第5話 傘の下、ベタつく兄妹
落下を体感出来る速度になって、僕も小望をしっかり離さないように支える。羊のせいか超眠い。残り少ない気力と労力で飛ぶイメージを作るしかない。
飛ぶ‥‥フライ⋯⋯バタフライ⋯⋯イカフライ⋯⋯エイヒレ‥‥いま邪魔しないで父さんのつまみ!!
イカじゃなく、エイでもない三角の⋯⋯そうだ、ハングライダー‥‥いやそれも違う、パラシュート!!
僕は役に立たなくなった気球を壊し、パラシュートをイメージする。父さんとフライのせいで落下速度が増したじゃないか。
出来たのは落下傘‥‥大きなパラソルだ。パラシュートは仕組みがわからなかったし、紐が切れたら終わりだもんね。
「────ウゴッ!?」
風圧と落下速度が弱まり、強いガクッとした衝撃に身体が持っていかれそうになるのを堪え、傘と小望をしっかり掴む。ベタついていて良かった。
「小望、傘を握る所を足場にして、棒に掴まり直せるか?」
「うん。この期に及んで妹と相合い傘とか、お兄ちゃんらしいよね」
「着地に備える。舌噛まないように、歯を食いしばるんだぞ」
小望は黙って頷く仕草をする。妹の生意気な軽口が戻って来て、悔しいけれど安心した。着地まで、まだ気は抜けない。足元の傘を握る部分をホッピングに変えて、小望の足元にはフワモコを増加し負担をなくす。本物の傘なら、傘が壊れ今頃は大変な惨劇になっていたはずだ。
妹を守るという、新たな使命感と妄想厨全開の状況が、僕の謎能力に力を与えてくれた。いまなら異世界にだって飛べそうだよ。
「⋯⋯お兄ちゃん、お家の屋根が見えて来たよ」
喋らないように伝えたが、僕のために小望はサポートしてくれた。僕はパラソルの形を変えて、ヒラヒラと花びらが舞い落ちるように落下した。急速にかかる重力を軽減すれば、身体への負担も少ない。
小さな妹のために、それでも着地には気を使い、フワモコクッションやホッピングのバネ効果もあって、我が家の庭に綺麗に着地は決められた。初めてにしては上出来だと褒めてもらいたい。
調子に乗った僕の水を差すように、僕としがみつく小望めがけて土砂降りの雨が滝のように振り注いだ。夜風にさらされ、鼻水が止まらない状態になったのは言うまでもない。
「ねぇ、お兄ちゃん。ベタベタしたのがネトネトヌルヌルして気持ち悪いんだけど」
「小望のために、めっちゃ強く想いを吐き出したからな」
「⋯⋯⋯⋯やっぱキモ兄はキモいんだね」
無事に帰れた、と思ったらこれだよ。安全になった瞬間からの、キモ呼び。安キモかよ‥‥だからそれは、父さんのツマミ!!
言い方が悪かったせいで、上昇しまくった妹の兄に対する好感度は簡単に地に墜ちた。そして不思議な能力を得た僕の試練は当然まだ続く。
我が家だけを狙った集中豪雨。その庭で騒ぐ息子と娘。びしょ濡れで納豆のような糸引く粘つきヌルヌルした兄妹の背後に、恐ろしい顔をした鬼女が静かに近づいていた。
「夜中にパジャマで外に出て、おまけに二人共びしょ濡れって、どういうことなの!?」
正確には濡れたのは僕だけだ。小望はネトネト膜コーティングのおかげで、顔しか濡れなかった。ベタベタだけど。
「お叱りはわかりますが⋯⋯母さん、ずぶ濡れなので、先にお風呂に入らせて下さいませんか」
雲一つない月の夜に雷が落ちた。肌寒さで震える僕の青白い顔は見えないらしく、母さんの怒号が響く。ご近所迷惑だよと、火に油を注ぐような真似は出来なかった。
顔だけ出して寒かったのか、真っ赤な鼻のトナカイのような小望は、ヌルッと移動する。何事かと庭先にやって来た、真っ赤な顔をしたサンタ腹の父さんに「お兄ちゃんがぁ〜〜〜」 と、ただそのひと言を告げて、先に家の中に逃げた。全て翔が悪い‥‥そんな空気感が出来上がった。
「お父さんも翔を叱って。まったく、こんな遅くに子供だけで⋯⋯」
父さんは僕と叱る母さんを見るなり、とばっちりを受ける前に小望の後を追うように逃げた。────役に立たない父さんですまん、翔⋯⋯何となく目がそう訴えていた。介入する気はないようだ。いやマジで落下中も役に立たなかったよ、父さんよ。
────⋯⋯寒い。
僕は、またも風邪を引いて寝込むことになった。級友には、身体の弱い子に思われそうだ。一晩たって冷静さを取り戻した母さんがしきりに謝っていたが、悪いのは僕だ。あと‥‥お説教を回避して、ベタベタを先にお風呂場でシャワーを浴びた、小望の後始末のせいだ。排水溝がお餅を詰めたように詰まっていて、冷え切った身体を温める前に掃除をする羽目になったからだ。
「ごめんね、お兄ちゃん。小望も反省しているんだよ」
お兄ちゃんがぁ⋯⋯の一言で、全ての責任を回避したあざと可愛い小学生の妹。
「まあ⋯⋯小望は風邪も引かず、無事に戻せて良かったよ」
兄として、妹だけでも無事に帰したかったのだから本望だ。叱られたのも、能力を試した結果の自業自得、小望のせいじゃない。
「えっ、お兄ちゃん覚醒した? 熱でもあるの?」
風邪を引いて寝込んでいる兄に、この妹は何をほざいているのだろう。照れる意味もわからない。
「後始末大変だったけどさ、小望⋯⋯月が綺麗だったろう? 」
熱で朦朧としながらも、そう小望に伝える。夏休みくらいになればこの能力の扱いも慣れて来るだろうし、熱い夏の夜ならば、空の月見旅も楽しそうだ。
「⋯⋯⋯⋯お兄ちゃんさあ、そういうトコだよ?」
「何がそういうトコなんだよ??」
何故かとても冷めた目の小学生の妹。コンコン咳をする僕に、母さんが鬼ではなく天女に見えるくらいの真顔で懇々と説教をされたのだった。
お読みいただきありがとうございます。企画のため、キリのよい所までストック放出致しました。次話以降は、またストックの出来次第投稿します。




