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冷遇武家の次男坊、乱世に揉まれる。今川了俊物語  作者: 山根丸


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甘くない世界

「逃げろ逃げろ逃げろ!」


 肺腑の痛みを置き去りに、走る、走る。ひた走る。


 刀を投げ捨て、兜を脱ぎ去り、ひたすらに。


 今川貞世、10歳。


 初陣は見事な、負け戦であった。


 ※


 京の都は守りづらい。古くは壬申の乱、源平合戦にはじまり、近年の後醍醐帝打倒戦に至るまで、京都に陣取った勢力は敗れ続けた。


 四方に道が開かれ、人が流れ続ける街。人口過密でありながら食糧生産に乏しい。そんな街。


 京の都から直冬が撤退したのは、当然の対応だったかもしれない。


 そもそも直冬の本拠地は西国だ。京都に留まる理由はない。尊氏の不意をついて占領し、示威行為を行った。十分と考えたのだろう。


 尊氏本軍が着いたころ、都はもぬけの殻だったそうだ。


 で、尊氏軍は大軍であることをいいことに堂々と入京。直冬軍を追って西に進んだ。


 後続も追随せよとのことなので、貞世は半ば物見遊山の気持ちで初上洛を果たした。


 殿村はぴりぴりしていたけれど、有力諸家子息連合軍《張りぼて軍》のすぐそばに 近江佐々木家の主力が行軍していた。


 直冬軍が西に移動した今、この軍勢を脅かす存在はいない。


 はずだった。


 ※


 ドッ、ドガガガッッッ


 鳴り響く馬蹄、凄まじい速度で大きくなっていく。


 殿村が馬を止める。


 ぽっかぽっかと歩を進めていた貞世も、それに倣った。


「殿村『お静かにっ!』。」


 貞世を制止、険しい顔で音の発生方向を見やる。


 砂ぼこりとともに、黒光りの軍勢が出現した。


「ご、五七桐・・・」


 うめくように殿村がこぼした。


 五七桐とは家紋のひとつで、家紋はひとつの一族しか使えない。


 うちは赤鳥紋。足利宗家は丸の内に二つ引き両。


 五七桐は・・・


「桃井の、軍か?」


 貞世がおそるおそる尋ねると、殿村が首肯した。


 桃井は足利一門で、鎌倉府打倒よりの功臣。


 越前の国を領する有力大名で、直義派屈指の、武闘派である。


 直義派で活躍しすぎたので、尊氏に降伏することもできず、直義の養子である直冬に付き従っている。


「直冬は、西に向かったはずじゃあ。」


 絞り出すように声を出す貞世を、殿村が張り倒した。


 馬の巨体に沈み込む貞世をしり目に、殿村が声を張り上げる。


「今川兵、西へ!」


 かすれただみ声は、吶喊の掛け声にかき消された。


 ※


 その後は、地獄だった。


 混乱する佐々木軍と、阿鼻叫喚、我先に逃げ出さんとして味方同士がぶつかり合い、殺し合いまで始めた張りぼて軍。


 桃井の精兵は楽な方から始末するタイプだったようで、あっという間に軍がこちらに向かってくる。


 殺されまくる兵たち。はじめての戦場にビビり散らかす子息たち。お目付け達による立て直しや、佐々木軍の援護も虚しく軍勢は加速度的に減り続け、ついに佐々木軍を巻き込んで遁走を開始した。


 ※


「はやく!はやく駆けなされ!」


 ざかざかざかと音を立て、顔をしかめて走り続ける。


「西へ、とにかく西へ!」


「に、西に何があるんだ!」


「桃井軍を御味方にぶつけるのです!あれほどの精兵をわれらに振り向け続けるはずがない!おそらくは京の都の再占領や、尊氏殿の本軍を挟撃する狙いでしょう!ならば、その本軍がいる西に逃げればよいのです!」


「桃井、もろとも、殺されないか!?」


「そんなことを、考えている、余裕が、ありますかっ!」


 息も絶え絶えに走る。全員で同じ方向に走りだしたので、とりあえずうち(今川)のやつらはついてこれているようだった。


 走って走って奔って


 進行方向に、土煙が見えた。


「貞世様!」


「お、おうっ。」


「南へ逃げませい!石清水の、八幡宮でお会いしましょうぞっ。」


 ではっ


 貞世が頷くまえに、殿村は貞世を馬から抱え上げ、小さな袋を持たせて川に投げ飛ばした。


 浮遊感とともに、景色が遠くなる。


 ぼちゃんという水音を最後に、貞世の意識は途絶えた。









簡単解説 家紋

史実の家紋はあらゆる家で重複していたらしいが、ややこしくなるので今作では一家一紋。その都合上今川家は後年の英雄義元の家紋を拝借することになった。


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