2度目の盗み
ホワイトオパールのブローチは小さなネックレスとピアスに形を変えて義姉の首元と義母の耳をキラキラと飾っていた。
それに味を占めた義母たちはまたも宝石を盗んでこいと言う。
一度盗んだ後悔から私は抵抗をした。
「お許しください。ちゃんと、働きますから。盗みはもうしたくありません。」
「はっ、いやよ。あなたが働くことで宝石より私を着飾らせてくれるのかしら?」
「そ、それは……」
バンッ
大きな音と同時に、視界が揺れ、足元がふらつく。
ドサッと膝をついた瞬間、ようやく頬を打たれたのだと理解した。
「そんなに言うことが聞けないのなら、抵抗なんてできないようにしてあげるわよ!こっちへ来なさい!」
そう言って苛立ちを隠しもしない義母は奥の部屋へと私の髪を引っ掴んで、扉へ投げつける。
「……いっぁ」
衝撃で倒れた私の身体を何度も何度も叩いた。
たかが女の腕力では男に叩かれるよりマシだが、痛いものは痛い。
涙なんて枯れてしまっていたと思っていたけれど、あのカイヤナイトの宝石の花を咲かせてしまってから思い出の中へと閉まって鍵をかけていたはずの彼を想うとどうしようもなく泣きたくなってしまう。
あの優しい手にもう一度頭を撫でられたい。
「……っ」
私を傷つける手に負けるものかと下唇をぐっと噛み必死に涙を堪える。
そうしてどれくらいの時間が経ったのだろうか。
満足した義母と義姉は
「これだけ叩かれれば、もう逆らう気も失せたでしょう?」
「ソンヒール子爵家のルビーの指輪を明日中に盗ってきなさい!いいわね?」
そう捨て台詞を吐き部屋から出ていった。
朦朧とする頭で伯爵家よりは警備も手薄だろうか。
盗みたくないけど、盗まなきゃ、と逡巡する。
少ししてふらふらと私は自室へと後にした。
***
ソンヒール子爵家まで少し距離がある。
最終の乗合馬車で子爵家より少し離れたところで降りる。
誰かに見られでもしたら大変だ。
それに白磁のように白い頬は打たれたところが痛々しく赤く腫れ上がっている。
これを見られたら印象に残ってしまうだろう。
それを少しでも隠すように仮面をつける。
外套のフードを深く被り直し子爵家へ足を進める。
近くに来たところで周囲に人がいないのを確認し、布を頭から被り姿を消す。
表の見張りは夜中のためか微睡の中にいるらしい。
足音を立てないように静かに横を通り過ぎる。
ルビーの指輪は常にソンヒール子爵夫人が身につけているものだが、眠る時は外しているはずだ。
慎重に裏口から入り、夫人の部屋を探す。
貴族の夫婦部屋は3部屋が連なっていることが多い。
大体の目星をつけて部屋の様子を廊下の陰から窺う。
キィー
と音がして、夜着が少し乱れたソンヒール子爵が階段手前の部屋から出てきた。
「ギベルト、水を。」
と言って扉を閉めた。
私は急いで階段から離れた2つ奥の部屋の前まで行き、ギベルトと呼ばれた使用人が水差しを持ってきて、扉を開けるのに少し遅れて扉を開けほぼ同時に部屋に入った。
ビンゴ!
思った通りこの部屋は夫人の部屋で夫人はいなかった。
でも隣の部屋に寝ているはずだから、静かに、音を立てないように移動し部屋を探索する。
みつかれ!はやく!と、祈りながらドレッサーの引き出しを開けた時、赤々と輝くそれは見つかった。
——しまった!
と思ったのはそれを手にした瞬間だった。
「っあ……ぁぁっ!」
指先に触れた瞬間、電撃のような痛みが全身を駆け抜けた。
呼吸も忘れるほどの痺れに、思わずその場に崩れそうになる。
指輪には警戒魔法がかけられていたのだ。
「っ、解除っ……!」
絞り出すように魔法を唱えると、痺れが一瞬、弾けるように収まった。
指輪を乱暴に懐へ押し込み、深く息を吸う。
ほっとしたのも束の間——
ガチャっと音がし、ソンヒール子爵が部屋に入ってきたのだ。
「……そこにいるのは誰だ!正直に出てこい!」
「……っ」
姿は見えてないからまだ私だとはバレてない。
風魔法で蝋燭の炎を吹き消し、私は迷わず窓を開けて飛んだ。
着地の衝撃を風魔法で和らげながら裏門を目指して駆け出す。
「……はあ、はぁ……っ」
逃げ切った。そう思った瞬間、足が震えた。
こうして無事に逃げおおせた私は知らなかったのだ。
ソンヒール子爵の声に驚いたその瞬間
ジェミネの体が、淡く、静かに発光し——
月光を閉じ込めたような、ムーンストーンの宝石の花が、ひとつ咲き、落としていったことを。
致してるところに盗みに入らなくてよかったですよね笑
違う意味でドキドキしちゃいます。
ルビー 石言葉 激情や暴走
ムーンストーン 石言葉 女性性や幸福な家庭