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1 怪人スカートめくりと文化祭 前編

紅葉ヶ丘学園中等部の新聞部に所属する私、神城卯月かみしろうづきと幼馴染の桃山駿ももやましゅん。左目をつぶると人ならざるものが見えてしまう私は、愛用の眼帯と退治丸(刀。名前がダサいのはしょうがない)を引っ提げて、人ならざるもの引き寄せ体質の駿のフォローをする日々。そんな日々も嫌いじゃないなんてこっぱずかしくて言えないけど。

  1 怪人スカートめくりと文化祭 前編


 毎年十一月号の記事は文化祭特集ということに決まっている。

 十一月号の発行は十月の最終火曜日。文化祭は十一月の二日と三日。祝日の三日は一般公開もされる。

 紅葉ヶ丘学園は私立の中高一貫校なので、中等部の文化祭とはいえ、高等部目当てで来たお客さん方の目に触れることになるので、気は抜けないのである。

 十月号の発行を無事終えた週の金曜日の新聞部定例会議。生徒会長兼新聞部部長の高杉晋太郎が、相変わらず威勢よく演説をしている。

「次号の文化祭特別号は、入学式特別号、バレンタイン特別号と並んで発行部数の多い号だ!」

 バレンタイン特集がたくさん配られるとか、中学生らしいなー、とかぼーっと思っていたら。

「おい、神城、聞いてるか!?」

「ひゃいっ!?」

 いきなり名指しされて、私の返事は完全に裏返っていた。

「しっかりしろ、今回はお前がメインなんだから」

「は、はい、そうですね……」

 そうなのである。

 新聞部が発行している紅葉ヶ丘通信は、一面がA3で四ページある。その四ページを部員全員で割って各々が担当箇所の分量に会った記事を書くのだが、特別号についてのみ、その担当箇所の決め方が少しおかしい。普段はだいたい決まっていて、一面は部長と副部長、ゴシップ担当の三年生、運動部担当の二年生……、といった風に割り振りがある。ちなみに私は社会面の堅めの記事担当。駿は……、第四面の「連載小説」担当である。

 しかし年に三度ある特別号だけは、この担当をシャッフルするのだ。もともとは、「紙面全体が同じテーマになるからいつもの担当のままやる必要はない」とかいう理由だったようなのだが、いつの間にか「お祭り号だし、担当記事はくじ引きで決めようぜ!」的なノリになったらしい。

 それが形を変え、今年は部員総出の大すごろく大会が行われた。一位はあれ、二位はこれ、といったように割り振られ、七位という微妙な順位だった私は幸か不幸か一面のメイン記事担当になったのだった。

「各々、どんな記事を書くのか来週の金曜までにレポートにして提出すること。以上、質問がなければ解散!」

 新聞部員たちは三々五々部室(社会科準備室)を出て行った。

「俺は生徒会室に用があるから先に出るけど、最後に帰る奴、ちゃんと職員室に鍵返しとけよ」

 そう言い残して去って行った高杉部長の後には、私と駿しか残っていなかった。

「あー、プレッシャーだわぁ……」

 コの字型になった長机の隅で突っ伏す私。

「すごいなぁ、卯月。大抜擢だね」

「決めたのすごろくでだし」

「まぁそうだけど。俺なんていつも通りのとこに収まっちゃって、なんか残念」

「固定客からしたらありがたいんじゃない」

 駿の記事(連載小説)には定期購読者と言っていいくらいの固定層が付いている。たしかに、お化けやら妖怪やらを実際に見た上で、それも小学生のころから作文とか読書感想文とかがやたら上手だった駿が書くのだから、面白くならないわけがない。私も毎号読んでいるが、「何で私出てないんだよ! これ解決したの私だろ!」と憤りたくなること山の如しである。

「ま、そうだね。プラスに考えるよ」

 駿は既にスクールバッグを肩にかけている。

「あ、ごめん、すぐ片付ける」

 私は慌てて出しっぱなしのノーとやらペンケースやらをバッグに仕舞う。

「先出とくよー」

「うん」

 忘れ物がないか確認して、鍵を手に取る。夕焼けに染まる廊下には駿一人。ポケットに手を突っ込んで窓枠に体を預けるその姿は、なかなか絵になっていた。……、寝癖ついてるけど。

「鍵届けに職員室行かなきゃ」

「俺も行くよ」

 二人並んでしんとした廊下を歩く。新聞部部室(社会科準備室)は、旧校舎の三階の隅にある。新校舎一階の職員室までは地味に遠い。

「ほんと、印刷機がある以外は全く利点のない部屋だよね」

 沈黙嫌いの駿が口を開く。

「筋トレだと思えばいいんじゃない?」

「この程度じゃ筋トレにならないよ」

「そうだね」

「吹奏楽部、まだ練習してるみたいだね」

「頑張るねー」

「野球部も」

「頑張るねー」

「卯月、話聞いてる?」

「頑張るねー」

「卯月ってば!」

「ごめんごめん、冗談」

 そんな感じで仲良く歩いていた時だった。

「ひぁっ!」

 突然一陣の風が通り過ぎ、

 私の、

 ス、

 スカートを……!

「誰っ!?」

 後ろを向いたが、もちろん誰もいない。

「どうしたの?」

 駿の問いかけには答えず、私は左目をつぶった。

 ほんの一瞬だけ、何かの影が動いて、教室に入った、気がした。

「どうしたの?」

「何でもない。なんか、変な気配がしたから。マングースでもいたんじゃない?」

 適当にでっちあげて、くるりと向きを変えた。

「さっさと行こう。おなかすいちゃった」

 階段を駆け降りる私。

「あ、待ってよ」

 エクソシスト(定着)たる私には分かっていた。

(とうとう出たわね、怪人スカートめくり……!)

 ところで駿、私の……、ぱ、ぱんつ、見てないよね? ねっ!?


 週末に家で考えたところで、一面記事のいい案は出てこなかった。

 週明けの月曜日、私は渋々ながらクラスメイトの女子たちにネタの提供を求めることにした。ちなみにスカートの下にはショートパンツをはいてきた。

 私は人付き合いが苦手である。人の視線が怖くて前髪を伸ばしているのは前述のとおりである。そんな私がなぜ人を相手にすることの多い新聞部なんぞに所属しているのかというと、たいして深くもない理由があるのだが、今はそんなことどうでもいい。

「お、おはよー……」

 挨拶の時点でどもるあたりほんと情けないとは思うが、昔から駿以外の同世代との付き合いが浅いので仕方ない。仕方ないんです。

「あ、おはよー、神城さん」

 クラスの中でもイケイケ(古い)でもなく地味でもない中間層の女の子(木下さん)に声をかける。こういう子ほど噂話が好きなのだ。たぶん。

「あのさ、今度、新聞部で、文化祭特集号を、出すん、だけど……」

 明らかに読点が多いが気にしない。

「あ、それ、去年も出たたよねー。公式パンフレットよりも役立ったよー」

「あ、そう、なんだ。ありがとう」

「今年も期待してるよー。それで?」

「それで……」

 木下さんに声をかけてよかった。木下さんが後ろの席でよかった。

「私、今回、一面の記事を任されることになって……」

「え、ほんと? すごーい!」

 木下さんはかわいらしい目を真ん丸にして本気で驚いている。

「一面って、一番目立つとこでしょ? 高杉会長が書いてるのかと思ってたら、神城さんなんだ!」

「いや、私は今回が初めてで……」

「ねーねー、奈子ー、さっちゃーん、神城さんって、今度の学校新聞の一番目立つ記事書くんだってー」

「うっ」

 中間層かと思っていた木下さんは、そばでダベっていたクラスでもイケイケ(古い)系の女子二人の名を呼んだ。

「へー、そうなんだ」

「すごいじゃん」

 大した面識はない二人だが、さすがに名前くらいは知っている。篠本さんと本田さん。奈子が篠本さんで、さっちゃんが本田さん。ややこしい。

「それで、何だっけ?」

 木下さんが、先を促す。

 一対三になり、状況は悪化した。いや、悪化というか何と言うか、あー、どうしよ……。

 と、そこへ。

「おはよー」

 眠そうな顔をした駿が教室に入ってきた。

 私はすぐさま駿に援護を求める視線を投げかける。

 それに気付いたかどうかは分からないが(たぶん気付いたわけではない)、駿がこっちへやってきた。

「珍しー。卯月が女子と喋ってる」

「桃山君、そんなこと言ったら神城さんに失礼だよー」木下さん。

「そうそう。いくらなんでも、神城さんだっていつも桃山君とだけ喋ってるわけじゃ」本田さん。

「ない……、じゃん?」篠本さん。

 なんで私本人にクエスチョンマークを投げかけるな。悲しくなるだろ。

「で、何喋ってたの?」

 そんな微妙な空気を破壊してくれるのは空気の読めない駿しかいない。

「あ、そうそう、神城さんが、今度の学校新聞の一面を書くとかで、それで……、何だっけ?」

「あ、卯月、お前、ネタ探しを他の女子に頼んだのか? ズルするなよ」

「そうじゃない……、けど、そう……」

「どっちだよ」

「と、とにかく!」

 私は勇気を出して女子三人にお願いした。変な空気になったら駿がどうにかしてくれると信じて。

「木下さん、篠本さん、本田さん、何でもいいから、文化祭絡みで面白そうな話知らない? 何でもいいんだけど」

「何でもいいって言われてもねぇ……」

「そうだなぁ……」

「うーん……」

 頭をひねる三人。

「あ、これはどう?」

 口を開いたのは本田さん。

「何?」

 篠本さんが訊ねる。

「テニス部の姫の銀幕デビュー」

「テニス部の姫の?」

「銀幕デビュー?」

 ちなみに前者が私の、後者が駿の声。


 以下、本田さんの弁。

 私ね、テニス部に入ってるんだけど、三年に姫宮円先輩っていう、すっごい美人で、すっごい強い先輩がいるの。この間の県大会でベスト四だったんだ。部内では「姫」とか「姫先輩」って呼ばれてて、他の学校のテニス部の人からは「紅葉ヶ丘の妖精」とか呼ばれてるんだ。

 で、その姫先輩なんだけど、これがほんっとカタブツで。あ、これ絶対オフレコね。挨拶とかそういうのが厳しいのは別に分かるんだけど、それ以外の部分もほんっとお堅くて。お家がなんかの武道の道場らしいんだけど、それに関係してるのかな。姿勢はいいし制服は着崩さないし、まぁ美人だからそれで恰好がつくからいいんだけど。

 で、ここからが本題ね。そのカタブツの姫が、なななんと、今度の文化祭で、ヒロイン役をやるらしいの。そういうのから一番縁遠い人だと思ってたから、みんなびっくり。あ、みんなっていうのはこの情報を知ってるテニス部女子の一部なんだけど。ちなみに情報の出所は、たまたま姫先輩とクラスの人が下校途中に話してるのを聞いたテニス部二年の女子ね。

 で、この噂の信憑性をさらに高めたのが、姫先輩と同じクラスの先輩から情報統制がかかったの! もうこれ、百パーセント真実、大スクープじゃない!?


 というわけで放課後、私と、なぜか駿も、校庭の隅にあるテニスコートを覗きに来ていた。行動は早いに越したことはない。

「何で駿まで」

「暇だし」

「駿は自分の記事のネタ考えてるの?」

「ぜーんぜん。最近面白い話聞かなくて」

 一瞬、金曜日に目撃した怪人スカートめくり(らしき存在)の話をしてやろうかと思ったが、内容が内容なのでやっぱりやめた。

「あ、あれじゃない、紅葉ヶ丘の妖精」

 駿が指差した先には、なるほど、妖精がいた。

 テニスコートの隅でストレッチをする女子テニス部員約十五名。本田さんもいる。その中に、明らかに纏うオーラが違う存在が一人いた。高い位置で一つに結ばれた背中まで届く、やや色素の薄い美しい髪。テニス部のユニフォームとスコートから覗くのはすらりとしたしなやかな四肢。目を閉じながら体をほぐしているその表情は、陳腐な表現だがまるでヨーロッパのお人形のようだった。ついでに胸もでかい。うぐぐ。

「うっわ、美人ー」

 駿が声を上げる。

「確かに」

 少しムッとしたが、同意せざるを得ない。

「一年半も同じ学校にいて、よく今まで気付かなかったね」

「学年違うし、私も駿もそういうの興味ないしね」

「確かにそうだね」

 ストレッチを終え、テニス部員たちは各々基礎練習を始めた。

 最高学年である姫先輩(紅葉ヶ丘学園では部活は中高で完全に分離している)は、きれいなフォーム(テニスやったことないけど)で下級生に向けてどんどん球を打っている。

 と、そこで、下級生が返し損ねたボールが柵を越えてこちらへ飛んできた。

「うわわ」

 取ろうとしたが、ボールは私の頭頂部に直撃し、綺麗に跳ねた。そして隣の駿がキャッチする。

「あはは、どんくさいなぁ」

「うるさい」

 頭をさすっていると、なんと姫先輩が直々にこちらへやってきた。

「ごめんなさい、大丈夫だった?」

 鈴の転がるような声、という比喩を作った人に感謝したくなった。

「あなたたち、さっきから見ているけど、もしかして入部希望者かしら?」

 心地よい声はいつまでも聞いていたかったが、そういうわけにはいかない。これから取材を申し込むかもしれない相手だ、不躾な態度は取れない。

「い、いえ、そそそそ、そういうわけでは……」

 ここでまさかの人見知りスキル発動である。笑えるくらい声が震える。

「?」

 この変な下級生(ちなみ紅葉ヶ丘学園はリボンの色で学年が分かる)をどうしたものかと明らかに困っている妖精が目の前にいる。こんな時、森に迷い込んだ勇者の一行は……、いかん、頭がおかしくなってるぞ!?

「お騒がせしてすみません。通りかかっただけです。テニスってあまり見たことなかったから、卯月と、この子と眺めてただけなんです。お邪魔でしたら、すみません、すぐに帰ります」

「あら、そう」

 駿がそう言うと、急に興味をなくしたようだった。

「見ていてもいいけど、邪魔はしないでね」

 美しい声で冷たいことを言われるのもいいな……、とか考えているうちに、姫先輩は元の位置に戻りノック(でいいのか?)を再開していた。


「カタブツの片鱗は見えたかな」

 新聞部部室(社会科準備室)のパイプ椅子に並んで腰かける。駿は、途中で買ったいちごオレ(好物)を啜りながら言った。

「確かに。でも、本田さんの言ってた通り、すっごい美人だったね」

「うん。あんな美人が舞台に立てば、そりゃあ舞台映えするだろうね。俺も見てみたい」

「極秘情報にして期待を煽りたいという三年C組の気持ちも分かるかも」

「そしてその極秘情報を、直前に新聞部がすっぱ抜く。カッコいいじゃん」

「新聞部にC組の先輩いなかったよね。かえって好都合」

「じゃあ卯月の記事は姫先輩ネタで決定?」

「うん、たぶん。高杉部長のオッケーが出ればだけど。とりあえず今度の会議で言ってみる」

「いいなー。俺にも何かネタ降ってこないかなー」

 椅子にもたれて器用にバランスを取りながら、駿は飲み干した紙パックをもてあそんでいた。

 発行まで、もう四週間を切っていた。


「行け。しくじるなよ」

 金曜日の新聞部定例会議で緊張しながらレポートを提出した私は、高杉部長のゴーサインにほっと胸をなでおろした。

「しかし、知らなかったな。あの姫宮が、劇の主演を張るなんて」

「あくまで噂の域は出ていないみたいなんですけど、頑張って取材してみます」

「うむ。期待しているぞ。それと、このことは絶対に対外秘で頼む。特に、三年C組の連中には」

「はい、もちろん分かってますけど、何でそこまで強調するんですか?」

「もしこっちがそのネタを掴んでいることがばれて、逆にC組に宣伝に使われたら癪だからな。まぁ、最終的に宣伝にはなってしまうだろうが、それでも部数が伸びれば我々の勝ちだ」

「はぁ」

「必ずや全部を暴いて、そしてC組よりも先に大々的に公表してろうじゃないか。これぞ、高杉流ジャーナリズム!」

「そうすか……」

 眼鏡の奥の目を怪しく輝かせる高杉部長。まぁ部長の言うことに逆らうつもりは毛頭ないが。

「もししくじったら神城と桃山のおしどり夫婦伝説を一面にしてやるからな」

「……何ですか、それ」

「新聞部部長高杉晋太郎をなめるなよ」

 ……怖っ。

 怪しげに笑う高杉部長を背に、私は席に戻った。

 ネタの決定は、基本的に秘密裏に行う。まぁ秘密裏と言っても、基本的には他の部員にばらさないという程度だ。どういう記事を、どのような日程で仕上げるかレポートにして部室(社会科準備室)の隣にいる社会科準備室準備室とも言うべき小教室にいる高杉部長に目を通してもらってマルかバツか決めてもらうだけである。記者たちに余計なプレッシャーを感じさせないため、という伝統らしい。

 私の次は駿だったが、一瞬で方が付いたようだ。

「なんだって?」

「月曜に再提出」

 ぺろりと見せられた紙には、ただ一行「いつも通り」と書いてあった。

「そりゃ、ダメでしょ」

「卯月ー」

 駿が急に頼りない声を出す。

「助けて。何かない? 面白い話落ちてない?」

 私の両肩を掴んで揺する駿。

「ちょ、ちょっと、駿!」

 痛いとかそういうのではなく、ニヤニヤ見ているオーディエンスが気になる。というか、恥ずかしい。

「分かった、分かったから離して」

「ほんと!?」

 ぱぁっと、表情を明るくする駿。

 あぁ、もぅ、私、駿に甘すぎるだろ!


 下校途中にある公園のブランコに腰掛け、私は怪人スカートめくりの話をしてあげた。駿は途中にある商店街で買ったコロッケ(好物)を食べている。私は遠慮した。女子だし。乙女だし。

「怪人スカートめくり、ねぇ」

 手に着いた衣のかすを舐めとってから、駿は口を開いた。

「面白そー! そんなのいるんだ!」

 相変わらず小学生(低学年)のように目をキラキラさせていた。

「まぁ女の子の間じゃあそれなりに有名な話なんだけど」

 適当に話をでっちあげる。現実主義者の中学生女子がそんな馬鹿みたいな話を気にするはずがない。

「さすがに男子の耳にまでは届かないでしょ。こっちだって、そんな恥ずかしい話したくないし」

「そうだよね」

 ここで怪人スカートめくりについての補足情報。

 怪人スカートめくりとは、その名の通りスカートめくりをする妖怪だ。姿かたちは人間に似ていなくもないが、妖怪というくらいだからどちらかというと河童とかそういう系統の生き物だと思ってもらえればいい。スカートを見つけてはめくる、という不毛な動作を繰り返すだけの、実害のない……、いや、あるか、害しかない迷惑な妖怪である。ちなみに中のぱんつが見たいわけではなく、ただめくるという行為が好きらしい。わけ分からん。まぁ妖怪に理由など求めても無駄なのだけど。

 こちら(エクソシスト(定着したけど恥ずかしい))側のネットワークで、この町にやってきているとは聞いていたけれど、まさか紅葉ヶ丘学園に現れるとは。まぁどうせこれも駿の引き寄せ体質のせいなんだろうけど。先日は不意を突かれてめくられてしまったが、被害者が私だけだということはないだろう。近いうちに噂になるかもしれない。そうなれば遅かれ早かれ駿の耳にも入るだろうし、今教えてしまっても大した違いはない。

「じゃあこのネタは俺がもらっっちゃってもいいの?」

「いいも何も、私書くつもりないし」

「やった! ありがとう」

 駿の笑顔×ありがとうは無敵だと思う。

「ところで卯月」

「何?」

「ものは相談なんだけど」

「うん」

「手伝ってもらえない?」

「何を?」

「俺の取材」

「えー」

 来るとは思っていたが、一応渋る。駿を甘やかしすぎるのはよくない。幼馴染として締めるところは締めておかないと。

「だって、怪人スカートめくりだろ? どう考えても俺だけだと無理があるって。絶対」

「うーん……」

 一応渋る。駿を(以下略)。

「さすがに私も駿一人だと難しいと思うからまぁいいけど、そのかわり私の方も手伝ってもらうからね」

「もちろん」

 交渉、というほどでもないいつものやり取り成立。こんなんだから高杉会長にもおしどり夫婦なんて言われるのかもしれないが、別にいいじゃないか。だって、駿がそうしたがってるんだから。駿が。


 翌日から姫先輩マークが始まった。自慢じゃないが私は存在感が薄いので、こういったこそこそする仕事は得意なのだ(悲しすぎる)。

 高杉部長という圧倒的なデータベースを味方につけている私は、夜のうちにとりあえず姫先輩の登下校ルートを聞いておいた。そしていつもより一時間早く家を出て(二時間早く寝たので問題なし)、張り込みを開始した。今日は駿は一緒ではない。なぜなら奴は猛烈に朝に弱いので、普段の登校すら別々だからだ。

「うー、さむ……」

 十月初旬にしては珍しい寒波が訪れていて、道行く学生たちは慌てて引っ張り出したであろうマフラーを巻いていた。

「私も巻いてくりゃよかった……」

 とか何とか愚痴をこぼしていたら、神々しいオーラを放つ妖精がやってきた。

 姫先輩は、この冬の訪れを予感させる寒さにも全く屈することなく、背筋をしゃんと伸ばして歩いていた。一人だが、「一人ぼっち」という感じではなく、「孤高」のふた文字がしくっり来るお姿であられた。……姫先輩のお姿を拝見すると自然と言葉遣いが変わってしまう。

 そんな姫先輩は、コンビニの前で人待ちをしている風を装っている私には目もくれず、私の前を素通りしていった。面識があるとはいえ昨日のあの一瞬だけだ。さすがに覚えていないだろう。さて、尾行開始。

 と思ったら。

「あら?」

 五歩ほど進んで、立ち止まった。そして、まわれ右。ターンする姿もお美しい。

「あなた、昨日の」

 マジですか。覚えてらしたんですか。

「あ、お、おおおおはようごじゃいまひゅ」

 壮大に噛んでしまう。

 そんな私に、姫先輩は微笑みかけた。優しげというよりはクール。しかし、カタブツの印象が少しだけ和らぐような微笑みだった。

「今日は寒いから、舌が回らなくなっちゃった? コーヒーでも飲む?」

 何を血迷ったか、私は、こう申し上げた。

「ここここ、コーヒー飲めないので、おでんでいいですか!?」

 穴があったら入りたい。ないから掘っていいですか?

 そんな私に、姫先輩はダイコンとしらたきを買ってくれた。ヘルシー。

「わ、私、てっきり姫宮先輩は買い食いなんかしない方なのかと思っていました」

「私だって、買い食いくらいするわよ。朝にしたことはないけれど」

 背筋をぴんと伸ばして歩く姫先輩の半歩後ろで大根をかじりながら歩く私はさぞ滑稽だろう。

「あら、ところであなた、私のこと知っているの?」

「あ、いえ、あの、はい」

「どっちなのよ」

 目を眇めてお訊ねになる姫先輩。どんどんカタブツという印象が薄れて行く。

「すす、すみません、存じておりました」

「どうして?」

「えっと……」

 これはさすがに全てを話すわけにはいかないので、半分だけ本当のことを申し上げる。

「クラスメイトにテニス部の子がいて、その子から、すっごい美人で強い先輩がいると聞いて、一目見てみたくて、その……、すいません」

「あら、何で謝るの? 私としては嬉しい限りなのよ、そういう、まぁミーハーな理由だとしても」

「そうなんですか?」

 意外や意外だった。

「あの、失礼を承知で申し上げますけれど、私、姫宮先輩って、もう少し、何と言うか、お堅い方だと思っておりました」

「あー、それねー」

 姫先輩はつまらなそうに言う。

「あれは男子の前限定。年がら年中ツンツンしてたら私だって疲れちゃうわよ」

 ということは。

「昨日は、も、もしかして、横に駿、あ、あの、男子がいたから、あんな感じの態度を取られたんですか?」

「そうね」

「あ、でも、テニス部の女子たちですらカタブツと言ってるのは?」

「みんな私のこと怖がって、こんな感じで一対一で話すことなんてないもの。私が話しかけようとするとすぐ気をつけ、礼して逃げて行くのよ。ほんと悲しい。って、やっぱりあの子たち、私のこと陰でカタブツとか言ってたのね」

 あ、やべ。姫先輩が怪しげに微笑んだ。

「今日の練習が楽しみだわー」

 完全な棒読みだった。

 ほんの少し会話しただけなのに、姫先輩の印象はがらりと変わった。決してカタブツなどではなく、一度会話を交わしただけの私みたいな印象の薄い奴のことすら覚えていて声をかけてくれる心優しい妖精だったのだ。

「ところで、名前を聞いてなかったわね」

 もうすぐ正門というところで、姫先輩が立ち止り振り返った。私も合わせて立ち止まる。まだ始業時刻には時間があるので、登校する生徒はまばらだ。

「あ、えっと、は、はい、ににに二年A組の、神城うじゅきでしゅ」

 自分の名前すら噛んでしまった。何だ私。

「うじゅき?」

「すいません、卯月です。神のお城に四月の卯月」

「神城卯月さんね。まぁ、これも何かの縁だと思うから、よろしくね」

 そう言って、姫先輩が右手でお上品に髪をかき上げなさった瞬間だった。

 一陣の風が、姫先輩の、スカートを。

「えっ」

 姫先輩は、初め何が起きたのかさっぱり分からなかったようだった。一瞬置いて、舞い上がった長めのスカートが元の位置に収まってから、

「きゃあああああああ!!!!!!!!」

 慌ててスカートを押さえつける。

「だ、誰!?」

 慌ててあたりを見回す姫先輩。しかし、悲鳴を上げた姫先輩を遠巻きに見やる生徒たち数人がいるだけ。とてもスカートをめくれる距離ではない。

 私はそっと左目を閉じた。前方の桜の木の向こうに、怪しげな影が見えた。

(出やがったな、女の敵め……!)

 姫先輩に目を戻すと、顔を真っ赤にしてばたばたされている。

「あわわわわ……」

 慌てる姿もお美しい、なんて悠長なことを考えていたら、泣きそうな声でお訊ねになられた。

「み、見た?」

「何をですか?」

「す、スカートの中身……」

「い、いや、だだだ大丈夫だったと、思い、ますよ……?」

 私のフォローで納得してくれたのかは分からないが、姫先輩はそれ以上何もお訊ねにはならなかった。お口を開いてすらくださらなかった。

 昇降口でお別れした後、私は心の中で姫先輩に謝罪した。

 申し訳ありません、「紅葉ヶ丘の妖精、寒い日は毛糸のぱんつが手放せない!」っていう記事が一面トップでいいんじゃないかと一瞬だけ思ってしまいました。申し訳ありません、ほんと、申し訳ありません。

 あー、カメラ持ってればよかった。


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