合流
雨は止んだ。恐ろしい武者はどこかへ行った。八幡宮にたどり着き、味方とも無事合流できた。いいことづくめ、万々歳である。
なのになぜだろう。こんなに後悔してるのは。
「若様!」
翁の怒声を一身に受ける。やめて、刃こぼれした刀振り回さないで。
合流し、一夜。大和国にいても埒が明かないということで、近江の国に移動することになった。
徒歩で。
おわかりだろうか。徒歩である。京都から逃げてくるときも徒歩だったが、あのときは何も考えず全力疾走していたので疲れも感じなかった。
脇目も降らずに遁走し、火事場の馬鹿力をもってしても5日かかったのである。
こそこそと隠れながらとなればその労力たるや。
で、殿村に言ったのである。馬、売ろうぜって。
「馬は、武士の魂ですぞ!言うに事欠いてなにを!売る!?売るですと!?」
するとこの様である。そりゃあたしかに悪かった。自分の馬を捨ててでも後生大事に連れてきた馬を、売るといわれたら腹も立とう。しかし、この馬は範国が「初陣祝いだ。くれてやる。」と言ってくれた馬。好きに使おうじゃないか。
「まあ、聞け殿村。徒歩で敵から身を隠しつつの移動はどれほど大変だ?この馬を売って金を拵え、船賃にしたほうがよかろう。なんとか西に行ってだな、こう、ぐるりと遠江まで船で。」
「いかんのです!」
青筋を立て、殿村が言う。
思わずむっとすると、殿村が肩をつかんだ。
「よいですか。若様。あなたは『今川家名代』としてここにいるのです。馬を売ったとなれば他家の前に出ることもできぬし、顔も見せずに本領へ帰ったとなれば。」
「なれば?」
「謀反を疑われます。」
・・・わお。
「直義様に長年付き従った当家は、いまだ疑いの目を向けられているのです。無理をしてでも忠誠を見せねば。」
「しかし、それでは。」
殿村が、貞世の視線の先を見た。
「・・・若様。」
「・・・なんだ。」
「やむを得ませぬ。」
「死んじまうよ、あいつら。」
「やむを、得ませぬ。」
桃井軍の攻勢により、幾人もの死傷者がでた。ここまで一緒に逃げてきたなかにも、けが人は多い。
死んじまった奴はどうでもいいが、生きてるやつを見捨てるのは気が引ける。けが人が、再びの山越えは、きつい。
京都がどうなっているかわからない。尊氏軍が占領している気もするが、直冬が制圧し続けている可能性もある。
となると帰還ルートとしてはぐるりと東に回り、伊賀の国を抜けて近江までいくしかない。
険しい道のりになる。
「若様。」
「・・・」
「配下をおもんばかる姿勢は素晴らしい。しかし、それだけでは御家は保てませぬ。」
「・・・」
殿村は息を吐くと、提案した。
「傷を負ったもの達は、ここらの寺に預けましょうぞ。いくらかの金を包めば、傷が癒えるまで置いてくれまする。」
「そののちは?」
「そののちは、荷運びなりなんなりをして日銭を稼ぎ、遠江まで自力で帰らせましょう。戦続きでありますから、少し大きな街にでれば仕事には困りませぬ。」
「・・・」
貞世は無言で懐から短剣を取り出すと、こちらを見る傷だらけの男に近寄った。
「八兵衛。」
「は!」
「聞いていたな。」
「は!お任せください。われら殿に尽くす所存であります。いずれ必ずや、遠江の地を踏みましょうぞ。」
「苦労を、させる。」
貞世は短剣を八兵衛に手渡した。
「遠江に帰り次第、それを見せろ。忠義の士たるお前らに、報いよう。」
押し抱く八兵衛に金子を渡すと、貞世は背を向けて歩き出した。
※
10日後、今川家名代一行は石山寺の門をくぐった。
兵は、三分の一に減っていた。




