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声の複製者  作者: 鵺@n-nue


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第32話

【毎日12時20分更新予定です】


静まり返った真っ暗な空間に――あの“声”が響く。





「ラージ……私はここに居ます」





女の声が、空気を震わせるように広間へと響き渡った。


澄んだ、しかし力強いその声に、誰もが息を呑む。




「……こ、この声は……!」




ラージは目を見開いた。




「忘れてはいないはず……わたしの声を」


「皆さまに――その証をお見せしましょう」





闇の中で、ひとすじの光が生まれた。


やわらかな輝きがふわりと宙を舞い、次第にそれは花の形をかたどっていく。




――“祝福の花”。




それは、正統なる王妃の“声”だけが継承を許された――光の魔術




“奇跡の象徴”だった。




国王との婚姻の儀式の際、大司教により国民の前で授けられる、声の魔術。


今、その花を咲かせることができるのは――間違いなく、王妃ただ一人である。





光の花が幾重にも重なり、まるで春が広間に舞い降りたかのように咲き乱れる。


その神秘的な光景に、観衆から小さな声があがった。




「……王妃様……」「あれは、確かに……あの光は……」


「まさか……本当に……?」




場の空気が、ひとつの確信に染まり始める。






「そ、そんなはずは……!」




ラージは息を呑み、青ざめた顔で周囲を見渡す。




王妃は、ゆっくりと続ける。




「不思議でしょうね、ラージ……」


「だって私は――あなたに“殺された”はずなのだから」




その瞬間、観衆から悲鳴が上がった。


どよめきが一気に広がる。


誰もが、目の前の現実を一瞬、疑わずにはいられなかった。





「な……なにを馬鹿な……っ!」




ラージは声を荒げ、取り繕うように叫んだ。





「不思議でならないのでしょう? なぜ私が生きているのか」




王妃の声は静かに、だが鋭く追い詰める。




「あなたの魔術にかかり、私は必死に抗った。あなたは焦っていた……そして、最後に使ったわね」


「“浸透毒”……薬草に偽装された、内側から命を奪う強力な毒を」




観衆が息をのむ。





「な、なぜ……それを……」


震えた声が漏れる。





「……それでも、私はここにいる……残念だったわね、ラージ……」




王妃の言葉に、ラージはその場に震えながら、一歩後ずさる。


彼の顔から目に見えて血の気が引いていく。





ラージの目には、かつて見たあの光景が――


まざまざと蘇る。




――床に倒れ、喉をかきむしりながら、もがく姿。


――喀血。けいれん。


――目を見開いたまま凍り付き、冷たくなっていく身体。




確かに絶命したはずの“王妃の最期”――




「そ、そんな……生きているはずなど……あるわけが……」




ラージはぶつぶつとつぶやき始める。


何かを否定するように、首を振り、両手で自分の顔を覆った。




その時――


王妃の声色が一変する。


それは、氷のように冷たかった。




「私は死なない……」


「たとえあなたに、何度殺されようとも――」


「あなたを、決して許さない……」




その言葉が響いた瞬間――




ラージの顔が、恐怖に歪んだ。




(あの女は……息絶えた……この目ではっきりと……


なのに……なぜ……なぜだ……なぜなんだ!)





“私は死なない……”


“許さない……”




王妃の声が、闇の奥から這い寄るように彼の思考を蝕み――


ラージの頭の中を完全に支配していた。




「やめろ……来るな……やめろおおお!!!」




言い知れぬ恐怖に打ちのめされ、何かを振り払おうと、錯乱したように手を振り回す。




そしてついに、追いつめられたラージの精神が、限界を超えた。




「なぜだぁあああああああああ!」


「お前は死んだ! この手で――確かに“始末した”!!」




その瞬間、広間の空気が凍りついた。





ラージの叫びは――紛れもない“自白”だった。


その絶叫と共に、自らの“終わり”を宣告したのだ。




観衆は息を呑み、重鎮たちの顔が一斉に強張る。


大司教は震える手で胸元に十字を切り、目を伏せた。




張りつめた静寂。


数秒にすぎないはずの沈黙が、永遠のように長く感じられた。





その時、静けさを破るように広間の照明が再び灯る。




眩しい光に照らされ、さっきまで誰もいなかった場所にゆらりと現れるふたつの影。




真っ黒なローブをまとい、フードを深く被った――ユリィナ。


そして、魔法道具を抱える――クジ。




ユリィナは、ためらうことなく一歩を踏み出すと、鋭く声を放った。




「ラージ! あなたの負けよ!」





その一言に、ラージの顔が激しく歪む。


頬が引きつり、血走った瞳がユリィナを睨みつける。





「これが“真実”よ。もう言い逃れできないわ!」




ユリィナの言葉に、ラージの唇が怒りで震えた。


そして次の瞬間、堰を切ったように絶叫が響き渡る。




「黙れッ!! 黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!!」


「貴様あああっ! すべて……お前の仕業かああああああ!」


「こざかしい真似を……貴様ごときに、私が……この私が負けるものかあああ!!」




怒りと屈辱に燃えたラージは、狂気のままに詠唱を始めた。




「来たれ、我が契約の主よ――!! 今こそ我を、真の“魔王”と成せぇぇぇ!!!」




その瞬間、ラージの身体が異様な変容を始めた。




肌が裂け、肉が蠢き、黒い瘴気が全身から噴き出していく。


骨が軋む音が響き、魔力の奔流が空間をねじ曲げていく。




その異様な姿に、レオニスは怯えた声をあげた。




「あ……あれは……夢で見た……悪魔……!」





ユリィナの脳裏に、サミュエルがかつて語った言葉が突如よみがえる。




――“父が禁忌に手を染め、一夜で国を滅ぼした”――




「まさか……ラージ……悪魔に、魂を……売ったの……?」




そんなこと、あるはずがない。


ユリィナはそう思いたかった。


そこまでの狂気を、彼が抱えていたとは――想像すらしていなかった。




だが――目の前の光景が、すべてを否定していた。




理性を失い、黒き魔力にその身をゆだねたラージの姿は、もはや人ではなかった。





国王がすかさず近衛兵に出動を命じた。


しかし――兵たちは、次々とラージの圧倒的な魔術の前に屈していく。


その威力は、まさに“常識”を超えていた。


反撃の隙すら与えられず、一瞬で戦力は無に帰す。




クジも懸命に魔法道具で対抗を試みるが、放った術はまるで幻を突くように手応えはなく、すり抜けていくだけだった。




「……クソッ、通じないか……!」




焦燥を噛み殺し、クジは周囲を見回す。




「今は避難が先かっ! 全員、ここから離れろ!」




そう叫ぶや否や、クジは即座に駆け出し、群衆を誘導し始めた。




その瞬間、広間の中心で強大な魔力をまとったラージが、高らかに狂声をあげた。




「この広間ごと――いや、この国ごと、すべて燃やしてくれるわあああ!!」




その声とともに、完全に理性を失ったラージは――


“魔王”と化した。




怒りの詠唱が再び響き渡り、その魔力は急激に膨れ上がる。


空気が軋み、空間が震え始めた。





広間は一転して、恐怖の混乱に包まれた。




「きゃああああ!」「助けてッ!」




観衆は叫び声を上げ、出口へ殺到する――だが。




「開かない……!扉が……開かない!」


「出られないぞ! 閉じ込められた!」


「いやだ、死にたくない……!」




すべての出入口が、ラージの魔術によって封鎖されていた。




絶望が広がる中、ラージがユリィナを睨みつけ、狂気に満ちた声で叫ぶ。




「すべて……すべて、貴様のせいだ!!」


「この国のすべての命は……お前によって奪われるのだ! 自分を恨むんだなぁあああ!!」





■■





「……ラージを止めなくちゃ……でも、どうやって……!」





クジが壁の通気口に駆け寄り、中を覗き込む。


だが次の瞬間、顔をしかめて首を横に振った。




「……ダメだ! ここも、完全に封じられてる!」





悪魔に心を支配され、暴走するラージの魔力は、もはや誰にも制御できなかった。


膨れ上がる魔炎の圧力が、広間の空気を支配し、息さえ苦しくなる。




ユリィナはふらつく足取りで、必死にレオニスの元へ駆け寄った。




そして――


そのまま彼を強く抱きしめた。




「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」




涙が、止まらなかった。




「もっと、計画しておくべきだった。もっと、冷静でいるべきだった……私、また……大切な人を、守れなかった……」





サミュエルに託された想い。


もう二度と同じ過ちを繰り返さないと、心に誓ったはずだった。




それなのに――また、最悪の未来を目の前にしている。




「もう……次はないのに……レオニス……ごめんなさい……」




声が震える。


全身が後悔と無力感に打ちのめされ、崩れ落ちそうになる。




(こんな私に……二度目の人生を生きる資格なんて……なかったんだ……)





国王が静かに近づき、レオニスの肩を力強く抱き締めた。


クジもまた、無言でユリィナとレオニスを包むように腕を広げて覆いかぶさる。


まるで、最後の瞬間まで“絆”を守ろうとするかのように――




炎の嵐が押し寄せる中、ただ互いのぬくもりを感じていた。





そして――すべてを終える“覚悟”が、広間に漂い始めた。

カクヨムにて先行公開中です。【完結済み】

https://kakuyomu.jp/works/16818622176804863790

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