泣きっ面に蜂
その後のことは、よく覚えていない。
気が付いた時には京都にいて、どうでも良い話に相槌を打ち、どうでもいい相手にゴマをすり、どうでもいい酒を流し込んだ。
正月が過ぎ、冬が過ぎ、桜が芽吹き始めても、なんだかどうでもよかった。
薫子が、範氏の側女になったらしい、という話を聞いた。
薫子の父母は、涙を流して喜んだそうだ。
範氏には子がいない。側女とはいえ大事にされるだろうし、産んだ子が跡取りになる可能性もなくはない。
先の知れた次男坊より、どれほど良縁だろうか。
無口になった後輩を、侍所の同僚たちは気にかけてくれた。
酒はどうだ。ばくちはどうだ。
女でも買うか。
あれこれと誘いをかけられ、力なく断るたびに、一層心配げな顔をされた。
ふざけた連中と称されるが、いい人ばかりじゃないか。
桜を見に行こう、と誘われた。
断ってばかりでも悪いので、笑みを浮かべて頷いた。
桜は満開だった。
薫子の笑顔を思い出して二度吐いた。
先輩たちは、酒瓶を投げ捨てて介抱してくれた。
※
「よっ。」
若者が気さくに右手を上げる。土岐家の分家の従兄だかはとこだか、そんな立場の若者は、早足で近寄ってきた。
「調子どう?」
「いやあ、おかげさまで。」
元気です。と頭をかく。
「そっか!そりゃあいい。今度飲みに行こうぜ。」
美味い魚屋を見つけたんだ。
若者が機嫌よさげに去っていく。
小さくなっていく後ろ姿を見て、張り付けた笑みを消した。
こきこきと肩を鳴らす。
悪夢の夜から数か月。多少立ち直ってきた。
いや、嘘だ。立ち直ってなんかいない。
今も薫子と似た背丈の少女を見かけるたび、胸をかきむしりたくなる。
だが、まあ、いつまでも引きずっているわけにもいかない。
それに薫子にとっても、次期当主のもとで暮らした方が、ずっといい生活ができるだろう。
これでよかったんだ。
何百回目の台詞だろう。
毎日毎日呪詛のようにつぶやく。こうでもしないと頭がおかしくなりそうだった。
たった数年遅く生まれただけで、どうしてこうも理不尽な扱いをされるのだろう。
たった数年早く生まれただけで、どうしてああも威張れるのだろう。
いらいらする。
いらいらする。
いらいらする。
がりがりと、頭をかきむしる。
ふと、手を止めた。
いかんいかん。そうだ、薫子のことを思えば、範氏の側女になったほうが幸せだ。
これでよかったんだ。
にこりと笑みを浮かべ、貞世は服についたよごれをはらう。
さて、たまには見回りにでもいくか。
溜まり部屋には誰がいるかなと思案しながら、ふすまを開けた。
ドンッ
・・・
え?
強烈な衝撃に吹き飛ばされ、尻もちをついた。
即座に、押しつぶされる。
な、なにが
「動くなっ!」
大声で制止される。
首根っこをつかまれ、自由の利かない状態で目をこらす。
白と黄色のだんだら羽織。
将軍直下の治安部隊。
「侍所寄人!今川次郎貞世!」
大喝。
空気を揺るがす大音量。
「謀反の罪で拘束する!」




