3 怪人スカートめくりと文化祭 後編
3 怪人スカートめくりと文化祭 後編
ホシの当ては完全についている。
紅葉山公園で撮った写真のデータを持ち帰り、家で現像してみたらその姿はしっかり写っていた。
幼稚園生ぐらいの背丈に、ぼろ布を纏っている。思っていたよりなかなか愛嬌がある姿かたちをしてるじゃないか。しかし、しかし。
どう考えてもこの目つきはただのいやらしいオッサンだよなぁ……。
怪人スカートめくりはただ純粋にスカートをめくるという行為を楽しんでいると思っていたが、もしかしたらスカートの中身にも興味があるのかもしれない。それに、今回のこいつはなぜか姫先輩に完全に絞って狙っている。相当粘着質な奴のようだ。そのあたり、今後の研究対象だな、うん。……じゃなくて。
今回の討伐作戦は、おとり捜査を使うことにした。単純に、姫先輩ばかり狙われるから姫先輩をおとりに現行犯逮捕する、ということである。これしか思いつかなかった。
原稿提出の締め切りまであと一週間を切った金曜日、作戦を決行に移すことにした。取引を申し込んでから、私と駿は取材と並行して(駿の場合はこれがメインなんだけど)怪人スカートめくりの行動を観察していた。奴は一日一回のペースで姫先輩のもとに現れ、スカートをめくっていく。覚悟を決めた姫先輩は動じることなく華麗に対処している。……華麗にスカートをめくられているのだ。なんなんだこの先輩。
そして、一つの結論に達した。
怪人スカートめくりは、テニス部のスコートが好物である。
なんとも残念な結論だが、八割もの高確率で、スコートをはいているときに狙われたのだ。
「というわけで、今日の部活中に現場を押さえてどうにかします」
後で消せばいいやと思い、駿と姫先輩にも奴の存在を教え、写真を見せた。姫先輩は親の仇の姿でも見ているかのような形相だったが、それでも美しかった(くどいけど、まぁ事実だし)。
「どうにか、って?」
「えーっと、とりあえず姫先輩は普通に部活をしていてください」
姫先輩相手なら、どうにかどもらずに喋れるようになってきた。成長である。
「分かったわ。信頼してるからね」
そう言って、ウィンクをして颯爽と去っていった姫先輩。あ、やばい。鼻血出そう。
「いつまで経っても俺には冷たいんだよなー」
「駿だけじゃなくて男子全般に対してなんだからいいじゃん」
「そうは言ってもね、さすがに……」
「いいの!」
ちょっとだけムッとしたので、ちょっとだけ声を上げる。
「今日の駿は私に言われたことをやればいいの!」
「はいはい、分かりましたよ。何怒ってんのさ」
「怒ってないし!」
怒ってないし!
というわけで、私と駿は持ち場についた。
私は校庭脇にある、テニスコートのよく見える部室棟二階の外廊下、駿はテニスコート脇で待機。女子テニス部員たちの視線が痛そうだが、本人はいたって気にしていない様子。本当に怪人スカートめくりしか見てないのか、こいつ。
今回は、姫先輩たっての希望で怪人を生け捕りにすることになった。取材に全面協力してもらうのだから、多少のわがままというかお願いは聞かなければならない。生け捕りはさすがに初めてなので、ない頭を絞って作戦を考えた。うまくいけばいいけど。
部室棟二階外廊下にスタンバイした私は、周りに誰もいないことを確認してブレザーの胸ポケットからアレを取り出した。エクソシストたる私御用達の、白根眼科クリニック謹製、軽くて丈夫な眼帯である。
装着。視界がクリアになると同時に、ちらほらと人ならざる輩が見える。その辺にいるのは概して人間に害のない奴らである。日がな一日ぼーっと人間を眺めていたりする、猫みたいな奴ら。その中に混じる、不届き者の姿を探す。
「いた」
あっという間に見つかった。今まさにテニスコートの金網をよじ登らんとする、小柄な妖怪の姿。すぐさま腰に付けたトランシーバー(部の備品。なんでこんなものあるんだ)で駿に連絡を取る。
「駿、いた。今、ちょうど姫先輩の真後ろの金網を登ってる」
「了解。合図よろしく」
思うに、この怪人スカートめくりは突然変異だろう。やたらとスカートの中身に、そして何より姫先輩に固執している。となると、恐らく。
ターゲットは金網から飛び降り、抜き足差し足で姫先輩の背後に忍び寄る。そして両手をあげて風を起こそうとしたその瞬間を見計らって。
「今よ! 駿、ダッシュ!」
「おっけー!」
私の合図で、駿がダッシュする。そして姫先輩の手を掴む。
「ちょっとお借りしまーす!」
ONになったままのトランシーバーから、駿の声が聞こえた。
女子テニス部の一同はもちろん、姫先輩にも何も伝えていないので、テニスコートは大混乱だ。駿は部員たちの間を器用にすり抜け、金網に囲まれたテニスコートを出た。
そして、当の怪人変態野郎はというと。
「よし、思ったとおり」
初めこそ何が起こったか分かっていない様子だったが、獲物に逃げられたことを理解すると、顔を真っ赤にして地団太を踏み、そして慌てて駿と姫先輩の後を追いかけ始めた。驚異的な執着である。気持ち悪い。
「駿、計画通り、部室棟の真下によろしく!」
「おっけー!」
トランシーバー越しに姫先輩が何やら叫んでいるのが聞こえたが、とりあえず無視。終わってから教えてあげよう。
テニスコートを離れた二人がこちらへ向かってくる。私はスクールバッグに手を突っ込み、するすると退治丸を取り出す。どんな場所にでも収まる不思議な不思議な退治丸。そして今日はいつもの刀姿ではなく。
「ごめんねー、今日は変な恰好だけど、よろしく!」
私の声に呼応するかのように、退治丸はその形を変えた。……網に。原形を全くとどめていない。ごめん、退治丸。
今回のミッションは獲物の捕獲である。刀姿の退治丸だと攻撃はできても捕獲は難しい(突き刺したら死んじゃう、というか消滅しちゃうし)。というわけで、捕獲用の投網姿になっていただいたというわけである。
そうこうしているうちに、二人が部室棟の下までやってきた。ここからは地声。
「卯月、ちゃんと怪人の奴、追いかけてきてる!?」
「完璧。真っ赤な顔して追いかけてきてる。このしつこさ、裁判で有罪になるガチのストーカー級ね」
「ねぇ、一体どういうことなの?」
状況が理解できていない姫先輩はオロオロしている。ていうか、まだお二人さん、手を握ってるじゃないですか。どうでもいいけど。
「それじゃ、もうちょっとだけ逃げてて」
「おっけー。じゃ、先輩、行きますよ」
「えっ」
そして二人は、手を繋いだまま逃げていく。学園のマドンナ(古い)先輩と、二年のイケメン(一応)後輩の、愛の逃避行。なんかイラッ。
いかんいかん、集中せねば。
と思ったら、もうターゲットは目の前にやってきていた。
「きやがったな、変態犯罪者! もう逃がさんぞ!」
てやっ、という掛け声とともに、私は手すりを乗り越え、真下にいる変態スカートめくりに飛びかかる。
「どりゃあっ!」
そして、投網を投げつける。
が。
「えっ、嘘!」
ほんの一瞬手前で、怪人スカートめくりは急ブレーキをかけた。私の投げた投網は、何もない地面へと落ちる。遅れて着地した私の横を、ニタニタ笑いながら猛スピードですり抜けていく変態怪人。
「やばい!」
私は慌ててトランシーバーを掴む。
「まずい、駿、失敗した!」
「まじで! じゃあ俺と先輩はとりあえずこのまま逃げ続けるから、何かいい案浮かんだらよろしく!」
丸投げである。
「何かいい案って言ったって……」
体勢を立て直し、退治丸ももとの形に戻す。
「考えるのめんどくさい! もう、ガンガンいこうぜに変更!」
というわけで、私は変態の後を追い始めた。
道行く親切な人ならざる奴らから情報を得ながら、二人と一匹を探す。退治丸もあるので人気のないところが良かったが、駿が考えてくれたのか、着いた先は人気のない場所の代名詞、体育館裏だった。
「駿! 姫宮先輩!」
体育館裏の奥は行き止まり。駿はこちらを向き、その後ろには怯える姫先輩。そして。
「おい! 怪人変態野郎! そこにいるんだろ!」
何も見えていないはずの駿が声を張る。
「先輩、めっちゃ怖がってんだぞ! なんでこんなつまんないことするんだよ!」
怪人スカートめくりは、わさわさと手を動かしながらスカートをめくる機会を窺っている。
「ほら、来てみろよ! ぶん殴ってやるから! ほら、来いよ!」
続く駿の独白。そして、ほんの一瞬、私を見た。気を引くから、殺れ、ということかな、たぶん。
そんな駿のご厚意に甘えて。
ぶす。
勝負は一瞬だった。いや、勝負にすらならなかった。
目の前には、退治丸が貫通した怪人スカートめくり。素早いだけの、他に取り柄のない生き物だ。じっとしていれば退治など造作もない。
「終わった?」
駿が訊ねる。
「うん、終わった」
「先輩、終わったみたいです」
そして、駿は後ろに守っていた姫先輩に優しく声をかける。
「もう大丈夫ですよ、先輩。変態野郎は退治しましたから」
「あ、うん……」
呆けたような顔の姫先輩。そりゃそうだろう。わけの分からないまま連れて来られて、わけの分からないまま終わりですと言われたら。しかしまた、呆けた顔もお美(略)。
「先輩、もうたぶん死んじゃってますけど、見ます?」
私は退治丸の先に突き刺さったままの怪人の亡骸を持ち上げた。普段は見えないこいつらも私にかかれば可視化することができる。あまり見ていて気分のいいものではないけど。
「ううん、いいの……」
相変わらずぽかんとした顔の姫先輩。
「ありが、とう」
小さく呟いた。そして。
「私の、王子様……」
いつの間にか、姫先輩の表情は「ぽかん」から「とろん」に変わっていた。手はまだ握られたまま。そして、視線の先には、駿。
ん、これは?
どういう?
展開?
だ?
とりあえず、私は二人の脳天に退治丸をサクッと突き刺した。
十一月二日の文化祭当日。私はなぜか高杉先輩と並んで三年C組の劇を見ていた。
劇が終わり、観衆たちがはけていく。私と高杉先輩は、椅子に座ったまま。ふと、高杉先輩が思い出したように声をかけた。
「なぁ、神城」
「なんですか」
「今回の記事、よく書けてたな」
「ありがとうございます」
「紅葉ヶ丘の妖精の銀幕のデビュー! ってだけだけかと思ってたら、姫宮円自身の特集まで組んで。あの鉄仮面の意外な一面が見れるとあって、大人気だったぞ」
「そうですか」
「増刷に次ぐ増刷。ここ数年で最多を更新したぞ」
「そうですか」
「ちなみに桃山の連載小説も、今回はやけにリアリティがあって大人気みたいだぞ。また固定客が増えたな」
「そうですか」
「今回は珍しくヒロイン役も出てきてたな。あれ、一部では姫宮じゃないかって噂になってるぞ」
「そうですか」
「ところで」
「はい」
「何でC組の劇に桃山が出てるんだろうな」
「知りません」
「姫宮がお姫様なのは分かるんだが、何で桃山が王子様なんだろうな」
「知りません」
「なぁ神城」
「知りません」
「お前、桃山と離婚したのか?」
「知りません!」
退治丸で記憶を消された姫先輩の頭に残ったのはなんだかすごい冒険をした気がするという思い出と全て駿が解決してくれたという勘違いだけで、なぜかその場で駿をC組の劇の主役にスカウトして、なぜか駿も乗り気で、なぜかC組の方々も乗り気で、結局そのまま今に至る。
そして何より厄介なのが。
「しゅ、ん、くん(はーと)」
舞台袖から、王子様とお姫様の衣装姿の二人が出てきた。腕を組んで。
「先輩、劇終わったんだからもう離してくださいよ」
嫌々しながらも、満更でもなさそうな駿。
「いいじゃない、駿君は、私の王子様なんだからぁ(はーと)」
カタブツ、鉄仮面と呼ばれた孤高の雌狼は今いずこ。そこにいるのは恋する一人の美少女だった。美少女、だった……。
「なんですか、王子様って……、って、卯月、高杉先輩、見に来てくれてたんですか」
姫先輩を引きずりながら私たちの前にやってくる駿。
「なんなんだ、これ……」
「ん? 卯月、何か言った?」
「なんなんだ、これ」
「え?」
「なんなんだああああああああああああ!!!!!!!!!!」
私の声は、遠く特別棟一階、家庭科室でクレープを焼いていた調理部の木下さんの耳にまで届いたという。