貞世13歳、秋。
「女郎屋に行こう」と誘われたのは、侍所に勤めて二年目の秋のことであった。
今川の一族として誰に憚られる行いもせず、おさおさ抜かりなくやってきたけれど、年頃の男児であるので当然色事に興味はあった。
そんなわけで、悪い先輩に連れられて京都の色町に足を運んだのである。
「さて、後輩。お前に伝えなきゃならんことがある。」
「はい、先輩。」
貞世に親し気な顔で向き合う男の名を一色正義という。尊氏派重鎮一色家の者なれど、当主の従兄という微妙な立場ゆえに侍所に出向している
なにを気に入ったのか知らんが、貞世にやたら好意的であった。
「ここは秋月屋、格でいうところの中堅だ。女郎屋の格はわかるか?後輩。」
「いえ、わかりません。先輩。」
色を売ることを生業とする女性を、遊女という。白拍子やら傀儡やら、夜鷹やら、まあ色々呼称はあれど、総して「遊女」である。
遊女は大別して三種類、「店付き」「村付き」「家付き」である。
個人でやってるやつらは「家付き」に属する。
宿場の飯盛女なんかは「村付き」という。
街の女郎屋にいる女どもは「店付き」である。
まあ、知らなくても良い話だ。
「さて、女郎屋の格は、ずばり女の質によって決まる。」
「ほう。」
「最下級の女郎屋は、あばた面やら年増やらが筵の上で客を迎える。昼飯を我慢すれば買える。」
「はあ。」
「最上流の女郎屋は、公家の令嬢やら上級武士の娘さんやらがいる。当然値段はとんでもない。」
「とんでもない。」
「大きな商家の主が、一晩の夢のために店を潰すほどだ。」
「おお。」
「で、ここ秋月屋は中堅だ。値段はそこそこ。女もそこそこ。」
「ふむふむ。」
「さて後輩、俺が何を言いたかったかわかるな。」
「はい先輩。」
「よし、それでこそ後輩だ。で、何を言いたかったと思う?」
「我慢できなくなったら、昼飯を抜けと。」
ぽかりと頭を殴られる。
痛い。
「馬鹿野郎め。下ばっか見てどうすんだ。」
「すみません。」
「いいか、後輩。」
「はい先輩。」
「最上級の女郎屋に公家の女がいる。」
「はい。」
さっき聞いたな。
「公家の女を、《《買える》》んだ。」
さも重大そうに先輩はいった。
貞世は、いまいち呑み込めない。この先輩は何を言いたいのか。
深い意味でもあるのかと注意する。
「抱いてみてえなあ公家の女。どんな匂いがするのかなあ。」
先輩は身もだえた。
貞世はため息をつく。
どうやら言葉以上の意味はないようだ。
こほん、と先輩が咳払いをした。
「まあ、そういうわけで女郎買いには夢がある。初めて味わう後輩にとって、今日の体験は夢見心地となるだろうが、けっして満足しないように。」
「はあ。」
「なんだその気の抜けた返事は。金出してやらねえぞ。」
貞世は直立不動になって頭を下げる。
「先輩、自分精進します!」
「うむ!よろしい。では、行こうではないか!」
「はい!」
一色行義がのれんをくぐる。
貞世がいそいそと後に続いた。
桃井からの敗走と直冬との邂逅から、3年。
貞世は都会の男になりつつあった。




