後続部隊
ざざざざざっ
「う、そだろ」
絶句する兵たち。数日間、必死に駆けてきたその先で、彼らは先回りされていたことに膝をつく。
貞世も同様だ。正反対の方向へまっすぐ走ってきたのに、なぜ追い付かれたのか。その疑問が恐怖となって襲っていた。
家紋が掲げられる部隊は、その家の当主が必ずいる。
部隊が一族の核であることを意味していた。
疲労困憊の300余名では太刀打ちできない。
(・・・ここまでか。)
貞世は、大きく息を吐いた。
「あれ、さっきの部隊と違いません?」
素っ頓狂な声が、貞世の耳に届いた。
にわかに兵たちが騒がしくなる。重く張り詰めた空気が霧散するのを感じた。
「後続部隊ですよ。あれ。」
「・・・そうか?」
違いがわからん。
「先ほどの旗は先駆けの旗でしたが、あれは違いますね。軍容もちょっと異なってる。装いも違うし、多分さっきの部隊とは別の地域の兵ですね。」
・・・へえ。そうなんだ。
正直全然わからん。さすがは歴戦の桃井兵といったところか。
歴戦の今川兵の顔を見てみたが、うなずいていたので多分そうなのだろう。
ふむ、後続部隊ね。
・・・?
わからない。
わからないことはすぐ聞きましょうと和尚が言っておられたので、そうする。俺は素直な子なのだ。
「で、なぜ後続と鉢合わせするんだ?」
「そりゃあ、おそらく、俺たちが一目散に逃げ散ったからですな。」
「?」
「俺たちは森を突っ切ったでしょう?まっすぐに」
「そうだな。」
「遭遇して即逃走した部隊に、全軍を傾けることはありません。せいぜい直接遭遇した連中が追いかけてくる程度ですな。」
「ほお。」
「つまりあいつらと鉢合わせたのは。」
「鉢合わせたのは?」
「偶然です。」
「・・・?」
「いや、おそらくですけどね。多分あれですよ。前のやつらについていかずに進んだんですよ。だからラグが発生した。目的地は近江っぽいですね。中継ぎしながら進んだから、森で泊まりながら進んだ俺たちと、偶然かぶった、ということだと思います。」
「・・・なんだそのわけのわからん説明は。とってつけたような理屈だな。」
「いやあ、ほんとのことはわからないですよ。ま、あれです。真実なんかどうだっていいでしょう?」
「どうでもよくはないだろ。」
「?」
「あいつらの後ろにどれだけ部隊が控えているかわからなければ、待ちようがないじゃないか。」
「待つ?」
「街道を通りすぎるのを待つんだよ。」
「え!?待つんですか?」
「え!?どうするつもりなんだ!?」
「お、襲いましょうよ。この前と違って敵は俺たちに気づいてないですよ。」
「・・・いや、気づいてるだろ。そう、そこだよ。」
「そこ?」
「この前の敵部隊はどこにいるんだ?街道の前か、別の道か?森のなかか?あいつらは俺たちとどの程度距離があると思ってるんだ?」
「・・・さあ?」
「・・・」
貞世は頭をかきむしった。自分たちのような小勢など、一回見失ったら追いかけてこないだろうと高をくくっていたが、近江攻めの軍なら話は別だ。
うろちょろしている別動隊を仕留めてから、幕府領に侵攻しようとするだろう。
どうする。どうしたらいい。どの程度待てば安全に通れる。そもそも待てば安全なのか?後続部隊が途切れなく続くのでは?先鋒隊はどうした?追ってきてるのでは?追ってきてない?
ぐるぐると考えが廻る。どうすれば、どうすれば・・・
「貞世。」
鈴のような声で、はっと意識が覚醒した。
視界に写る兵たちが不安げな顔をしていた。
貞世は、ぐっと身体を伸ばす。そうだ。いかなる時でも落ち着いていなければ。
「やつら、追ってきてるか?」
再度、口を開いた。とにかく兵たちにしゃべらせる。思考停止は大敵だ。今の自分のように、悪い方へと意識がいく。
「・・・森は視界が悪いですから。正直なところ、わかりません。」
「いや、追っては来てるでしょう。崖に登った姿をみられてないとは考え難いですし、こちらが小勢だと思われている以上、街道以外のルートも考えるはずです。」
「となると、進むも地獄、戻るも地獄、か。」
「・・・突っ切るべきですね。」
「というと?」
「この街道を突破して、森をひたすらに走れば幕府方の勢力圏です。森の中に大軍は入れられませんから、細川勢は幕府との対決を街道沿いで行いたいはず。ある程度進めば追手も諦めるでしょう。」
「・・・」
「しかし、突っ切るといったって・・・。・・・?」
一人の兵の言葉が途切れた。
「どうした?」
「いえ、なんか・・・妙じゃありませんか?」
「妙?」
目を凝らす。ゆったりと進む敵の軍。
「・・・弛緩してる?」
「・・・たしかに。」
「油断し切ってますね。」
「・・・?」
「細川の輜重隊が襲われたことも、自分たちの先鋒隊が追いかけてることもわかってるはずだろう?なぜああもだらけている?」
「おそるるにたらず、とか?」
「先鋒に任せているとか。」
「いや、捉えきれてないことぐらい報告されているはずだろう。襲われる可能性を考えてないのか?」
「演技ですかね。」
「うーん。」
皆が頭を悩ますなか、貞世はパンッと手を叩く。
考えても、答えなど出ない。
「どちらにせよ、行くしかない。ここは好機と捉えよう。」
ざっ
居並ぶ兵たちが一斉に貞世に向き直る。
「変に団子になると後ろの奴らが襲われる。突破できるぎりぎりの隊伍まで広がって、一気にいくぞ」
「「はっ」」
「無事に向こうの森にたどり着いても、油断はできない。武具やらなんやらも惜しまず使え。あらかたの荷物はここで捨ててくぞ。」
「・・・あの、貞世様。」
「ん?」
一人の兵がおずおずと手を挙げた。
「惜しむもなにも、物資は打ち捨ててきましたよ。」
・・・あ。
「え、や、槍は?」
「手に持ってたものは、あります。」
「ゆ、弓は?」
「手に持ってたものは、あります。」
「・・・矢は?」
「・・・荷車の、上に。」
・・・あー。
どんよりとした空気が広がる。戦のはじめは矢を射るものと決まってる。こと奇襲戦に関しては、まず雨あられと矢を浴びせ、混乱したところに切りかかるのだ。
・・・無い?無いの?
「矢筒とか、持ってるやつに、周りの弓持ちに配るよう伝えてくれ。どうせ一、二発放ったら突撃だ。」
足りないだろうな。矢筒持ちなんてそういない。
「はい。・・・弓は、いっぱいあるんですけどね。」
「・・・なんで?」
「鹵獲したので。」
「あー。」
ん?鹵獲?
「なあ、この前の矢の束、ある?あの、血で錆びてるやつ。」
「え、まあ一応は。・・・ぅえ!?こっこれ使うんすか!?」
「ないよりましだ!」
「え、いやいや、さすがに武士としてこんなのは。」
「・・・よしわかった。投げるだけでいいから。敵に『うわ、矢だ!なんで!?』って思わせればいいから。」
「えー。」
押し問答をしていると茜が口を開いた。
「文句いわない。」
「し、しかしですね姫様。」
「武士は倒してなんぼ。覚悟決めて。」
「うっ。・・・よぉし。わかりました。やってやろうじゃねえですか。」
「ん。その意気。」
桃井主従のやりとりをよそに、貞世はこきこきと肩を鳴らした。
「瀬田。」
「はっ。」
「今川のやつらに伝えてくれ。とにかく走れ。俺にはかまうな。」
「いえ。そうもいきませぬ。」
貞世は大きく息を吐いた。わかりきった答えだった。こいつがそんなことをするわけがない。ほかのやつらには後で言っておこう。
「お前らには悪いことしたな。こんなことさせちまって。」
「いえ。滅相もありませぬ。」
生真面目一本、淡々と告げる古なじみに、貞世はため息をついた。
こんな忠義の士を送るとは、家は何を考えているのか。こういう奴こそ本家に必要だろうに。
犬死させてどうする。
「貞世様。」
「なんだ?」
範国の真意を測りかねていると、瀬田が声を掛けてきた。
「今川家は苦境にあります。良貞様は上野におり、長渕様は常陸に。佐田様は駿河の南朝勢力と死闘を繰り広げております。」
「ああ。」
今川の一族は、各地の戦場に立たされている。
「憚りながら、貞世様は次男にございます。いずれは一族の槍として、前線に立っていただく御方。」
「そうなるだろうな。」
「早いうちに経験を積んでいただくことは、臣にとっても喜ばしいこと。」
「なるほど。」
「ですから、気に病むことはありません。」
淡々と告げる家臣に、首を傾げた。
「俺がいつ気に病んだ。」
「常に気に病んでおられるではありませんか。」
「・・・」
生真面目なやつだ。軽口やお世辞やその他諸々を、言葉通り受け取ったんだろう。
口だけだ。と言ってやってもよかったが、せっかく好意的なんだ。野暮なことは言うまい。
「まあ、いい。」
貞世は会話を打ち切ると、くるりと辺りを見渡した。
「矢は行き渡ったな。では作戦を伝える。」




