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冷遇武家の次男坊、乱世に揉まれる。今川了俊物語  作者: 山根丸


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14/17

石山寺、今川家の天幕にて

 「入られます。」


 本陣(清氏の天幕)より一回り小さな天幕をくぐる。


 真っ白な布には赤鳥紋が施されていた。


 「父上におかれましては~~」


 一通りの挨拶をすませると、天幕の主が相好を崩して手招きをした。


 歩み寄るが、もっと寄れ、近う寄れ、何度も手招きされ、どんどん距離が近くなった。


 これ以上は近づけないだろとビビったその時、がっちりと抱擁された。


 細川清氏ほどではないが、この父、今川範国も十分に巨体である。すらりとしているので、巨漢と形容されることはないが、立派な偉丈夫であった。


 で、10歳相応の体格である貞世は、思いっきり押しつぶされた。


 くっ、くるしい。


 むさくるしい。汗臭い。い、痛い!


 なんというか、きつい時間を耐えた。


 ぱっと体を離すと、がしっと両肩をつかまれる。


 「・・・うむ。」


 範国は頷くと、ばしばしと肩を叩いた。


 痛い。


 「殿村。」


 「はっ。」


 範国が貞世の後ろに目をやる。影のごとく付き従っていた殿村が、頭を下げた。


 「今後とも頼むぞ。」


 「ははっ。」


 直立不動で返事をし、竿でも入っているかのように垂直に礼をする。


 何年も、繰り返したのであろう主従の儀。その重みを感じるものがあった。


「さて、貞世。」


「はい。」


 範国は真剣な面持ちで、貞世と向き合う。


「此度の戦、ひどいものであったときく。」


「・・・はい。」


「お主の役目は尊氏様に付き従う事、これのみであった。われら(今川)の忠義を示すために、お主は兵を率いて尊氏様の後を追わねばならなかった。」


「・・・。」


「敵の襲撃を受けようと、軍をまとめ、尊氏様のもとにはせ参じるのがお主のなすべき事であった。」


 そうだな?と問われる。


 貞世は大きくうなずいた。


 そう。今回の行軍はそのためのものであった。直義派一掃のため、尊氏の権威を示すためのもの。脅威も障害も切り捨てて、進まねばならなかった。


 ・・・そうなの?


 貞世はちらりと殿村を見やる、殿村は沈黙を保っていた。


「なぜ、そうしなかった?敵に挟まれたとは聞いたが、うまく抜けることはできただろう。いや、抜けようとすることはできただろう。なぜ、一目散に逃げた?」


 ・・・今回の行軍を、理解していなかったからです。


 ただ京に行けばいいと思ってました。兄上がそう言ってましたよ。


 ぐるぐると思考がうずまく。大いに混乱している。


 知りませんでしたぁ。なんて馬鹿な答えは言えない。


 《《それは》》言えない。


 ・・・


 ・・・


 ・・・


「われらは。」


 貞世がぽつりとつぶやく。範国の目が細まった。


「われらは、直義様の近くにおりました。」


 範国が無言で続きを促す。


「桃井らのように徹底抗戦を迫られるほどではありませんが、十分に直義派として活動いたしました。尊氏派と戦をしたことも、一度や二度ではないと聞き及んでおります。」


 細川、一色、小笠原、仁木。


「薩埵峠の戦いでは尊氏派として戦ったものの、それまではさんざん直義派としてふるまいました。」


 畠山、佐々木、赤松。


 尊氏派の武将と殺し合いを繰り返した。


 今しがた受けた仕打ちを思い出す。


 最終決戦で味方だったがゆえに許されたが、憎くて仕方がないという武将も多いだろう。


「『足利の世は揺るがない。』以前そうおっしゃいましたね。」


 範国の目を見る。真剣な瞳が、貞世を捉えている。


「足利尊氏公の世では、当然長年の尊氏派が優遇されます。旧直義派で、かつ尊氏派に恨まれている我々の立場は、苦しいでしょう。」


 今も、叔父をはじめとする一族が、奥州で血を流している。


「そんな我々が、ゴマをすって何になりますか。手勢を失い、身一つで駆け付けたからなんだというのですか。」


 そうだ。


「桃井の急襲に耐え切れず、遁走した。その風評をきっと尊氏派は喜ぶでしょう。」


 そうとも。


「これ幸いに、『今川家の武名落ちたり』と喧伝するはずです。」


 そのために。


「今川は、今川として、身を立てる必要があります。」


 この世の中で、その立場を。


「足を引っ張られないためにも、できることはするべきです。」


 貞世は、胸を張った。


 この、まったくのでたらめ。


 考えながら話しただけの実に支離滅裂な理由説明。


 実にひどかろう。範国もあきれたに違いあるまい。


 そう。


 貞世は。


 戦が、怖くなった。


 怖いのである。戦が。


 ぎらついた兵士に追い掛け回されるのも、昨日楽しく会話した味方が首だけになっているのを目撃するのも。


 怖い武者に強くあれなどと言われるのも。


 怖いおっさんたちにいびられるのも。


 すごく怖い。とても嫌だ。


 適当な寺院に入って、書物でも読んで生きたい。


 ぐっと貞世は範国を見つめた。


 この父は、歴戦の武士もののふだ。つらい思いをしたことも、一度や二度ではあるまい。


 壁を乗り越え、うち砕いてここにいる。


 きっと目の前の小僧の意味不明な言葉の羅列に、いら立ちを覚えたに違いない。


 さあこい。さあ叱れ。


 俺の穏やかな人生のために!


 ・・・


 ?


 範国は、おだやかにほほ笑んだ。


「貞世。」


「は、はい。」


「お主は次男だ。なにかあっても、お主をかばうことはない。」


「・・・はい。」


「うむ。」


 納得したようにうなずくと、範国は貞世に扇を渡した。


 鉄の扇である。重い。


「初陣祝いだ。」


 貞世はぱちくりと目を瞬かせる。


「ありがとう、ございます。」


「うむ。」


 行け、と手振りで示され、頭を下げて天幕をでた。

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