田原台の戦い
今川貞世。14歳。
経験した戦の数は、大小合わせて12。
うち、小競り合いが10、大戦が2。
大戦は一勝一敗。
小競り合いは5勝5敗。
そう。この若さで、すでに6回も退却戦を演じている、退却戦のエキスパートなのだ!
・・・なっさけない。
貞世は走りながらため息をつく。これで勝敗は6勝7敗。負け越しである。
「逃げてばっかりいるなあ。」
諦観の念とともにつぶやくと、並走している兵が励ましてきた。
「なあに。生きてりゃ次がありますよ!」
「そうです、そうです。今は目の前のことに集中しましょう。」
「斯波のやつらに押し付けて逃げる計画がずたぼろだあ。」
わあわあ言いながら走る。ここにいるのは貞世の戦歴をほぼすべて共有している兵たちなので、逃げ足は速かった。
その点は、甘い汁を吸ってきた斯波の兵との違いといえるだろう。
逃げる今川・斯波の軍。追いかける謎の軍。
山に逃げ込めた斯波兵と、ひらけた平野をひた走る今川兵。
謎の軍は一瞬立ち止まり、こちらに進路を向けた。
「ちくしょおぅ!」
「あっちいけよぉ!」
「てめえらの山だろうが!なに指くわえて見てんだ!」
息も絶え絶えに愚痴りながら必死に走る。
前方から土煙が見えた。
「は!?いい加減にしろや!」
「どこの兵だぁ!」
ヒートアップする兵をしり目に、家臣が貞世に近寄ってくる。
「若様!挟まれます!」
「わかってる!」
南西から謎の軍。北西から謎の軍。
「き、北に逃げましょう!」
「無理だ!」
今しがた通った領主は日和見だ。
敵に追われている小勢なんぞ、獲物としか思わないだろう。
「南だ!南に進め!」
「は!?」
「とち狂ったんか!?」
「わざわざ敵にぶつかりにいくのか!?」
「南のぉ!住吉神社に逃げ込むぞ!神社領は聖域だ!血は流せない!」
貞世は右手を大きく上げる。
「総員、とっつげきぃ!!!」
くるりと反転した今川軍は、南東へ猛進した。
※
ぜえ、はあ
おえっ
「吐くな、吐くなよ!」
「うっぷ・・・こらえた。」
「よおし。」
疲労困憊。ずたぼろの今川兵は、あちこちの地面に転がっていた。
ざくざくざく
足音がする。
整然としたその音を聞き、のろのろと今川兵が武器をとる。
戦う前から負けそうだ。
そう言う貞世も大した違いはないのだが。
「お主ら、どこの家の者だ。」
涼やかな誰何の声が響いた。
どこかで聞いたような声。
貞世が記憶をたどりながら声の主を見やる。
声の主も貞世を見やった。
・・・あ。
「美童じゃないか。」
貞世は相手を指さした。
さされた相手は顔をしかめた。




