第31話
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「お待ちください! もう一つ、ラージの言葉には……重大な虚偽があります」
再び、広間がざわめく。
空気が緊迫し、誰もが息をのんで次の言葉を待った。
ラージの眉がぴくりと動く。
司教の手が宙で止まり、重鎮たちが互いの顔を見合わせる。
レオニスは、ひとつ深く息を吸い込んだ。
「……皆様に、知っていただかなくてはならない“真実”があります」
その声は、幼い王子のものとは思えぬほど確かな響きを持って、広間全体に届いた。
一拍の静寂ののち――
「わたしの母は……生きております」
次の瞬間、広間は騒然となった。
「な……!?」「王妃が……!?」「生きているだと……?」
信じがたいという空気が、観衆を渦巻くように包み込んだ。
そんな中、ラージは勝ち誇ったように余裕の笑みを浮かべていた。
(はは……とうとう錯乱したか。王妃が生きている? 笑わせる……)
喉元までこみあげた笑いを、彼はかろうじて押し殺す。
(もはや王子を王政の場に置いておく理由はないな。愚か者共が、ようやく自滅したというわけだ)
だが――
王子・レオニスはその場にいる誰よりも冷静に、毅然とした口調で言葉を続ける。
「驚かれるのも当然です。しかし、繰り返します――王妃は生きています」
観衆のどよめきがさらに大きくなる。
ラージは、わざとらしく肩をすくめ、大きな声で場に割って入った。
「ああ……おいたわしや。さきほど“母の死を受け入れた”と堂々とおっしゃっていたかと思えば、今度は“生きている”と……」
彼は唇の端を釣り上げ、薄笑いを浮かべながら言い放つ。
「これでは、国政どころか、日常の判断すら危ういと言わねばなりませんな。王子には……お医者様とお薬が必要です。誰か、王子を医務室へ――」
ラージが衛兵へ命じかけたその時だった。
「――ラージ」
レオニスの声が、それを遮るように低く響いた。
「なぜ、母は生きていないと“断言”できるのですか?」
「……なに?」
「父も、わたしも、母の死に目に会っていない。なぜなら――お前がそれを意図的に“阻止した”からだ」
その一言に、ラージの笑みがぴたりと凍りつく。
一瞬の沈黙。
だが、すぐに彼は肩をすくめ、あざけるように声を張った。
「ば……ばかばかしい! 王妃の死は突発的なもの。混乱を避けるため、私が適切に対応したまで! それを悪意に受け取られては困りますぞ!」
声がわずかに上ずる。
内心の焦りを隠すように、彼は片手を高く掲げ、周囲を見回した。
「どうか皆様、こんな根拠のない中傷に惑わされぬよう……これは、若き王子の感情が生んだ幻想に過ぎませんぞ!」
観衆の反応をうかがいながら、ラージはなおも語気を強めた。
「もうこのような茶番は終わりにしましょう。ここにいる皆様も、これ以上虚構に付き合うほど暇ではありますまい!」
捨て台詞のように言い放つ。
そして、まるで勝利を確信しているかのように彼は唇をゆがめた。
だが――
「……そうだな。これで終わりにしよう、ラージ」
レオニスの声が再び静かに響いた、その時だった。
――バチッ。
突如、広間の照明が落ちた。
一瞬にして闇が支配し、観衆の間に息をのむ音が広がる。
そして、静まり返った真っ暗な空間に――あの“声”が響く。
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