プロローグ
目の前に龍がいた。羽の生えたトカゲのような形状のそれは漆黒の翼をはためかせて黒く艶やかに光るその巨体を露わにする。そしてその凶悪な牙をさらけ出し、禍々しいまでに渦巻く黒いナニカを形成させた。
龍が叫ぶ。空間そのものが震えるかのような振動。そして同時に肥大化した黒いナニカがこちら目掛けて放たれた。
「“アブソリュート・ゼロ”」
そう静かに唱えると右手からパキパキと白く光るように結晶が降り積もる。その手でそっと、迫り来るナニカを触れた。するとキーンと甲高い音を立ててナニカは凍るのだ。
パリン、少し間を開けて澄んだ音が響く。結晶と成ったナニカが崩れ去った音だ。
ブンッと左手に握られた刀を振るう。結晶を巻き込むように白い軌跡が描かれ、お返しとばかりに龍を襲う。しかし龍はその巨体に見合わない動きであっさりそれを躱し、こちらに迫ってきた。
振るわれる大木のように太い腕。それをいなして避け、足場にして龍の腕を駆けた。龍は鬱陶しく思ったのか体を勢いよく反転して振り払い、おまけとばかりに尻尾が砂煙立てて襲いかかる。
タンッと足場代わりに空気中に氷塊を出現させて飛び、アクロバットよろしく空いた右手で尻尾に触れて宙返りを決めた。
丁度一回転した龍の顔面が目の前に来る。回転の勢いを込めてその瞳を斬った。
叫び声。片目を失った激痛に龍は声を上げる。そして反射的に振られた腕。しかし避ける術なく刀でそれを防いだ。後から結界も重ねるが、強すぎる衝撃にピキピキと刀にヒビが入る。
吹き飛ばされつつもなんとか体勢を整えて着地。そこに追い打ちのように龍の口元から放出される熱源。
「“コキュートス”」
冷気を圧縮させた空気を放つことで龍から放たれるブレスを貫く。しかし龍には届かない。龍の咆哮で軌道が反らされ、何度目かわからなくなるまで当てられた遠くの氷山と成った山をまた抉った先から凍らせた。
すうっと空気を吸ってヒビの入った刀に魔力を込めて補強する。同時に全身に魔力を行き渡らせ、高濃度なまでに留めた影響で身体中から冷気が溢れ出た。背後から風を吹かせてそれを追い風に、地を蹴った。
真っ直ぐ伸びるまるで銀色の閃光のように龍目掛けて駆ける。今までの急な動きの反動からか、龍の動きは鈍い。これが最後と跳躍して刀を振るう。
スパッと龍が抵抗として盾にした片翼が裂け、その先にあった龍の頭部が胴体から切り離された。同時に刀も限界を迎えて真っ二つに折れる。
――龍が死んだ。そのことに気づいたのはそれからしばらくしてのことだった。
2014.05/01start