武士の在り方
「ふうぅ。」
貞世が深く息を吐いた。
こきこきと肩を鳴らし、大きく身体を伸ばす。
平素なれば礼儀だ威厳だと口うるさい殿村も無言で待機している。
「・・・不快だな。」
「は。」
清氏率いる尊氏派にさんざんいびられ、やっと解放されたが、精神的疲労はぬぐえなかった。
直冬に内応しているといわんばかりの大合唱だが、反論はできない。あくまで一般論を語っているにすぎないのだ。あそこで「今川は裏切っていません。」などと言おうものなら「なぜそんな当たり前の話をするのか。さては裏切っているのだな。」と難癖をつけられかねない。
立場の弱い今川家はおとなしくするしかないのである。
「ま、仕方ないか。」
切り替えていこう。
最後にぐっと腕を回して、歩き出そうとしたその時、殿村にガッと肩をつかまれた。
「若様。」
「・・・なんだ。」
「仕方ない、ではありませぬぞ。」
・・・またか。
殿村はことあるごとに説教してくる。貞世を思っての言であるので普段はおとなしく話を聞くが、今は疲れていた。
「ああ、わかってる。」
おざなりな返事をして殿村の手を払う。
威厳がどうとか面子がどうとか、そんな話だろう。
「いいえ、わかっておりませぬ。」
渋い顔、いや、怖い顔で断言する殿村に、いらいらした。
「なにがだ。」
顔をしかめて尋ねる。
「殿のお言葉をお忘れか。」
殿の言葉?なんだそれ。
「『恵まれていないものは立ち上がらなければ得られない。』。」
・・・ああ、そんな話もあったな。
「あれは心持ちのはなしだろう。奮い立って生きていけと。」
殿村は首を左右に振る。
「あれは武士の心得です。あらゆる場で、行動の指針になるもの。」
「ふんっ。」
貞世は鼻で笑った。
「じゃあなんだ?あの場で机をたたいて怒鳴ればよかったのか?なめてんじゃねーぞって?」
冗談めかした貞世の言葉。
殿村が、貞世の目を見た。
「左様です。」
「・・・は?」
「左様ですとも。」
「・・・い、いやいや。何言ってる、そんなことをすれば次は今川家が討伐対象だ。」
貞世は冷や汗をかきながら殿村を押しのけようとするが、びくともしない。
「その通りです。」
「・・・」
もはや、何を言っているのかわからなかった。
「舐められたらしまいなのです。下に見られてはいかんのです。一戦交える覚悟を、いえ、一戦交えてこそ、武士は武士足りえる。」
「・・・鎌倉の時代じゃないんだ。所領を没収されて終わりだろ。」
「だから、なんですか。」
「・・・あ?」
「源平のころ、伊勢の地侍たちは平家に義理立てし、数倍の源氏軍に立ち向かったそうです。結果は惨敗、お家は潰され、主だった武将は斬首、妻や娘は妾にされたとか。」
「・・・ああ。」
悲惨じゃないか。
「しかし、彼らの子孫は今、伊賀や伊勢の地で権勢を張っているとか。」
「それは、あれだろう。鎌倉府打倒に合わせて旧平家方が盛り上がっただけだろう。」
「そうですな。しかし、源氏にこびへつらっていては潰されていたでしょう。」
「・・・」
「もちろん源氏方で隆盛を極めている家も多い。足利はその筆頭ですな。しかし、彼らも武士として生き続けたわけです。いわれもない疑いをかけられるたびに、執権を脅し、鎌倉府のやり様を嘆いて当主は自刃した。これで足利家は「気骨のある」家と称され続けたのです。」
「・・・」
「強く、強くありなされ。」
うつむきながら殿村の話を聞いていた貞世は、頭を上げた。今のセリフに聞き覚えがあった。
『強くあれよ』
・・・
「強く、ね。」
「はい。」
「名代なんだろう、俺は。」
「まあ、そうですな。」
「名代が出張っちゃいかんだろう。」
「む。」
押し黙る殿村に、皮肉気に笑いかけながら、ひらひらと手を振る。
「さ、父上に挨拶するか。」




