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声の複製者  作者: 鵺@n-nue
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第6話

【毎日12時20分更新予定です】

その日の午後。


ユリィナは、ついに王子と対面することになった。




高い天窓から陽光が差し込む王子の私室。


落ち着いた壁紙に囲まれたその空間の中央に、一脚の椅子がぽつんと置かれていた。




そこに座っていたのは、まだ幼さの残る少年――この国の王子だった。


白金の髪は光を受けて淡く輝き、翡翠色の瞳は、床に向けられたまま動かない。




その小さな背中には、年齢にはそぐわない影が落ちていた。




喪失と孤独――まるで、何一つ希望がないことを、宿命として受け入れたかのようだった。




サミュエルが人払いを済ませると、扉が音もなく閉ざされる。




「陛下。こちらが、以前話しておりましたユリィナです」




しかし、王子はちらりとも顔を上げなかった。




「この者は、“声の複製者”。


亡き王妃陛下の声を、そのままに再現することができます。


これより、“母の影”として、陛下のそばに寄り添わせていただきます」




その言葉に、ようやく少年が口を開いた。


小さく澄んだ声。




「……母の代わりなんて、いらない。母は、ひとりだけだ」




その声には怒りもなく、ただ静かな拒絶だけがあった。





ユリィナの胸は締めつけられる。




――同じ、あの時と。




両親を事故で亡くした、あの夜のことを思い出す。


誰の言葉も、慰めも、温もりも、何ひとつ心に届かなかった。


世界が崩れ、音を失い、光が消えたあの感覚。


何もできずに、泣くことさえ忘れていた“ユリ”に、ただ黙って寄り添ってくれた祖母。


その存在だけが、彼女の凍てついた心を少しずつ溶かしてくれたのだった。





王子の言葉に、ユリィナは何も返さなかった。


代わりになどなれないことは、彼女自身が誰よりもよくわかっていたから。




ただ静かに微笑み、小さく頭を下げると、そのまま踵を返して部屋を後にした。





偽物の声では、傷は癒せない。


それでも……ただそばにいることなら、できるかもしれない。


扉を出ると、ユリィナは胸の前でそっと両手を組んだ。




(あなたの痛みが、どうか少しでも癒えますように)




声にはしなかったが、その祈りは確かに心からのものだった。





■■





サミュエルは、これからユリィナが暮らす部屋へと案内した。




「ここを拠点とするがいい。必要なものがあれば、侍女に持ってこさせよう」




開かれた扉の先に広がっていたのは、まるで一枚の絵のように整った美しい部屋だった。


天井は高く、淡い金の装飾が施された梁が走っている。壁は温かみのある色で統一され、窓辺には薄緑のカーテンが柔らかく揺れていた。




「……こんなに立派なお部屋……」




ユリィナは驚きとともに、そっとソファに腰を下ろした。


その柔らかな沈み込みに、一瞬、遠い記憶がよみがえる。




――誠の実家。


そこに並んでいたのも、確かに高級な家具ばかりだった。


だが、その美しさの奥にあったのは、どこか冷たく張りつめた空気。




ここにある調度品は、それをはるかに凌ぐ品格を持ちながらも、不思議と穏やかな温もりを感じる。




「……ここは、違う」




思わず、声がこぼれる。





サミュエルが静かにユリィナの方へ向き直る。




「ユリィナ。ひとつ、忘れてはならぬことがある。


お前の能力は、王子以外には決して知られてはならんぞ」




ユリィナは驚いて顔を上げる。




「……なぜ、ですか?」




サミュエルは窓の外に視線を投げながら、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。




「この国――〈フォル・セリウス〉は、“声”によって成り立っている。


声は、この世界において唯一無二の“鍵”であり、“力”だ。


それぞれの声は、生まれ持って与えられた個の証であり、他人に真似されることのない絶対性を持つ。


……だからこそ、お前のように“声を複製できる存在”は、脅威にも、あるいは欲望の対象にもなり得る」




ユリィナははっと息をのんだ。




「……誰かが――私を利用しようとするかもしれない」




「そういうことだ」




サミュエルの声は静かだったが、その奥には警告の色がはっきりと宿っていた。




「この力をどう使うかは、お前次第だ。だが、間違えば、国を揺るがすことすらある。ゆえに、慎重に、そして正しく使わねばならぬ」




ユリィナは小さくうなずいた。


手を胸にあて、目を伏せる。




力を持つ者には、それに見合う覚悟が求められる。


ユリィナはその重みを、確かに胸に刻んでいた。




(この力は、特別なもの――だからこそ、誰かのために、まっすぐに使いたい)

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