キアラン 21
「それでは、私はこれで失礼します。」
爺やは頭を下げた。
「分かったわ。行って来る」
ここは、父の部屋の前。
私は大きく息を吸った。そして、息を吐く。もう一度大きく深呼吸をした。
「よしっ!」
私は父の部屋の扉をノックする。
「入れ」
父の低くて重たい声。この時の父は不機嫌のときの方の確率が高い。
父は、椅子に座り冷たく私を見つめた。
「なんでしょうか」
「…………分かっているだろう?おまえは今日勝手に外出したな?」
父は冷たい目で私を見る。だが、睨みはしない。
「はい。私は勝手に外出をしてしまいました」
ここはとりあえず、正直に言った方が良いだろう。
「それは分かっている。それで外出した後、何かあっただろう?」
「―――!」
ここは……驚きを出しちゃいけない。
「いえ。特に何もありませんでした。」
なるべく何もなかった様に言った。
おかしい……いつもこんなこと聞かないのに。
「嘘をつかないほうがいい。私が何も知らないとでも思うか?」
「―――!」
父にそう言われ、今度は驚きを隠しきれなくて、息を呑む。
「別に何も無いですよ。勘ぐり過ぎです。それとも、私になんかあったとでも言うのですか?」
私は内心ひやりとした。
ここでキアランとハンナの事を話したら、何か嫌なことが起きるような気がした。
ここは……何も言わない方がいい。いくら父でも悪魔の存在には気づかないはず…―――
今の父に話したら、キアランとハンナが危険にさらされることぐらいは分かる。
「私がそんなこともわからないと思うのか?」
父は冷たく言い放った。冷笑を含めて。
私は何を言っているのかわからない、といったように小さく首をかしげる。
まさか……!本当に分かってる?……いや、いくら父でも気づかないだろう。なら―――
「それならお父様はどうお考えになっているのですか?」
「フッ。いいだろう。私の考えを話す。私は屋敷からおまえが出たことにすぐに気づいた。それで、うちの爺やに使用人がおまえを見ていないかを聞いたのだ。そうしたら、部屋から出ていないと使用人は言った。つまり、おまえに部屋から出ることのできる唯一の手段は、扉間の扉の鍵しかない。それで、おまえは扉間に行った。どうだ?あったっているか?」
「…………」
私は図星だったため黙り込んだ。
でも、そこまでは何とかごまかせる。本題はここから――――
父は私が何も言わないと悟ったようで続けた。
「扉間に行き、扉も通ることも無く、そこで何かしていたのだろう?そこで――――」
父はそこで黙り込んだ。
そして、顔をしかめる。
「そこで……?」
父が、本当におきた事を言うんじゃないかと、冷や汗が出る。
「そこで―――悪魔に、襲われたんじゃないのか?」
「違う!襲われてはいない!」
しまった!
これじゃあ、悪魔と接触したのが分かっちゃうじゃない。それに……キアランに襲われたか。
私はあわてて口を押さえるがもう遅い。父は見逃さなかった。
「『襲われては無い』ということは、何かされたということか!」
父は血相を変えて、机を大きくたたいた。
「大したこと無いもの。私が転んで、そこを助けてもらっただけだよ!」
我ながら、良くこんな嘘が言えたもんだと思った。
父は私が言う前から、私が悪魔とかかわっていたことも知っていたのだから、恐らく―――
父は一旦椅子に座りなおす。
「いや……そんなことは無い。おまえの体からは、悪魔の軽い呪文の痕跡。そして、悪魔の回復の呪文の痕跡があった」
「――――!」
そんな……!どうしてそんな事が分かるの……?
父は私が何を思っているのか分かったらしく言った。
「それは、昔、私も悪魔とあったことがあり、その者と同じような感覚がしたからだ。」
「まさか!そんな、お父さんも」
はっ!しまった、ついお父さんって言っちゃった。あの日以来父上と呼んでいるのに。
「今度から、もう……そう呼んでくれないか?そのほうがもう、私の気は楽だ」
父は一瞬だけ顔を緩める。
「…………」
私は父がどれだけの事を思っていたかは知らないが、父も寂しかったのだろう。そして、何故か私は自分から父と距離をとっていたような気がした。私はそれが何故か距離を置いていたのを腹立たしく感じる。
父がそう言ってから、しばらくのときがたった。父はやっとの思いで口を開く。
「……だから、お願いだから。危険なことはやめてくれ。俺を……俺を一人にしないでくれ」
父は、私にせがむようにそういった。私はこんな父を見るのは、ずい分と久しぶりのような気がする。
「ごめんなさい、お父さん。私悪いことしてたよ、今度から気をつけるよ」
視界が曇る中、私は精一杯笑顔で笑った。
何故か笑わなければならないと思った。何故だかは分からない。
「お父さんっ。また、明日」
父は目を大きく見開かせて、ドアを出て行った私を見ていたような気がした。