1度目の盗み
私、ジェミネは、オルフィニス男爵家へ10歳の時に連れて行かれ養女となった。
男爵である父とは血が繋がっている。父と異国から流れてきた母との間にできた子供だ。
所謂、庶子の子だ。
正妻がいながら母に不貞を働いた父は大嫌いだ。
異国から逃げてきた母はこの国では右左もわからず、途方に暮れていたところを、父に助けられたらしい。見目麗しい母は父に口説かれて私ができた。
けれど生まれてくる前に正妻に不貞がばれた父は自分のプライドと地位を守るために母との連絡を絶った。風上にも置けないとはこの事である。
それからは母は支援もないのに一生懸命私を育ててくれた。
だからか、無理が祟った母は6歳になる頃に呆気なく死んでしまった。
途方に暮れても私は行くところがなく、孤児となり魔法や道具を駆使して、仲間と盗んだ物を食べたり換金をして飢えを凌ぐ生活をしていた。
しかし、10歳になった頃、突然父がきて私を連れて行ったのだ。心を入れ替えたのかと少し期待をしてしまったが、そんなことはなく私は養女という立場でありながら使用人のように日々働き、癇癪を起こす義姉や義母の意地悪に耐えている。
でも一応、男爵令嬢であるためマナーやダンス、最低限の教養はここにきてから8年の間にみっちり叩き込まれている。
ちゃんとやらないと、酷い折檻が待っているから。
義姉の癇癪も酷いが一番しんどいのは義母からの意地悪だ。
流石に顔は叩かれることはないが、体は毎日のように新しいアザを作っている。
よほど母に父を取られたことが悔しかったらしい。娘の私を目の敵にしている。
私の容姿が母に似ている、ということも起因しているだろう。
私の髪は銀髪でキラキラと光を反射し、あたる角度によって様々な色に見える。この髪とルビーのように赤い瞳は母譲りだ。
父に似なくてよかったけれど、意地悪されるのは辛い。
***
夕方になり、昼間お茶会へと行っていた義姉と義母が帰ってきた。
「相変わらず、気持ち悪い髪と目ね。顔も見たくないわ。」
「目を合わせるなって言ってるでしょ!その無表情もムカつくのよ!ずっと床でも見てなさい!」
帰ってきた途端これだ。
お茶会で何か気に食わないことでもあったのだろう。
何が悪いかわからないけれど、謝るのが最適解だ。
感情は表に出さないに越したことはない。
「申し訳ございません。では、これで……っ」
そそくさと去ろうとした私を義姉が呼び止める。
「ねえ、あんた孤児の時に盗みをやってたんでしょう?今日お茶会に来ていたリリアーヌのホワイトオパールのブローチがとっても綺麗だったの。今日も綺麗だ何だって自慢していてうざかったのよ!それに、あんな奴より私の方が似合うと思わない?わたし、あれがとっても欲しいわあ」
「っ……」
そんなことできるわけないじゃない!
という言葉が口から出そうだったのを必死に我慢する。
遠回しに盗んでこいと言ってるのだ、こいつは。
それにリリアーヌといえば、ベルモン伯爵家だ。警備なんてうちとは比べ物にならないだろう。
「あら、とってもいい案じゃない?それにできなかったらどうなるか分かってるわよねえ、あなた?」
「ああ、これは命令だ。」
いつの間にか後ろに来ていた男爵がそう言った。
できなかった時のことなど想像もしたくない。きっと酷い仕打ちが待っている。
「わ、分かりました。その代わり、あの布を返してくださいますか?それがなければ伯爵家から盗むことなどできません。」
正義感なんてとうの昔に捨てた私は盗みを承諾した。
誰だって我が身が大事だ。
布というのは、孤児の時に盗みを働いていた時使っていたものだ。ここに来たばかりの時、ぱっと見は綺麗なただの布だから義姉に取られてしまっていた。
あれさえあれば何とかなると思いたいけれど……。
「分かったわ、しょうがないから貸してあげるだけよ」
なんて上から目線なんだと思いつつ、そんなことはおくびにも出さずに言う。
「ありがとうございます。」
「今日がいいわ!明日には私の元に届けてちょうだい!役立たずなんだから今日こそ役に立つのよ!」
「っ……はい」
そう言って布を手に入れた私はその場を後にした。
***
偵察もできないなんて予想外だ。
孤児時代に盗みを働くときは必ず偵察を行なっていたし、複数で見張を立てていた。
どちらもできないなんてどうしよう。
そんな不安をぐるぐると抱えながら、月が高く上がった夜の中、伯爵家へと足を進める。
「……やるしか、ないのかなぁ」
リリアーヌ様にも伯爵家にも申し訳ない。16歳の時、初めてのパーティー、デビュタントで一度挨拶をしたことがある。
髪の毛は染粉で染めてきたから大丈夫だけれど、瞳は変えられない。この色だから見られるとまずいわよね。
デビュタントでもじろじろと視線が痛かったのを思い出す。
染粉と言ってもちゃんとしたものではなく灰で簡単に作ったものだから完璧ではない。少しでも触ったりしたらすぐに取れてしまう。
盗みで使っていた顔の上だけが隠れる仮面を付け暗闇に紛れる。
ちょうど見張の交代の時間のようで、さっと布を被り、門を正面から通過した。
この布は被せたものを何でも見えなくすることができる魔法の布なのだ!
とはいっても魔力がない者には使えないし、存在を無くすわけではないから足音やぶつかったりしないようにしないとすぐにバレてしまう。
私は少しだけ魔力があるから使えてるけれど、長時間使うことはできない。
姿が見えなくなるだけありがたいけど、1人で盗みをするのも、こんな厳重な家に入るのも初めてだからさっきから心臓が緊張で痛い。
警備の薄い裏口まできた。
音を立てずに入ることは小さい頃からしてきた私には容易な事だが、久しぶりで緊張して手が震えてしまう。
「……すぅぅ……はあぁぁぁ」
深呼吸をして息を殺して扉を開ける。
大体の貴族は大事な物は宝物庫などに仕舞っている場合が多い。伯爵家のあるこの辺の土地は地盤が緩いから地下はないし、一階の奥の部屋が怪しいわね。
そう狙いを決めて暗い方へと進んでいく。
「……っ!!」
心臓が口から出るかと思った!
使用人が角の奥から出てきたのだ。急いで壁により息を殺してその場やり過ごす。
「お嬢様のブローチ初めて近くで見たけどとっても綺麗だったなあ!」
るんるんとスキップでもしそうな使用人が歩いてくる。
使用人の腰にカギがついているのが目に入った、——瞬間、私は風魔法を繰り出しお仕着せのスカートを巻き上げ彼女の視界を奪い、素早く後ろに回って腰からカギを拝借する。
なんてラッキーだ!
「っきゃああ」
小さく悲鳴をあげた彼女は尻餅をついた。
ごめんね、と心の中で謝り、カギが無くなったことに気づかれる前に角を曲がり、ドアの鍵を開け急いで中に入って後ろ手に鍵を閉めた。
「っはあああぁ、」
いつの間にか呼吸を止めていたらしい。布をずらして肺に新鮮な空気を送りこみながら、急いでブローチを探す。
「……あった!」
簡単に見つかってよかった!
そう安堵した瞬間、体がキラキラと白い光を纏う——っやばい!と思った時にはもうその手の中にキラキラと輝く美しい群青色のカイヤナイトでできた宝石の花が咲いていた。
「……なんで、今なの、!!」
久々に宝石の花を咲かせてしまった私はひどく動揺した。
あれから咲かせることはなかったのに!
今は、動揺してる暇はない、盗るものは盗ったし見つからないうちに帰らなくちゃ!
でも、これを家に持ち帰ることはできない。あの人たちにばれたら今よりもっと酷いことになるのは確実だもん。
ブローチを盗んでごめんなさい、という気持ちを添えてその花は置いていくことにした。
ブローチを懐にいれ、布を被り直すと誰もいないことを確認し、素早く外へ出た。
さっきの使用人が廊下の先にいることを確認した私は通り様に鍵を腰に戻して、何事もなく伯爵家を後にしたのだった。
成功して、よかったのかな。
そんな思いがぐるぐると頭の中を回っている。
でも、叩かれるのは嫌だからからしょうがないよね、と無理やり納得させてその日は眠りについた。
ホワイトオパール 石言葉 希望や奇跡
カイヤナイト 石言葉 真実や精神の安定
リリアーヌは自慢が多いわがままな令嬢だったが、カイヤナイトが手元にあることで、冷静な判断力を取り戻し慈悲深い令嬢へと成長するのはまた別のお話。