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2 怪人スカートめくりと文化祭 中編

  2 怪人スカートめくりと文化祭 中編


 取材は思いのほかスムーズに進んだ。それもこれも、八割がた高杉部長のご尽力によるものが大きかった。

「おい、神城、C組の奴ら、今日は視聴覚室を押さえてるみたいだぞ」

 とか、

「おい、神城、C組の奴ら、今日はファミレスで脚本会議らしいぞ」

 とか。どんだけやる気満々なんですか。

 まぁ、ありがたいのに変わりはないのでその都度こそこそカメラを持ってC組の出没スポットへ足を伸ばしている。新聞部に入って一年半、私もずいぶん成長したもんだ。嫌な方向に。

 そして何より、この一週間ほどC組を追い続けて分かったことがある。それは私にとって、そして駿にとってもいいニュースだった。

「駿、三年C組の姫宮円先輩って覚えてる?」

 十月二週目の水曜日、定例会議前。私は部室(社会科準備室)で、駿に訊ねた。

「うん、もちろん。この間見に行った、紅葉ヶ丘の妖精でしょ」

「そうそう」

「あの人が、どうかしたの?」

「姫先輩、怪人スカートめくりに狙われてる気がするの」

 いつものように、あえて私はぼかして言う。

「え、どういうこと?」

「私、姫先輩の記事書くためにいつも張ってんだけどさ」」

「うん、知ってる。最近一緒に帰れてないし」

 そうなのだ。張り込みが続いているせいで駿といる時間はほとんどない。……って、今そんなことはどうでもいい。

「姫先輩のスカート、やたらとよくめくれるんだよね。これは何か不思議な力が関係してるとしか思えないなぁ」

 そうなのだ。怪人スカートめくりは、なぜか明らかに姫先輩を狙っている。この一週間で五回めくられている。これは相当な頻度だ。そのたびに左目を隠すが、いつもあと一歩のところで姿を捉えきれない。

 というわけで、駿の出番なのである。この強力引き寄せ体質の男がいれば、さすがの怪人スカートめくりもぼろを出すのではないかと考えたわけだ。

「なるほどー」

 駿はうんうん頷いている。

「俺が調査しても全然情報が出てこなかったのは、そういう理由があったのかー」

 駿の調査はいつも的外れだから、とはさすがに言えなかった。

「それで、私今日、C組の取材で紅葉山公園に行くんだけど、駿も行く?」

「行く!」

 即答だった。というわけで、今日は定例会議をサボって取材活動である。もちろん高杉部長には事前に通してあるので問題なし。


 初めのうちは、姫先輩も首を傾げる程度だった。一回目(私が目撃したアレ)で懲りたのか相当恥ずかしかったのか、二回目からはスカートの下にはショートパンツをはいていたので、実害というほどの実害はない。しかし、さすがに気味の悪い現象が何度も続いているので、姫先輩は明らかに参っていた。さらに、クラスの劇なので、まわりにはもちろん男子がいる。そんな中で何度もスカートをめくられたら、そりゃあ参るに決まっているし、それに姫先輩は男子の前では鉄の女を演じているお方だ。精神的な疲れはかなりのものだろう。

 というわけで、さすがに見かねた私はまずは奴を、怪人スカートめくりを退治してやろうと考えたわけだ。C組の取材はそのあとでも間に合うだろう。たぶん。高杉部長もいるし。

 紅葉山公園は、市街地と山の境目にある紅葉ヶ丘学園からもう少し山寄りに行ったところにある市立公園だ。その名の通りもみじが咲き誇る公園で、もう少し経ったら紅葉がすばらしい。かといって観光地化はされてないので、市民の憩いの場、という言葉がぴったりの公園だ。

 今日はどの教室も埋まっていたようで、C組はこの紅葉山公園を練習場所として選んだようだ。演者を中心に十名ほどが集まっている。

「先輩、せっかくの部活が休みの日なのに大変だねー」

 ばれないように二段ほど上のエリアから遠巻きに眺めながら、駿が言った。来る途中で買ったメンチカツ(好物)を食べている。いい匂い……。じゅるり。

「主演だし、仕方ないんじゃない?」

 一面記事候補のネタは、ほぼ裏が取れていた。劇の詳細は分からないが、動きの練習をしているとき姫先輩はだいたい不機嫌そうな顔をしながらも中心にいる。これは主演と見て間違いないだろう。本田さん、ありがとう。

「何の劇するのかなー」

 メンチカツを食べ終えた駿が呑気に言った。

「それが分かんないと、記事にならないよね」

「そうなんだよね……」

 そうなのだ。今のままだと「紅葉ヶ丘の妖精、銀幕デビュー!」だけで、見出しのインパクトで終わりである。内容すっかすかの記事だとさすがに高杉先輩のOKは出ずに私と駿のおしどり夫婦伝説とやらが一面を飾ることになってしまう。それだけは避けねばならない。

「もう一歩踏み込みたいんだけど、さすがに危険だと思うんだよね」

「卯月の顔、姫先輩に割れてるしね」

 あの登校中の一件以来、姫先輩とは何度か顔を合わせている。取材と勘付かれないように、偶然を装っている(つもり)。文化祭の話を振ってはみたが、さすがに軽く受け流された。こういうときコミュ障の自分が嫌になるが、コミュ障なりにものすごく頑張って慣れない人に話しかけているので勘弁してほしい。

「仲良くなりすぎちゃった感はあるね、確かに」

 目下では何やら稽古が始まったようだ。わずかに声は聞こえるが、内容までは読み取れない。

「とりあえず写真だけでも撮っておくか」

 私は一昔前のデジイチを掲げる。三百ミリのレンズ付きだ。ちなみに部の所有物。何代か前の先輩が寄付してくれたらしい。金持ち(かどうか分からないけど)は気前がいいもんだ。

「いつ見てもゴツいね、それ」

 駿は、取材時は自前のコンデジを持ち歩いているが、役に立ったことはない、そりゃそうだ。駿が撮っても撮りたいものは何も写らないし。

「重いから私には使いづらいけどね……」

 真面目な顔で演技をする姫先輩を激写、激写、激写。

「なんか、最近罪悪感というものが消えてきたわ……」

「現像して商売とかしないようにね」

「さすがにしないよ」

 適当に写真を撮っていたら、その瞬間は急に訪れた。

「あ」

 ふわりと舞い上がる制服のスカート。右目だけでファインダーをのぞいていた私にははっきりと見えた。姫先輩のあられもない姿……、ではなく、追い求めている怪人スカートめくりの野郎が!

「駿、出た!」

 オペラグラスで姫先輩を観察していた駿が応じる。

「スカートが風でめくれただけ、じゃないんだよね?」

「うん」

「行ってみよう」

 とりあえず私と駿は階段を駆け降りる。何をしていたのか怪しまれないようにカメラをバッグにしまうのは忘れない。

 階下に降りると、その場は騒然としていた。なぜなら。

「もう嫌!」

 あの鉄仮面妖精が取り乱していたからだ。

「ねぇ、何、なんなの!? 誰がやってるの!? 私がムカつくなら、直接言いに来なさいよ! ねぇ、誰なの!?」

 美人が怒ると迫力あるなー、とか場違いなことを思っていたら、何を思ったか駿が口を開いていた。

「どうかしたんですか?」

 自分の興味関心に関わるときの駿は行動力がすさまじすぎる。私はかたずをのんで見守ることしかできない(ヘタレ)。

「あら、あなたは……」

「二年A組の桃山駿です。前に一回会ったことがあると思いますけど」

「あぁ、この間テニスコートに来てた男子ね……。こんなところで、何か用かしら?」

 駿と話しているうちに多少落ち着いてきたのか、姫先輩は普段のカタブツ先輩に戻りつつあった。周りのC組のメンバーも、私と同じくオロオロしている。

「散歩をしていたら、何だか不穏な感じだったので、余計なお世話なのは承知で首を突っ込んでみました」

「ほんと、余計なお世話ね。邪魔だから帰ってくれない?」

 取りつく島もないとはまさにこのこと。しかし駿は引き下がらない。

「ところで姫宮先輩」

「何よ」

「お困りのようですね」

「……!」

 場の雰囲気が凍る。何言ってんだこいつは。馬鹿か。いや、馬鹿だ。そこは琴線だろう。パンドラの箱だろう。今、この瞬間は!

「そんなあなたに朗報です」

「……何」

 なんだよほんとこいつ……。

「俺と取引しませんか?」

「……は?」

 ……は?

 その場にいた全員が、まさに「キョトン」とした。


 C組の皆さんから離れ、私と駿、そして姫先輩は公園のベンチに腰かけていた。何だこの展開。

「取引って、何よ」

 前置きもなしに、姫先輩が口を開いた。

「というか、あなた、何者? 神城さんまでいっしょにいるし……」

 私は引きつった笑いを浮かべる。アドリブ力のない私はこんな状況ではただにこにこ(ニヤニヤ?)しているしか能がない愚か者である。

「俺達は新聞部員です」

 おいっ! いきなりばらすのかよ! と、心の中で突っ込みを入れる。

「新聞、部員……?」

 ただでさえ厳しかった姫先輩の顔に、明らかな嫌悪感が浮かぶ。

「まさか、あなたたち、ウチのクラスの……」

「はい、紅葉ヶ丘の妖精、姫宮先輩主演の劇ということなので、スクープ記事として特集させていただこうと考えていました」

「はぁ、どこから漏れたのよ……、どうせ本田さんとかあのへんなんだろうけど……」

 正解です。さすが姫様。

「学園でも注目度の高い姫宮先輩の記事ですからね。新聞部としてはありがたく飛びつかせていただきました」

 ついこの間まで存在すら知らなかった口が何を言うか。

「それで、神城さんも、取材目当てで私に近づいたの?」

 急に矛先が私に向いて、縮みあがる。まさに蛇に睨まれた蛙。姫様に睨まれた下僕。

「しゅ、しゅびばしぇん……」

 申し訳なさに心が締め付けられ泣きそうになったのだが。

「気にしないで」

 姫先輩のお美しい微笑みが私の涙を止めた。

「そういうミーハーなの慣れてるし。それに」

 姫先輩は、一対一の時に見せてくれる、とても穏やかな顔で付け足した。

「あなたは私のお気に入りだから特別」

「お、お気に入り、ですか」

「そう。あのおでん発言は、私のツボに入ったのよ」

 なんと。あのテンパりの結果飛び出した妄言が姫先輩のお気に召していたとは。人生何が起こるか分からないものだ。

「ところで」

 渋い顔に戻って、姫先輩は駿に向き直る。

「取引って、何?」

 本題に戻った。

「はい、そのことなんですが、先輩、今、お困りのことありませんか。ありますよね」

 断定口調。何だか今日の駿、怖いぞ。

 そして、さすがに言葉に詰まる姫先輩。そりゃあ、言い出しにくいわ。ただでさえ男嫌いの妖精さんなんだし。

「駿、あんまり言うと失礼だよ……」

「困ってるわ」

 しかし、姫先輩は毅然と言った。言い放った。

「そう、困っているの。最近、私の身の回りで、いや、私だけに、変な事態が起きているの」

 意を決した様子で、姫先輩は淡々と述べる。

「気味が悪いわ。登下校中に後をつけられるとかは何度かあるけれど、こんなの初めて」

 登下校中に後をつけられたことが何度もあるんですか。美人は大変だな……。

「ねぇ、これはなんなの? あなた知ってるの? なんで……」

 一瞬だけ言葉を切り、そして一気に言った。

「なんで、私のスカートだけこんなに頻繁にめくれるの!?」

 悲痛な叫びだった。そら辛いわ。

「知りたいですか?」

 駿が真面目な顔をして言う。

「あなた、知ってるの……?」

「知っていますし、解決策もあります」

「本当に……?」

 おいおい、駿、まさかあんた、私に相談もなしに……。

「この卯月……、神城卯月なら、先輩を悩ます怪人スカートめくりを退治してくれます」

 先輩が目を見開いてこっちを見る。やめて。見ないで……。

「神城さん、本当……?」

 「怪人スカートめくり」なんて馬鹿馬鹿しい、と呆れられると思ったが、どうやら姫先輩は駿の言葉を信じているようだ。それほど精神的に参っていたということだろうか。

「えー、まー、はい、たぶん」

 生返事。しかし。

「ありがとうっ」

 いきなり飛びかかってきたかと思ったら、私は思いっきり抱きしめられた。

「うわっ」

「私、もう、本当に、どうしたらいいか困ってて……」

 涙声の姫先輩。そんなに困っていたのか。なのに、普段は気丈に、というか、あんなに気高く振る舞っていて。さぞ大変だったことだろう。

「だ、大丈夫です。わわわ、私にかかれば、あんなへなちょこ妖怪、一発です、よ?」

 それを聞いて安心したのか、姫先輩はようやく私を開放してくれた。

「ありがとう」

 目尻に浮いた涙を拭う姫先輩は、これまで見たあらゆる生き物の中で一番美しかった。これ、マジで。

「先輩、取引だというのをお忘れなく」

 そうだった。忘れていた。

「そちらの提示する条件は、何?」

 駿の方に向き直った姫先輩は、もういつものクールビューティーだった。カッコいい。

「簡単なことです。先輩についての記事を書くことを、全面的に許可してください」


 いつもの河原。今日はとっくに陽が落ちていて少し怖い。だから、いつもより半歩だけ駿に近づく。

「いやー、話が分かる人でよかったよ、姫先輩」

 満足そうに言う駿。

「半分脅しだったと思うけど。それに」

 そう、私は不満なのだ。

「なんで私に一言も相談なしに勝手に決めたの」

「だって、あの場で思いついたんだもん。しょうがないじゃん」

「うぐぐ……」

 笑顔でしょうがないといわれると、そうだね、しょうがないねと許してしまうのが私の悪い癖だ。早く治したい。

「それに、怪人スカートめくり、私がどうにかするって、どういうことよ」

「え? あ、うーんと、何て言うか、こういうときいつも卯月がどうにかしてくれてる……、ような気がするんだ。あれ、何でだろ?」

 首をかしげる駿。なんとなく記憶が残っているのだろう。退治丸の効力もいいかげんなもんだ。

「はぁ……」

 私はあからさまにため息をつく。

「わかった。私がやればいいんでしょ。私が」

「そうこなくっちゃ」

 一応、嫌々ということにしておかないと、駿が調子に乗るから。わがままな幼馴染を持つと大変だ、ほんとにもう。


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