉を入れて蒸す。出来たところでカップに入れ、側の保存庫にある牛乳も入れる。匙で混ぜて完成。


「どうぞ。砂糖はお任せしますね」


出来た紅茶をスイの前に。私も席に着いて同じ物を。いつものように美味しい紅茶だった。スイは用意した角砂糖を三つ入れてより甘い紅茶に。リンも同じくらいだったなと少し笑みが溢れる。もらったケーキもふんわりとしていて美味しい。


「それで、お話とは?」


この辺で本題に。話と言っても私たちに直接の接点はない。あまり回りくどいやり方なんてしないで直球の方がいいだろう。


「……治癒魔法について教えて下さい」


急にスイの雰囲気が代わり、スっと真っ直ぐな瞳が伺える。それだけ真面目な話ということなのか。


「どうして私に治癒魔法を?」


釣られて私も強い物言いになってしまう。


「模擬戦の時、男子生徒の重傷な怪我を治した姿を見ました」


それで私が治癒魔法を使えることを知ったと。だけど――


「私、治癒魔法使っていましたか?」


覚えていなかった。あの時のことは正直うろ覚えだ。前後関係から推測するにシンが大怪我して私が治癒魔法を使ったとなるのだろうが、いかんせん記憶がない。その時の私がどうしてそのような()()に出たのか今となってはわからないのだ。もっとも記憶が戻る可能性もあるが。


そんな訳で真面目な空気は一瞬で破綻。慌てるスイの様子が微笑ましい。


「すみません。あの後熱が出てしまって、その時の記憶が曖昧なんですよ」


「……治癒魔法は使えるよね?」


「ええ、まぁ簡単なものくらいは」


「教えて下さい」


「ごめんなさい、無理です」


身を乗り出すまで真剣なスイ。それに間髪入れずに私は断った。私は元来人に教えることは得意ではない。加えて治癒魔法は半端な人が他者に教えていい代物ではなかった。人の怪我どころか重傷だった部位を再生することすら可能なこの魔法。未熟な者が未熟なまま使うのはかなりの危険行為だ。それがわかるからこそ安易に教えようとは思わなかった。


「そうですか……」


少しばかり落ち込むスイ。罪悪感に苛まれるがなんとか耐える。


「魔法術事象論?」


私が耐えているところで、スイはなにやら珍しい物を見つけたように手に取った。


「魔法研究科(国の研究機関)の最新の書籍です」


「少し読んでもいい?」


「構いませんよ?」


私の許可を貰うとペラペラとページを捲る。そして読んだ感想。


「さっぱりわからない……ユーリさんはこれわかるの?」


「一応それなりには」


スイがビックリした様子で私を見るが、それも仕方ないだろう。内容に関して理解できる人なんて身近では学校の先生や極々一部の限られた生徒ぐらいだから。


それから魔法についての本のことや私の知っていることを少し話して別れを告げた。


リンは以前話しにくいと言っていた気がするが、ちゃんと話せるしいい娘だ。ちゃんと話せばリンだったらすぐ友達になれることだろう。


ところでスイの持ってきたケーキ、余った分どうしようか。ここで二個食べるのは食い意地が張っているようで嫌だ。悩んだ末、レナに進呈することにした。スイもそのつもりでケーキを三つ持ってきたのだろうし。




夜、夕食の帰りに廊下でリンとすれ違う。どこか楽しそうで、心なしかふわふわしているように見える。


「こんばんは、リン。クロウとのデートは如何でしたか?」


「えっ、えっ!?」


試しにこんな言葉を掛けてからかってみることに。案の定顔を真っ赤にしてあたふた。羞恥の目からはどうして知ってるの、と言わんばかりだ。


「今朝、クロウからリンと買い物に行く旨を聞きまして」


私がそう言うと更に顔を真っ赤にしてまるで茹でダコのよう。


「応援してますよ」


「……ありがと」


照れながらも嬉しそうなリン。それが可愛らしく見える。これが恋する乙女なのだろうか。少し羨ましい。


リンはこれから夕食のようでお別れ。すれ違ったところで思い出したように私は言う。


「リンと相部屋のスイさん、いい人ですよ」


私の言葉に一瞬キョトンとするリン。でもすぐ笑う。


「知ってる!」


いつもの無邪気な笑顔。きっと私の知らないところで既に仲良くなっていたのだろう。よかった、私は素直にそう思った。

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