第9話
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「レオニスを必ず見つけ出す」
ユリィナは、真っ先にサミュエルを呼び出した。
しばらくすると、石畳を打つ杖の音が聞こえ、長いローブを翻した彼が駆け込んでくる。
その表情はいつになく険しく、焦燥と覚悟の色を帯びていた。
「陛下の無事は、この国に残された唯一の希望だ……急がねばなるまい」
その声には、いつもの飄々とした調子はなかった。
そして、追跡を始める前にサミュエルは、ユリィナにひとつの重大な事実を打ち明ける。
「今、この国を実質的に操っているのは――国王ではない」
サミュエルの声は、低く沈んでいた。
「王妃が亡くなって以降、国王の心は壊れ、病に伏している。その隙を突かれた。側近の魔術師が、王の精神を掌握してしまったのだ」
「……え……?」
ユリィナの喉が、驚きに震える。
「じゃあ……レオニスは……」
言葉が喉に詰まる。
サミュエルは、静かに頷いた。
「そうだ。王子は、政治の闇の中で、誰にも頼れぬまま――ずっと、ひとりだった。
だが、お前と出会ってから、少しずつその心を取り戻し始めた」
サミュエルは一拍置き、静かに続ける。
「しかし、それでは都合が悪かったのだ。だから、排除に動いたのだろう。レオニスが、“真の王子”として目覚めることを、何よりも恐れてな」
「なんて酷いことを……!」
怒りが込み上げる。
小さな王子に、何の罪があるというのか。
「私たちで、必ず見つけましょう。どんな手を使ってでも」
その決意に、サミュエルはふっと口元を緩め、髭に手をやった。
「……そうだな。ならば、少しばかり本気を出すとしよう」
サミュエルが静かに呟いたその瞬間、彼の全身を淡い光が包み込んだ。
眩さがおさまったとき、そこに立っていたのは――まるで別人だった。
白髪も長い髭も消え、端正な顔立ちと鋭い眼差しを持つ、美しい青年が現れる。
神話から抜け出たようなその姿に、ユリィナは呆然とした。
「な、なに……誰……?すごい……イケメン……!」
「これが、本来の私だ」
「うそでしょ!?」
サミュエル――いや、青年は肩をすくめて言った。
「この姿だと、どうも子供過ぎてな。“威厳”というものがない。“老賢者”の皮をかぶっていた方が、何かと便利なのだ」
サミュエルはサッと衣服を整えた。
「わざわざ、歩きにくいおじいさんの姿になるなんて……あなた、変わり者って言われたことない?」
「そのような褒め言葉なら常にもらっている」
「……あ、そう」
呆れつつも、ユリィナは思った。
(――もったいない。本来の姿の方が、絶対モテるのに)
そんな会話も束の間、サミュエルは詠唱し指先で空間をなぞり、魔力を解放した。
「“追跡魔法”……王子の残した痕跡が、目に見えるようになる。ただし、王子が意識を失えば、消えてしまう」
「じゃあ、急がなきゃ……!」
ユリィナは唇をきゅっと引き結ぶ。目の前に浮かび上がる、淡い光の軌跡に視線を凝らす。
「加えて、王都の警護団が“魔嗅犬”を放っている。奴らは広範囲を嗅ぎ分け、魔力を辿ることができるはずだ」
「へぇ……この世界にも警察犬がいるのね」
ユリィナは感心するように言った。
「お前の世界のそれより遥かに優秀だ。感情すら嗅ぎ分ける、極上の追跡兵だ」
「……ねえサミュエル、ちょっと気になってたんだけど……」
「なんだ?」
「あなたって、負けず嫌いよね」
「負けず嫌い?馬鹿なことをいうな、俺は今まで“一度たりとも負けたことがない”。勝利に愛された男だ」
「……あ、そう」
軽口を交わしながらも、互いの歩幅を合わせ、ふたりは光の軌跡が導く先へと駆け出した。
王子レオニスを取り戻すために――
ふたりの追跡が、今、始まった。