第9話 帰って下さい
「はぁ⋯⋯輝夜様は最高だったな」
家に戻ると、もう真夜中過ぎて時間的には翌日になっていた。月が綺麗ですね⋯⋯それは輝夜様を賞賛するための言葉にすべきだよ。
「そなた⋯⋯輝夜様はおおらかな御方だが、無礼を働いて怒らせるでないぞ」
月の満ち欠けによる潮の流れ、地軸を大きく揺り動かす力があると脅された。そんな物騒な人だったの。昔話に出てくるかぐや姫は不誠実な貴族達に言い寄られて面倒事を避けるために、困難な試練を課す無力な少女って感じだったような‥‥。
「御伽話などあてにならぬと、輝夜様も仰っていたろう」
着慣れない着物でサイズが合っていないのか肩がはだける明星さん。どうあってもエロい格好をやめられないの、この人?
「そなた、また吾を扇情的に扱う」
「そんな事を考えてませんて。明星さんは金星の人なんでしょ。何で僕の思考が読めるんですか」
「そなたの顔が、目尻が下がり鼻の下が伸び、間抜けた口の開け方でキモくなるからに決まっておる」
心を読むまでもなかった。健全なる男子高生だから、気持ちとは裏腹に顔は正直だった。見たまんまを伝えてしまうと現代ではアウトなのだが、先に邪な表情を見せた僕は返す言葉がなかった。
あのバニー衣装は金星人に残された戦闘用の遺物らしい。火鼠の皮より入手困難な火竜の鱗で出来た代物。炎の海に飛び込んでも、火傷一つ負わない不思議な力があるそうだ。痴女気質で、魅力ある身体を見せつけたいわけではなかった。
「バニー衣装が凄いのはわかりました。それで⋯⋯結局僕は何を手伝えばいいんですか」
輝夜様とは暇つぶしの相手のための面会だったようで、詳しい事は明星さんに聞くように言われた。
「基本的には飛来物や放射線を散らす対処をしてもらう。雲には雨を降らせるだけでなく、防膜の役割もある」
僕が闇雲に能力を使うのをやめさせに来たのは、そういう理由があったのだ。
「でも⋯⋯雲がなくて、雨がまったく降らない酷暑とかありましたよね。」
「環境の荒れたのは、指導者共の自業自得。吾らはあくまで外敵の排除に力を注ぐのみ」
地上に関する内政不干渉を貫いているらしい。自滅するのは助けない方針は徹底している。外敵が何なのかわからないけど、月の民は地上の国を追われた後も、過去の約定通り僕たちの世界の防衛を続けて来たという。一見澄んだ空にも、目に見えない防膜が張られているそうだ。
「まあ、どうでもいいや。任務果たせば、輝夜様、褒めてくれるよね」
「どうでも良くはなかろうが⋯⋯う、うむ、そうだな。輝夜様はそなたに期待しているぞ」
明星さんは何故か引き攣った顔をする。たかが男子高生に世界のことなんかわかりようがないし、雲をいじるだけしか能がないのに、破滅に向かう世界の命運を託されても困るからね。
「それじゃあ教わった通り、貰った月の石に漬けた水で練習しておくから、明星さんも戻って、輝夜様に頑張りますと伝えて下さい」
月の力が潮の満ち引きを生じるように、月の石で浸した水を天雲の力で動かせるようになる。ペンダント型にしてくれたので、水さえあればある意味能力は自由に使える。今夜はもう眠いし、これなら部屋の中でも出来るので練習は明日からにしようと決めた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「あの、戻らないのですか?」
「そなたの教育を任されたのだ。何故戻る必要がある」
「はいっ?」
「吾はそなたが天雲の力を正しく扱えるまで、補助をまかされておるのだ」
「それは僕にもわかります。だから今日はもう遅いし、練習は明日からやりますので、明星さんも帰って休んで下さいよ」
「何を言っておる。しばらくあちらには帰らぬぞ?」
「えっ、じゃあ、どこかホテルにでも宿泊するの?」
「別に宿など取らずとも、この部屋に寝る場所があるではないか」
「いや、待って下さいよ。ベッドは一つしかないし、妙齢の女性と一緒の部屋とか無理ですって」
見知らぬ女性ではなくなったけれど昨日今日会ったばかりの女性を泊めるとか、家族に知られたら、怒られるに決まっている。
「⋯⋯お兄ちゃん、煩いよ‥‥。お母さんに怒られるよ⋯⋯」
隣の部屋から小望が文句を言いに起きて来てしまった。寝ぼけてるようで、僕の部屋にやって来ても、いつものような毒気がない。そうだ⋯⋯明星さん透過とやらの能力で隠れられるんだよね。
「そなたの部屋が駄目なら妹御の部屋に泊めてもらうとしよう。良いか、小望?」
「⋯⋯うん、お姉さん誰? お兄ちゃんの友達? 小望のベッドは狭いけどいいよ⋯⋯パジャマはお母さんの借りようね⋯⋯」
なんかあっさり小望が明星さんを連れて行ってくれた。妹のおかげで色々問題が起きる前に、とりあえず明星さんを部屋から追い出せた。あの人、恥じらいはあるのに貞操観念はないの? 何となく、指示した輝夜様の悪戯心を感じた。
翌朝、小望が目覚めた時に騒ぎになるかもしれない。その時は知らぬ存ぜぬを押し通すしかないな。勝手に入って来たのは間違いないし。
今日は練習したわけじゃないのに、ドット疲れが出た。明日の事は明日に任せ、僕はベッドに潜り込んだ。




