細川家第二軍
「ふ、ぁああ。」
「おぉい、緊張感持てよ」
「わぁるい。わるい。」
わははは
返事すら間延びするほどに、男たちはゆったりとした心地だった。
細川家の第二軍。総数3000人に達する大軍に彼らは属していた。数の力を前に、警戒心もだるんだるんである。
軍は大きく三種類に分類される。
一つ目は、戦闘員のみで構成された軍。足手まといがいないため機動的で、戦闘への即応力も高いが、荷物持ちや馬引き、旗持ちや中間などのサポート役がいないため、持続力と威厳がない。一歩間違えれば山賊である。少数部隊のみこの形式をとれる。
二つ目は、戦闘員とサポート役で構成された軍。長距離の遠征にも耐え、戦闘もこなし、他家を迎えても恥ずかしくないほどの威厳がある。当主自らが出陣する際はこの形式が多い。
三つ目は、戦闘員とサポート役と野次馬で構成された軍。長所は数が多いことで、短所は数が多いことだ。
今回の細川軍は、三つ目に区分される。農繁期だというのに、わらわらと道中の民衆が参加し、軍勢は膨れ上がっていた。
※
「朽木領ってさあ、遠くね?」
ぽつり、と一人の仲間がつぶやいたのを皮切りに、その部隊は賑わいを取り戻した。
「もう10日は歩いとるわ。」
「いいや、二十日は経っとる。」
「暇だなあ。」
「いい加減疲れたよな。」
「朽木領ってなに?」
「俺たちが向かってるとこだよ。」
がやがやがやがや
背後で大きくなる喧騒に、その部隊の先頭を行く足軽小頭は顔をしかめるが、注意はせずにやりすごした。
後ろで歩く兵たちは皆百姓だ。近場での小競り合いはともかく、こんな大遠征の経験はない。
食料はしっかり給付しているとはいえ、いつ不満が爆発してもおかしくはなかった。
(・・・はぁ。)
足軽小頭はため息をつく。百姓を軍に引き入れるために仕方がないとは言え、自分たち侍は自弁だというのに、百姓は朝晩支給されるというのは、どうにも気分が悪い。
(使い物になればいいけどな。)
自分で考え、自分で否定した。たかが百姓に戦は無理だ。どうせ戦場に着いたら逃げ出すに決まってる。
(殿も無駄なことを・・・ん?)
揺れを感じて、足軽小頭は歩を止めた。
がやがやとうるさい兵たちを押しとどめ、辺りを見渡す。
丹念に目を凝らすが異変は見当たらない。そのうち兵たちが「やれ休憩か」と具足を脱ぎだしたので、制止して再び駒を進めた。
ぉぉぉ
「いいから行くぞ!」
「えー」
「じゃあなんで止まったんすかー」
おおお
「?」
「あれ、小頭、なんか聞こえません?」
「・・・やっぱりか?」
うおおおおおおっ!!!!
バババッ
「痛ってえ!!!」
「うぎゃあ!!!」
「わああ!!!」
突如何かが飛んできた。
矢だ、矢が飛んできた。
慌てふためく兵たち。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け!」
必死になだめる。やばい。こんな隘路で、敵襲なんて。
矢が飛んできた。ならばその次は・・・
ドンッ
「うおりゃああ!!!」
「死にさらせえ!!!」
「いてまえやああ!!!」
わああああああああ
ざしゅ
ドガッ
ぶんっ
来やがった
「あわてるな!槍もて、振り回せ!」
必死の声かけも空しく、兵たちは切り伏せられ、槍で突かれていく。
「おらああ!!!」
「ぐっ、てめえらあ!」
自ら槍を振るい、応戦。
部隊は瞬く間に大混乱に陥った。
どれぐらい戦ったのか。きっと数合にすぎないのに、ひどく長く感じられた。
「おいっ兜首だ!」
「落とせぇっ!!」
聞こえてきた言葉に、一瞬身体が固まる。兜首、それは何を指し示しているのか。
声の方向に目を向けると、松笠菱紋の旗が引き倒されていくのが見えた。
やばいっ
「と、殿を守れぇ!」
ぶんぶんと槍をふり、ひた走る。
百姓どもなど知ったことか。殿を、殿を守らねば。
一心不乱に走り、指物の側までたどりついた。
「・・・あ、れ?」
え?
足軽小頭は、目の前の状況が理解できなかった。
殿を襲っているはずの敵が、なぜか崖を駆け上っている。
・・・は?
混乱する細川兵をしり目に、謎の敵兵たちは街道から姿を消した。
「お、追わねばっ。」
「よせ。」
「と、との!ご無事で!」
我に返った足軽小頭を第二軍の大将が制止する。
「伏兵がおるやもしれん。まずは兵をまとめねば。」
「は、ははっ。」
そ、そうだ。その通りだ。
足軽小頭は突然の災難でぐちゃぐちゃになった隊列を見ると、気を引き締めなおして駆けて行った。




