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5 魔法の鉛筆と中間試験 後編

  5 魔法の鉛筆と中間試験 後編


 まさに魔法の鉛筆だった。

 見た目は無地のなんの変哲もない鉛筆。しかし、研いで構えた瞬間世界が変わった(誇張じゃない)。目の前の数学の問題の答えが、どんどん頭の中に浮かび上がってくるのだ。

 しかし、なんだろう、この気持ち。使えば使うほど湧きあがってくる、罪悪感。

 宿題を一ページ解いたところで、私は魔法の鉛筆をへし折った。

「うん、これは、私みたいな小心者が使う代物じゃない」

 残りの鉛筆もへし折り、ゴミ箱へ投下。証拠隠滅。

「さて、と」

 私は宿題を放り出して、雑居ビルで対峙したあの少女のことを考えた。

「マジで何者だ、あいつ。せめてお化けか妖怪とかだったら楽だったのに」

 そういう輩なら、一度痛い目に合わせてこちらの世界に干渉しないよう体に分からせればいいのだが。

「人間が一番厄介なんだよなぁ……」

 私自身、そしてお母さんもおばあちゃんもこういう体質なので、私以外の誰かが異世界やら人ならざるものやらとつながりがあるのは別に驚くことではない。ただ。

「あいつ、完全に楽しんでたよな……」

 あの耳障りな口調を思い出す。

「ああいうタチが悪いのの相手はしたくないんだよなー……」

 椅子の背もたれに体を預ける。今回ばかりは(今回も、か?)駿に手伝ってもらうわけにもいかないし、かといって手掛かりがあるわけでもないし。

 こういうときは。

「おかあさーん、ねぇ、おかあさーん!?」

 先輩エクソシストに訊いてみよう。

 我が母親、神城葉月(三十八)は先輩エクソシストであり師匠でもある。といっても、よちよち歩きの私に退治丸を遊び道具として与え、そして私が一人でどうにかこうにか対処できるようになった途端もうなんの面倒も見てくれなくなった放任主義の師匠様なのだが。それでもこの町のエクソシスト仲間とは繋がりがあり、ちょくちょく私に情報をもたらしてくれる。

「んー?」

 居間でこたつに入ってみかんを食べずに積み重ねていたお母さんは、めんどくさそうに言った。

「パス。今忙しい」

「どう見ても暇じゃん」

「みかんで芸術作品を作るのに忙しいのでーす」

「あのさ」

 戯言は無視していきなり本題を訊ねる。

「最近、人間の女の子で、魔法使いとつながりを持っている子の噂とか聞いてない?」

「んー?」

 しばらく考えてから、お母さんは口を開いた。

「卯月、テスト勉強は?」

「うっ」

 何も言い返せないのがつらい。今日は魔法の鉛筆の力を借りた上でノート一ページ分しかやっていない。

「魔法道具に頼らないことにしたあんたのチキンっぷりには敬意を表すけど」

 しっかりばれていた。

「今やるべきことと後でやるべきことの区別ぐらい付けたら?」

 正論に勝る武器はない。

「でも……」

「でもじゃないの」

 こたつでみかんを積み重ねている姿からは想像もつかないが、お母さんはエクソシストなのは置いておいても、会社の女性社員の中では最も出世が早く(ちなみにお父さんよりも出世が早い)、海外出張もしょっちゅうでものすごくデキる女なのだ。そんなお方に言われてしまったら、何も言い返せないのだが。

「ううぅ……」

「何よ」

「ば、ばーかばーか!」

「お、反抗期か? 来いよ、オラ」

 もうやだ、こんなお母さん。


 翌日。早々と登校し真面目に勉強をしていたら、駿がやってきた。ものすごい不機嫌そうな顔をして。

「おはよ、駿。どうしたの、そんな顔して。まだ寝足りないの?」

 駿はちらりと私を見ただけで、すたすたと自分の席に着いて、すぐに突っ伏してしまった。

 ……何事?

「桃山君、怒ってるね」

 一部始終を見ていたらしき木下さんが声をかけてくる。

「なんでだろ……」

 思い当たることは……、特にない。なんだ、駿の奴。

「え、もしかして神城さん、理由分かってないの?」

 木下さんは心底驚いたという風で目を真ん丸にしている。

「え、木下さん、理由知ってるの?」

「知ってるっていうか……」

 と、そこで木下さんは少し意地の悪そうな顔になった。

「これは神城さんが自分で気付くべきかな?」

 そう言って読んでいた料理雑誌に視線を戻した。

 ……、なんなんだ?

 戸惑っているうちに担任の先生がやってきて、朝のホームルームが始まった。

 今日一日は、真面目に授業を受けたり、ときどき昨日出くわしたあの少女のことを思い出したりしていたらあっという間に過ぎて行った。短縮授業万歳。

 放課後、駿と図書室に勉強しようと思って声をかけようとしたら、もう既に駿の姿はなかった。

「あっれー?」

 そういえば昼休みもお弁当を持って私の席にやってこなかったし、いったいぜんたい本当にどうしたのか。

 首を傾げていたら、篠本さんがやってきた。

「あれー、うっちん、夫婦喧嘩継続中なのー?」

 篠本さんはいつの間にか私のことをうっちんと呼ぶようになっていた。卯月だから、うっちん。安直だが今までつけられたことのないあだ名。

「ふ、夫婦喧嘩て……」

「え、だって、桃山君と喧嘩してるんでしょ?」

「喧嘩、してるの?」

「私に訊かないでよ」

 巻いた毛先をいじりながら答える篠本さん。

「あ」

 と、ここで思いついた。

「何?」

 イケイケ系(死語)で顔の広い篠本さんなら知っているかもしれない。

「ちょっと、き、訊きたいことがあるんだけど、いい?」

「わざわざそんな断らなくても。何?」

 あのフード付きマントの少女は、私のことを知っていた。それも、恥ずかしながら、私の成績まで。そこで考えたのが、もしかしたらあの少女はこの学校の生徒ではなかろうか、ということだった。あいつ自身「ヒント」とか言っていたし。

 しかし、篠本さんに、「この学校に魔法使いの女の子いる?」なんてバカなことは訊けないので、少し考えてから、

「この学校に、聞いてたらめちゃくちゃ腹立つようなしゃべり方する子いない?」

 と訊いてみた。

「腹立つ、しゃべり方……?」

 怪訝そうな顔をする篠本さん。そらそうだ。

「それって、ぶりっ子とか、そういうの?」

「いや、ちょ、ちょっと違うんだよね。なんと言うか……」

 私は覚悟を決める。

「なんとかかんとか、よねー? とか、さあねー、とか、とにかくこんな感じでやたら語尾を伸ばすしゃべり方なんだけど……」

 恥ずかしさを押してモノマネをしてみる。思いのほかうまくできた。すると。

「あぁ」

 答えはあっさり出た。

「F組の黒瀬だ」

 というわけで、篠本さんと一緒に廊下を端から端へ。A組からF組へ。

「何でうっちんが黒瀬なんかを?」

「いやぁ、ちょっと、いろいろありまして……」

「ふーん」

 私がしゃべりたがっていないのを感じとってくれたのか、それ以上は追及してこなかった。篠本さん、見かけによらず気遣いできる子なんだな(失礼)。

 しかし、残念ながらF組に黒瀬さんとやらはいなかった。もう既に帰宅したらしい。

「まじかー。ミナちゃん、黒瀬の写メとか持ってない?」

 篠本さんが、教室に残ってダベっていた同じくイケイケ属のミナちゃんとやらに訊ねた。

「あるよー」

 というわけで黒瀬さんの写メを見せてもらったのだが。

「何、この子」

 それが私の感想。クラスメイト二人に挟まれた黒瀬さんは、私の想像の斜め上をいっていた。いや、斜め下? 右? 左? どっちでもいい。とにかく。

「男じゃん」

 篠本さんとミナちゃんは、キョトンとする。

「え、だってうっちん、黒瀬探してんじゃないの?」

「たぶんそうだけど、え、え?」

 写メの真ん中で微笑む黒瀬さんは、小柄でかわいらしい顔立ちをしており、一見すると女の子のようだ。しかし、どっからどう見ても男子の夏服ワイシャツを着ているし、チェックのズボンをはいている。篠本さんは言った。

「黒瀬景。かわいいし華奢だし声高いし変なしゃべり方だけど、れっきとした男だよ」


 翌日、翌々日と、私は新聞部で獲得したスキルを生かしてこそこそF組まで偵察に行った。

 なるほど確かに黒瀬景は男だったし、そしてなにより私があの雑居ビルで出会ったフード付きマントの少女と同じ喋り方だった。しかし、もちろんあのフード付きマントはかぶっていないし、男子と女子とも分け隔てなく接している、どちらかというとクラスの中心にいるような生徒だった。

「うーん」

 いったい奴は何者なのか。悩んでも答えは出てこない。

 さすがに試験一週間前を切ってしまったので、黒瀬景のことが気にはなるが勉強もしなければならない。これぞジレンマ。

 そしてさらに問題が一つ。駿が相変わらず私のことを無視している。かれこれ三日、一緒に下校もしていなければ口すら聞いていない。生まれた時から一緒なので喧嘩も何度かしているが、中学に入ってからは初めてだ。

「うーん」

 五限目の休み時間、この日何度目か分からない唸り声。

「どうしたの?」

 頭を抱える私を心配してか、木下さんが声をかけてくれた。

「先の数学の時間に分からない問題でもあったの? 教えてあげようか?」

「いや、そうじゃないんだけど、あ、でも分からない問題もたくさんあるし、あ、う、え、あ……」

 私の頭はショート寸前だった。

「ちょっと、顔洗ってくる……」

 いってらっしゃい、と、心配そうに見送る木下さん。ありがとう、あんた天使だよ……。

 トイレで顔を洗い、ハンカチで手を拭きながら廊下に戻ると、

「やーあ」

 奴がいた。

「黒瀬……!」

 全く想定していなかった事態に、一気に心臓が早鐘を打つ。やばい、退治丸もないし、ていうかここ廊下だ。人目が多すぎる。

 半歩下がって間合いを取る。

「女の子のトイレの後に待ち伏せするとか、顔に似合わず趣味悪いね、あんた」

 敵意むき出しで応じる。

「うわー、神城さーん、こわーい」

 いちいち腹の立つしゃべり方だ。

「なんの用?」

「別に用ってほどじゃないんだけどー」

 黒瀬はかわいらしい顔にかわいらしい笑みを浮かべた。

「放課後ー、ちょーっとお話しなーい?」

 売られたケンカは、買う主義だ。


 放課後。黒瀬の呼び出しに応じる前にちらりとだけ駿の方を見ると、一瞬、駿と目が合った。しかし、すぐに逸らされる。……なんだよ、もう。

 モヤモヤする気持ちを抱えたまま、私は屋上に向かった。

 夏場はそれなりににぎわう屋上も、秋も暮れ、十一月の末の、それもテスト前の放課後ともなると誰もいなかった。

「待ってたよー」

 非常口の扉を開けると、目の前には柵に背を預ける形で、フード付きマント姿の黒瀬がいた。

「何。さっさと用件を言いなさいよ。私、帰ってテスト勉強しなきゃいけないんだから」

 そう、さっさと黒瀬の件を終わらせて勉強をしなければ……、

「退学になっちゃうしねー」

「心を読むな!」

 本当に読まれたのかは分からないが、疑心暗鬼になる。なんせこの黒瀬、魔法相手も保持者だからな。

「いやー、神城さんは怖いなー」

 飄々とした口調の黒瀬。全く読めない。何がしたいんだ、こいつ。

「ところでー、この間持ってた刀はどこかなー?」

 何が起こるか分からなかったので、動きが取りやすいように荷物は教室に置いてきた。なので退治丸はブレザーのポケットの中だ。便利な相棒。

「なんのことよ」

 探りを入れてみようと、とぼけてみる。

「とぼけなくっても大丈夫だよー。ボクはぜーんぶ知ってるからねー」

 フードの奥で、ニヤリと笑った、気がした。

「退魔士のー、神城卯月さーん」

 タイマシってなんだ? と一瞬思ったが、魔物を退治する士で退魔士か。なるほど、カッコいいかも。じゃなくてじゃなくて。

「そういうあんたはなんなのよ」

「ボクー?」

 とぼけた声を出す黒瀬。あーもー、首を締めあげて早口でしゃべらせたい!

「ボクはねー、フツーの人間だよー?」

 そして、こう付け足す。

「ちょーっとだけ、魔法が使えるねー!」

 その言葉が終わらないうちに、黒瀬の右手が動いた。私はポケットから退治丸を引き抜き、黒瀬の手から放たれた火炎球を真っ二つにする。

「何すんの、いきなり!」

 黒瀬は無言で次の攻撃を繰り出す。ほんとに何、マジで!

 次々と繰り出される魔法攻撃。炎、氷、雷などなど。節操なく飛んでくる飛び道具。

「あははー、神城さん、強いねー」

「馬鹿にすんな! あんたみたいに弱い者いじめして楽しむような辛気臭い人間じゃないの!」

 名前も知らない、第二中の男子生徒。たぶん黒瀬にそそのかされて魔法の鉛筆を手にしてしまった。上から下に叩き落とされる気持ちは、どんなものだろう。

「あんたみたいなみみっちい人間は大っ嫌い!」

「言うねー、神城さーん」

 黒瀬は攻撃の手を緩めない。そして何より攻撃の意図が分からない。

「くそっ」

 昇降口裏の、死角スペースに回る。

「どうしよう、このまま防戦一方だと、体力を消耗するだけだ。あー、もう!」

 それに問題が一つ。退治丸は魔法アイテムには効果があっても人間の黒瀬には攻撃できない。

「どうしたもんか……」

「神城さーん、みーつけたー」

 どこだ!? と思ったら、上だった。慌てて右に飛んで転がる。一瞬前までいたところには大きな氷の塊が。

 黒瀬を睨みつける。

「あんたねぇ、殺す気!?」

「その刀を持ってる時の神城さんはー、無敵なんでしょー? だったらこのくらい大丈夫でしょー?」

 腹立つなぁ、マジで!

 攻めあぐねて、防戦一方で、気が散り始めた時だった。

「わっ」

 屋上のコンクリートに空いた小さな穴に、足を取られてすっ転ぶ。

「いったぁ……」

 膝と腰を強打。やばい、血が出てきたしあざにもなりそう。そしてもっとやばい。しびれて動けない。

「あははー、これで終わりだねー」

 その瞬間、黒瀬の姿がラスボスよりも強力なものに見えた。やばい。マジでやられる。

 涙が浮いてきた。あ、怖い。どうしよ。誰か助けて。なんでこんなときにいないのよ。いつもいるくせに。バカ野郎。駿の。

「バカーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

「卯月に何すんだーーーーーーー!!!!!!!!!」

 昇降口の扉が開いたかと思えば、駿が黒瀬に思いっきり跳び蹴りをかましていた。

 悲鳴をあげる暇すらなく吹っ飛ぶ黒瀬。そして、私に駆け寄る駿。

「卯月、大丈夫だった? 黒瀬に何もされなかった?」

 頷く私。その拍子に、一筋だけ涙がこぼれた。

「な、泣いてるじゃん! 大丈夫? どっか痛いの? あ! 膝から血が出てる!」

「ううん」

 首を振る私。

「大丈夫。もう大丈夫。駿が来てくれたから大丈夫」

 三回言った。ほんとにもう大丈夫。

「だから、あとは私がやる」

 私はどうにか立ち上がって、のびている黒瀬のもとに行った。

「おい、黒瀬」

 出せるだけのどすの効いた声を出す。

「起きろ、コラ」

「う、うーん……」

 頭をふらふらさせながら、金網につかまって上半身を持ち上げる黒瀬。

「あちゃー、まさかここで桃山君が来るとはねー……」

 気に障るしゃべり方は相変わらずだが、さすがに意気消沈しているようだ。

「洗いざらい白状してもらうぞ」

「分かってますよー……」

 そして、黒瀬は正直に答えた。私と戦った理由を。

「はぁ? 学園バトルものを体験してみたかったぁ?」

 黒瀬の言葉に、私は呆れ果てた。ちなみに駿は、魔法とか不思議アイテムとかバトルとか、そこらへんの単語がちんぷんかんぷんなようで、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。そらそうだ。命の恩人だが、とりあえず置いておこう。

「うん。たまたま魔法が使えるようになったからにはさー、戦ってみたいじゃーん? 神城さんが退魔士だっていうのも聞いてたしー」

「じゃーん、って言われても……」

 分からん。中学生の男子はみんなそうなのか? そんな動機で殺されかけた私の身にもなってみろ。

「まー、思ったよりも早くばれちゃってー、ほとんど遊べなかったのは残念だったけどねー」

 こいつは遊びだったんだろうけど、こいつに遊ばれた被害者たちのことを思うとやり切れない。

「で、不思議アイテムはどうやって手に入れたのよ。魔法の鉛筆とか、炎とか氷とか出すあれとか。ビルから消えたのもどうせなんか使ったんでしょ」

「それは言えないなー」

「言えよ。白状するって言っただろ」

「言えないなー」

「言え」

「どっちみち、神城さんに記憶消されるんでしょー? なんか一方的にボロ負けなのは癪だからー、言わなーい」

 なんだ、こいつ……。

「絶対に言わないつもり?」

「うん」

「殴るって言っても?」

「神城さんがー、そんなことしないってことぐらいー、知ってるもーん」

 ぐぬぬ……。妖怪相手なら義務感からどうにか戦っているけれど、人間相手に手をあげるのはさすがに無理だ。

「はぁ……」

 露骨に溜め息をついた私に、黒瀬は仕方ないなー、と前置きしてから言った。

「一つだけだよー? 大したことじゃないけどー、悪い魔法使いもいる、ただそれだけだよー」

 それだけ聞いて、私は退治丸を構え、黒瀬の頭に突き刺した。記憶が崩れていく感覚が、なんとなく伝わる。終わり。

 立ちあがった黒瀬は、ふらふらしながら屋上から消えていった。途中でフード付きマントを置いていくのを忘れずに。確かにあんなのを着て下に降りたら爆笑されるな。

 さて、と。

 一連の出来事を横で眺めていた駿に、私は向き直る。

「駿、ありがとね」

「どういたしまして」

 どういうシステムになっているのかさっぱりだが、記憶を消す前の駿は私のこの姿、退治丸を持っていたり、人間離れした動きを見せたり、そういうのを見ても何も驚かない。なんでなんだろう。築いてきた信頼関係ってやつなのかな。まぁ今はそんなのどうでもいいや。

 夕日が眩しい校舎屋上。なんとなく、私たちに似合わないロマンチックな雰囲気。

 記憶を消す前に、これだけは聞いておこう。

「どうしてここが分かったの?」

「えっと……」

 珍しく駿が口ごもる。私は無言で先を促す。

「最初は、卯月が俺と勉強するのが嫌で逃げ出したんだと思って、さすがにちょっとムカついて無視しちゃったんだけど」

 あ、そうだったのか。木下さんが言ってたのはこのことか。気付かなかった。すまん、駿。

「そしたら卯月が、F組に行きだして」

 駿はこちらを向かずに続ける。昨日今日のことか。

「で、今日の休み時間、たまたまトイレの前で黒瀬と話してるの見て」

 うんうん。

「放課後、急いで消えちゃったから」

 それでそれで?

「俺、卯月の奴、黒瀬のこと好きなのかな、って思って」

 ふむふむ。……は?

「それで、そう考えたらなんか腹立ってきて」

 え、ちょっと。……は?

「慌てていろんな奴に卯月がどこ行ったか訊いて、そして屋上に駆けつけたら、卯月が倒れてて、なんか怪しい奴がいたから黒瀬の野郎だと確信して、俺の卯月に何してんだ、って思ったらいてもたってもいられなくて、つい跳び蹴りかましちゃった」

 ちょっと、駿君、ちょっと待って。

「なぁ、卯月、教えてほしいな。お前、ああいう、黒瀬みたいなのが好」

 サクッ。

 ごめん、駿。

 振り返ろうとした駿の頭に、退治丸を突き刺す。

 ぽかんとした駿の顔。

 神様、お願いします。駿の頭がはっきりするまでに、私のこの真っ赤になった顔を、バックバクして止まらない心臓を、……とにかく全部を、なにもかもをどうにかいつもの私に戻してください!

 黄昏時の屋で、私は生まれて初めて本気で神頼みをした。


 翌日。

「おはよー」

 相変わらず眠そうな顔で登校してきた駿。教室に入ってすぐに勉強している私に気付いて、寄ってきた。そして、頭をぽんぽん叩く。

「感心感心。今日の放課後はガンガンしごいてやるから期待してろよー」

「は、はい、よろしくお願いします……」

 上機嫌で自分の席に着き、そして突っ伏す。今日もまだ寝足りないようだ。

「ねぇねぇ、神城さん」

 木下さんが突っついてくる。

「桃山君と仲直りしたんだ」

「あー、うん、たぶん……」

「どっちが謝ったの?」

「いや、別にどっちも謝ってない……」

「えー、じゃあ、どうやって?」

「えーっと……」

 一瞬考えて、そして、答える。

「ボスを一緒に倒したから、かな?」

 テストまで土日を挟んであと四日。桃山大先生の指導のもと、ここからは死ぬ気で頑張らないと。


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