第三夜「薔薇の牢(前編)」
綺麗に片付いた事務所だった。
小さなビルの二階にある「仁紫探偵事務所」は、ワークデスクが二つに応接室からなっている。
仁紫の他に探偵として働いているのは四人。他にも事務員が一人いるらしいが今日は事務所の定休日らしく、姿は見えなかった。
「なるほど。本当によく纏められている」
出されたコーヒーをすすっていた豊は慌ててカップを置く。
「ありがとうございます!」
「でもなぜここまで? シャドウマンにこだわるんですか」
仁紫は細い眉を動かしながら豊の顔を見た。
「知りたいんですよ。勧善懲悪でない存在……「悪」と括ることもできる立場にいる彼のことを」
「勧善懲悪でない存在……?」
「ええ。殺人を殺人で裁く。世の中からしたら悪とされることに同じように悪とされるもので対抗しているんです」
豊は続ける。
「つまり、正義の味方なんて『擬い物』ではないんです。死をもたらした者には死という罰を。自ら汚れ、死の正義を提示している」
「……だがそれは自己満足だ。やはり、法で裁かれてこその『正しさ』じゃないか」
「僕はその自己満足に惹かれているんです。死の制裁の先、自己満足の先にある結末を……悪の中にある正義を」
「…………」
「あっ……すみません。つい、熱くなってしまいました」
豊はコーヒーを喉に流し込み、自分を落ち着かせる。
「君の熱意には驚かされる。なら、君にいい情報いや、君にとってはいい情報だ」
「なんです?」
「昨晩、高級ホテルの一室で殺人が起きた。被害者は三十代男性。頭を銃で撃たれて死亡。死体は部屋の外のプールに浮かんでいたそうだ」
「それが私の喜ぶ情報ですか?」
「そうだ。君の資料によると、シャドウマンは凶悪な殺人や奇妙な殺人を犯した殺人者を裁くことが多いと」
「ええ」
「死体が浮いていたプールには真っ赤な薔薇が大量に浮いていたそうだ」
「薔薇?」
「昨晩、起きた犯罪で警察が認知している殺人はこの事件のみ。そして、奇妙な事件だ」
「……事件のこと、詳しく教えてください」
翌日 二十三時
豊は昨日事件の詳しい情報を聞き、調査を進めていた。
殺された男性は小さな工場の二代目社長だった。だが、彼には工場を動かしていくだけの能力と工場長としての責任がなかった。
彼は酒とギャンブルに明け暮れ、工場のことは工場で働く技術者たちにほとんど任せきりだったらしい。
さらに彼は女癖も悪いことで評判だった。
恨みを買い、殺されることも頷ける様な人物であった。
「シャドウマンの裁きは犯人と限りなく等しい方法で行われる」
白い息を吐きながら呟く。
豊は事件が起こったホテルの前へと来ていた。
「工場に務めていた技術者たちの取り調べは行われている真っ最中。女性関係の方は彼と関係を持った女性が多く捜査は難航……か」
ホテルの前には警官が立っており、立入禁止となっていた。
周囲には報道陣がちらほらと見えた。
「シャドウマンがこの事件の犯人を裁こうとするのはほぼ確実。となれば現場も直接目で確かめたいところだが」
白く、ため息をつく。
「まぁ、無理だろうな。今日はシャドウマンが現れないかしばらく張るだけ……ん?」
豊の目線が上を向いたとき、それは視界の中に入り強烈な存在を脳に伝えた。
「シャ、シャドウマン……!!」
ホテルの隣のビルの屋上に佇む仮面と鎧の男。
彼はホテルを睨みつけているのか、豊からは何も分からなかったが強く脳が豊に訴え掛ける。
「あれは『恐怖』だ。避けろ」
目の前で人を殺め、そしてこれから再び殺めようとしている彼に関わることを脳が拒否している。
だが、豊の『心』は違っていた。
後編に続く
初の前後編。豊は再びシャドウマンに近づきます。
次回もよろしくお願いします。