キアラン 29
「キアランっ!キアランっ!」
涙を流しながら、ハンナはキアランの側にいた。
キアランの周辺には何事もなかったかのように、静寂に包まれていた。天使も誰一人いない。倒れている人も、フィオナの父もそこにはいなかった。
扉間には倒れて目を覚まさないキアランと、泣いているハンナの姿しかなかった。
扉間に、小さな足音が聞こえた。
ハンナははっとして前を向いたが誰もいない。すると、背後から――
「ハンナ……?」
ハンナは泣いたまま背後を振り返る。
「フィオナ……?」
フィオナは倒れているキアランを見て息を呑んだ。
「やっぱり―――!」
「えっ……?」
フィオナは急いでキアランの元に駆け寄る。
「ハンナっ!ちょっとどいてて、治療をするから!」
「でも、私が治療しても何もできなかったのに……できるの?」
「はい。ここに父が着たんでしょう?それで父は治療がしにくいように天使にしか治せない呪文で攻撃をしたんだと思います」
フィオナはてきぱきと治療の準備をした。
「…………」
ハンナはここで何も話してはいけない事を悟り、フィオナとキアランから離れる。
治療の呪文を始めた。ハンナには聞き覚えの無い呪文で、天使の使う呪文だろう。その呪文が一部終わったところで、フィオナはハンナに言った。
「ハンナ。今日はもう帰って?時間が掛かるから」
フィオナの言っていることはまんざらでも無いように見えた。キアランの体の傷はあまり治ってはいないように見えたからだ。天使は治療が得意なのに……
「でも……」
「大丈夫。命を落とすほどでは無いわ」
フィオナはハンナに向かって微笑んだ。
ハンナはしばし考えた。
(私がここにいても、何もできない……。私がいてもフィオナが治療をやりにくいのではないか?キアランに会うなら、明日にでも会えるし……)
「じゃあ、フィオナ。私は一旦帰らせてもらうわ……。キアラン大丈夫よね?」
「ええ、大丈夫。後は私に任せて」
フィオナはハンナに微笑んだあと、すぐに治療の呪文を唱え始めた。
(キアラン……どうしてこんな事を?)
ハンナは何もできない事を悔やみながら、その場を去った。