第7話 月曜日よりの使者
夕食後──窓を開けて月が出ているのを確認すると、僕は再び夜空に浮かぶ雲を相手に練習を開始した。トラウマの事は忘れよう。僕の能力について小望からも聞いたと伝えた時点で、悪戯のヒントはくれていたのだ。
小望から送られるであろう動画には、舞い上がった後、愕然とする僕がバッチリ撮影されている。明日、からかわれるのが確定した以上は諦める。
妹は特訓には興味がないので、下の階で母さんとゲームをして遊んでいる。生意気だけど、何気に母さんの気を逸らしてくれているのだと思う。
「小さな雲だと、なかなか大きなものは作れないな」
僕の学習の成果もあって、雲だけではなく雨水からも成形可能になった。ただ雨水を貯めるバケツ一杯程度ではパラソル一本分くらいしか作れない。水道水や雨の降った後の川とかは、余分なものや不純物が混じりすぎるのか、何も作れなかった。
そこで先に受け皿の小さなプールを庭につくり、少しでも雨水を貯めることにした。我が家だけ集中豪雨が続けば、地域の水不足や、環境破壊になりかねないからね。
この水を使って特訓するのは良いのだが、たまたま通りかかった通行人が僕を見たら、窓を開けてブツブツ怪しい仕草をする少年にしか見えないので気をつけたい。
もう一つわかったのは、昼間よりも月の出ている夜の方が集中しやすいのか、僕の調子があがる。昼間でも月が出ている事もあるけど、だいたい授業中だからね。窓を開け放つと、ジメッとした空気が入る。それも僕は回収出来るようになったので、夏場は除湿機いらずになりそうだ。
────梅雨明け宣言はまだだけど、すでに暑くなり始めた、とある月曜日のこと。重苦しく湿気ばかり高い新月の夜だ。月もみえず、大きな雲は出ていないので除湿だけして、今夜は休むことにした。
「お兄ちゃん、寝るならお風呂入ってからにしなよ」
「小望‥‥ノックもせずに入ってくるなよ。あと、しっかり髪乾かせ」
小言に小言で返すと、小舅ジジーみたいと呟いて妹は出ていった。怖い思いをしたのに、僕の能力について一緒に検証を続けてくれるので、文句は最小限にとどめている。
────ゾワッとする気配がした。
ベッドに寝そべりスマートフォンを弄る僕の部屋の窓の側に人が立っていた。
僕の部屋は2階だ。湿気っぽいから窓は閉めたし、鍵は掛けた⋯⋯よな。小望が出ていったばかりなので、部屋の入り口から侵入したのならば、妹が気づいたはず。
どこから入って来たのか、圧の強い派手な真っ赤な生地のバニーさん。イベントとかでもめったに見る事がないバニーガールが目前にいたんだよ。腰まである黒く細長い髪をウサ耳カチューシャで飾り、ボンキュッボンなグラマラスな身体に太ももが眩しい⋯⋯。手にはバニーに似つかわしくない修行する人が持つような錫杖を握って、僕を睨むように見ている。
「あの⋯⋯いったいどこから入ったのですか? っていうか誰ですか」
美腹の髭のおっちゃんじゃなくて良かったよ。美人レオタード怪盗の知り合いかな。
「吾は月よりの使い、明星ぞ。そなたじゃな、この所、天つ雲の力で悪戯を繰り返すのは」
ドロボーさんではなく、クレーマーだった。先に断崖⋯⋯じゃなくて、空を登ったクライマーは僕たちだけどね。
「月からの使者が、ボンキュッボンなバニー美魔女なわけないし⋯⋯今夜は大人しく寝ますのでお帰り下さいませんか」
確かに僕はゲーハなおっさんよりも、綺麗な美魔女のお姉さんを願った覚えはあるけどさ。思春期の少年の心は雲より早く移ろいやすいものなんだ。いまの僕は悪友のせいで、好みが歪んでいる。
というか月の兎が、ド派手なバニーガールのエッチい衣装の人とか、色々各方面から苦情来るからやめてほしい。あと目のやり場に困るし、逆に迫力あり過ぎて萎えるというか怖い。
「何を言ってるのだ、そなた? 天雲の力を得たからには、吾らに協力してもらうぞ」
僕の周りに何故かよくいる、人の話を聞かないタイプだ。どうやって侵入したのかわからないので、再び断るには勇気がいる。
妄想力を高めるなら、想像をかき立てる姿こそ正解だ。あと美魔女のお姉さんと言っても、母さんくらいの歳の人だし⋯⋯。
「なかなか考え方がキモいわね、そなた。あと喧嘩売ってらっしゃる? 表に出なさい、殺してさしあげますわよ?」
バニー姿に似合わない、手に持つ錫杖が薙刀へ変わる。この月から来た使者⋯⋯ヤバい人だった。あと言葉遣いがおかしい。キャラクターがブレすぎじゃないか。僕の思考を読み無理に現代の日本の言葉にしようとしている感じだ。そして何故かキモいの使い方は、正しく使いこなせる不思議。
「せめてさ、おしとやかなかぐや姫さまの話なら聞きますよ」
「かぐやがおしとやか⋯⋯おかしな事を言う童‥‥少年じゃな」
「えっ、その言い方だと、かぐや姫さまって、いまも月にいるの?」
「吾らに力を貸すと約束するならば、会わせてやってもよいぞ。むしろ話が早くて済む」
「それは、かぐや姫さまの元に案内してくれるってこと?」
「そうじゃ。天雲の力が何故そなたに宿ったものか、吾も興味深いものぞ」
その名前の輝きとイメージのためか、様々な物語の主役級として、いまも語り継がれる存在。この明星さんの言うお姫様と、僕の知る昔の物語のお姫様が同じ人物なわけはないと思うけど⋯⋯まさかね。




