第二夜「影追い」
「わ、私をどうするつもりだ!? 殺すのか?」
男は叫びながら後ずさる。
「うわっ!!」
男は足を滑らせ、転倒してしまった。
ずぶ濡れの衣服。
転んだ拍子にプールに落ちてしまったのだ。
「……花?」
男が落ちたプールには大量の花が浮かべられていた。
薔薇。真紅の薔薇だ。
「あなた、薔薇好きでしょう。どうです? バラに看取られる気分は」
「頼む! 助けてくれ。あのことは私が悪かった……謝るから!」
「報いよ。死をもって償うの」
「やめろッ! やめてくれ!!!!」
バシャアァッ!
水面に広がる波紋。
赤黒い薔薇が咲いた。
震えが止まらない。
自宅に戻った豊はベッドに入り、震えていた。
目の前で人が殺された。だが、それは自らが望んだ光景だった。
何より彼は自分自身に恐怖した。
人の命が奪われるのをネタにしようとしていたこと。
そして、それにもかかわらずこうして震えながら怯えている自分に。
覚悟のない行動は彼を恐怖へと導いた。
豊は一睡もできないまま朝を迎えた。
だが、一晩中シャドウマンのことを考えていた彼は覚悟、自分がこれからどうするかを決めていた。
「シャドウマンを追う。彼の行動の真意を僕は知りたい」
豊はジャケットに袖を通しながら、外へと出た。
事件現場。
昨日は見向きもされていなかった裏路地が騒がしくなっていた。
シャドウマンが『制裁』を加えた殺人犯、ナイフ男の身元、犯行に及んだ経緯や証拠などはあの日シャドウマンがばらまいていった数枚の紙にまとめられていたという。
警察が念のため調べたが、嘘偽りは無かったらしい。
シャドウマンの謎は『制裁』のあとに何らかの形で出される犯人の詳細な身元情報や証拠の資料にもある。
身内や、会社の同僚などごく身近にいる人物しか知らないような情報も入手し、資料としてまとめてあるのだ。
「すみません」
「はい?」
豊が事件現場をウロウロしていると、突然見知らぬ男に話しかけられた。
「警察の方?」
「いえ、フリーの記者をやっているもので……」
豊は名刺を取り出し、男に差し出した。
「有村豊さん……ですか」
すると、男もバッグから名刺を取り出した。
「仁紫創次郎さん、探偵?」
「ええ。探偵事務所の所長兼探偵主任をしていまして」
「事件の捜査を依頼されたんですか?」
「最初の殺人で殺された受付嬢の方の遺族に依頼されましてね。警察だけでは不安だというので、依頼を受けて調査をしていました」
「それが、こうなってしまったと……」
「そうです。遺族の方には申し訳ない結果になってしまったと思います。正しい法で裁かれるべき人間が、シャドウマン? でしたっけ? 正義を気取った殺人鬼に裁かれてしまうなんて」
「どのみち遺族の方は死刑を望んでいたのではないですか?」
「そうかもしれません。ですが今は死刑制度に対する逆風も激しいので厳しかったかもしれません。ですがやはり、正しく法で裁かれて死刑になったほうが遺族の方も納得、いや、大切な家族を失って納得することなんてないのかもしれませんが」
仁紫は一瞬暗い表情になった。
だがすぐに顔を上げた。
「有村さんは事件の取材ですか?」
「はい。それもありますが僕はシャドウマンを追っていまして」
「シャドウマンを? どの程度調べたんですか?」
「一応、これまでシャドウマンが関わったと思われる事件、事故は一通り。それとシャドウマンの目撃談や『制裁』のことなんかを纏めています」
「それは興味深い。……遺族の方への報告にも必要かもしれない。よろしければその資料を見せていただきたい」
「それは構いませんが、ここではちょっと」
「私の事務所に行きませんか? 案内しますよ」
第二夜、いかがでしたか?
新たな人物「仁紫創次郎」の登場によって物語は動いていきます。
余談ですが、私はXJapanの「I.V」という曲をを勝手にこの作品のテーマソングにしています。この曲を聴きながらこの作品を読むとより雰囲気が出るかもしれません。
それでは次回もよろしくお願いします。