家
帰るべき場所はない。
それは、必要のないものだった。
「出身なんて言ったら、どうなることか」
「ふふ、ひどいのね」
俺の出身をきいてきた君は、とくに悔しがることもせず先に進んでいった。
君の脚に絡み付こうとする、生い茂った緑。それは俺の脚にも向いている。脚を高く上げ、それを踏み潰すように進む。
「やっと、ぬけた」
湖があった。シカや見たことがない動物たちが、水を求めてここまで来たのであろう。あまりにもそれらが多すぎたので、木の根元に座りこむ。
「……いこう」
「もういくのかい?」
「ええ。ここは彼らの場所なんだ」
行きに見かけた緑は、先ほどよりも生い茂っていたような気がした。
「姉ちゃん、おいでよ!」
「まって、坊や」
君が村の子供と仲良くなることは少なくない。むしろ、いつも仲良くなっている。
「坊や、あれは何?」
「お墓」
村の中央にある岩。彫った跡があり、文字に見えた。
「この村の英雄のお墓なんだって」
子供が胸を張って答えた。
「この人のおかげで、おら達は守られているんだ! 本当は村のはずれにあったんだけど、ここまで運んできたんだぜ」
「嬉しいでしょうね、この人」
「なぜ?」
「だって、この人にとってこの村は宝物であり、帰る場所だから」
ならば、帰る場所を壊した俺は、宝物をもっていないということだろうか?
それは違う。俺は宝物をもっている。
それを君は認めないだろう。
■世界にない場所
たとえ帰る場所がなかったとしても。
俺には君がいる。