10歳児は遭難中
重い身体を引きずって、深い森をさまよう。
今川兵《殿村たち》とはぐれて二日、人間は食わずとも生きられると知った。
案外いけるもんである。
あれほどの惨敗を喫してなお、大して気持ちも落ち込まない。今川の兵も随分死んだが、自分のことを小ばかにしたやつとか兄貴にゴマすってたやつとかしかいなかったのでどうでもいいのである。
このまま無宿人として暮らそうかしらと思った矢先、滝のような雨が降り出した。
水神様にでも嫌われてんのかな。
どっちゃぶりの雨を必死によけながら、走る。
あてもなくというわけではない。さきほど寺らしき影を見かけたのだ。
盗賊やらが巣くってるかもしれんと素通りしたが、滝に打たれていては死んでしまう。一縷の望みをかけて建物に駆け込んだ。
「ふう。」
水浸しになった衣服を絞り、一息つく。かたり、と音がした。
バッと身をひるがえし、扉へ。
部屋の奥に、刀を立てかけたなにかがいた。
・・・やばい。
あれは武者だ。しかも、《《血濡れ》》の武者。
人を殺したか、殺されたか知らんが、ぐっしょりと赤に染まった大鎧がいた。
武者は強い。鎧は固いし刀は鋭い。力は強いし気合も違う。
数合で亡骸になる自分がありありと目に浮かんだ。
「そこの。」
びくびくしていると、武者が声をかけてきた。
存外涼やかである。
「・・・なんだ。」
「押し入っておいて挨拶もなしか?」
む、なるほど。親しき中にも礼儀ありという。親しくもなんともないが、これだけずたぼろの風体だ。おそらくは同じ境遇の北朝敗残兵。ここはひとつ名乗っておこう。
「これは失礼を。今川範国が次男、貞世と申します。」
・・・あ、これやばいか?実は悪いやつで身代金とか要求してきたらどうしよ。北朝仲間でも「護衛料寄越せ」とか言い出すかも。
財布の中身を思い出している貞世の心情を向こうに、血濡れ武者はつぶやいた。
「今川。」
はい。そうです。
数拍の緊張。吐きそう。
いっそこの豪雨に身をさらけ出そうかと思案していると、扉が勢いよく開いた。
鎧姿の、貞世といくらも変わらぬ年頃の美童がそこにいた。
おいおいまずいな。競う気にもなれないほどの美形じゃないか。
薫子もこんないい男を好むのだろうか。などと益体もないことを考える。
美童は貞世を訝し気に睨むと、若武者に目を向けた。
「整いました。おはやく。」
それだけつぶやくと、さっさと出ていってしまった。
若武者はうなずくと、身体を持ち上げる。重そうな鎧をものともせずにするすると歩き出した。
扉の前にいた貞世は、思わず後ずさる。
若武者は扉の向こうへと出ていった。
恐る恐る外を見やるが、相変わらずの土砂降りである。
この雨のなかを動く胆力に関心していると、若武者が振り向いた。
「小童。」
「・・・はい。」
「強くあれよ。」
若武者は、先も見えない雨の中に消えていった。




