第30話
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レオニスは壇上の中央に立ち、まっすぐに前を見据えた。
そしてただ静かに、そして力強く――彼は語り始める。
「ラージの言葉には、いくつか事実と異なる点があります」
広間にざわめきが広がる。
ラージは笑みを崩さないまま、横目で王子を見下ろすように眺めている。
「まずひとつ……彼は、私が未だに母の死を受け入れられず、正気を失っていると述べました。しかし、それは事実ではありません。」
レオニスは目を閉じ、一拍ののち、再び口を開いた。
「確かに――王妃がこの世を去った直後、私は深い悲しみに沈みました。何も見えず、何も聞こえず、何も信じられなかった……」
レオニスの声に一瞬、微かな震えが混じる。
「けれど私は、過去を受け入れました。母の死を、国の痛みを、自分の弱さを。
そして今は、この国を――母が愛したこの国を、守る覚悟があります」
一部の重鎮が息を呑む。
広間に漂っていた軽蔑の空気が、少しずつ引いていくのがわかる。
「では、なぜ私が一時、正気を失っていたように見えたのか。」
少し声を強め、レオニスは言葉を続ける。
「それは、私が“何者か”によって魔術をかけられていたからです。
さらにその者は、私の命を奪おうともしました――王家の血を絶やそうとしたのです」
その瞬間、会場にどよめきが走った。
誰かが息を呑む音すら、はっきりと聞こえる。
「そして二つ目……現国王、私の父について。
ラージの言うように“声も出せぬ状態”などではありません。
父もまた、私と同じく“何者か”によって魔術をかけられ意識を奪われました。そして、長らく死の淵をさまよっていました。
しかし――彼は戻ってきた。すべての闇を越え、目覚めたのです。
今や、父は正しく国政を担える状態にあります」
場内がざわつく。
そのとき――
「そんなバカな……! そんなはずは……!」
ラージの声が、響き渡った。
顔はひきつり、冷や汗が頬をつたう。
レオニスは、じっとラージを見据えたまま言葉を返す。
「“そんなはずは”……? それは“触媒石”の力で、魔術は解けるはずがないと、そう言いたいのか?」
「なっ……! そんなことは……言っていない! それに、陛下が床に臥せっておられるのは周知の事実!
そんな子どもの作り話を、誰が信じるとでも――」
ラージが言い終える前に――
一声が、広間に轟いた。
「私は確かに、ここにいる!」
ゆっくりと正面の扉が開かれる。
そこに現れたのは――威厳を取り戻した、かつての国王。
堂々とした足取りで、王の紋章をたたえた衣を身にまとい、彼は静かに壇上へと歩みを進めた。
重鎮たちが目を見開き、隣国の使節団はざわめきを抑えられずに息を呑む。
ラージは言葉を失い、その場に立ち尽くした。
レオニスの隣に、国王が並び立つ。
そして、ふたりは同時に前を向いた。
国王は、ゆっくりと広間を見渡し、重々しい声で口を開いた。
「私は、長きにわたり“何者かの悪意”により、深い眠りに落ちていた。
だが……その闇から私を救い出し、目覚めさせてくれた者がいる。――それが、ここにいる我が息子、レオニスだ」
広間に、どよめきが走る。
それまで王子を侮っていた者たちの目に、動揺と驚きが浮かぶ。
「私は……国王として、父として、まだ未熟な部分があった。
だが今、私は目を覚まし、再びこの国を見据えている。
そしてこれからは、レオニスと共に――この国を、未来を、守っていきたいと考えている」
その言葉には力があった。
威厳を取り戻した国王の言葉に、会場は一時、神聖な静寂に包まれる。
やがて、王はラージに向き直った。
「さあ――ラージ。真実を語る時だ」
その声に、ラージは目を細め、唇を引き結ぶ。
そして、国王と王子を鋭く睨みつけると、声を張り上げた。
「――真実、ですと?」
冷ややかに笑みを浮かべ、ラージは一歩壇上に進み出る。
「結構。この場で語りましょう。
すでに国政の多くは、私の手中にあります。
それを許したのは、他でもない“国王陛下”、あなた自身だ。王妃の死後、何もできず、己の悲しみに沈んだあなたを――支え、国を動かしてきたのはこの私だ」
ラージの目がぎらりと光る。
「時代は変わったのです。王が眠り、国が揺らぐ中、民の暮らしを守ったのは“王家の血”ではない。“実務を担える者”こそが、この国を導くべきなのだ」
そして、観衆に向き直り、舞台役者のように腕を広げ、芝居がかった口調で言い放つ。
「さあ、決める時です。誰がこの国を導くべきか――採決を取りましょう」
その顔には、勝利を確信する余裕の笑みが浮かんでいる。
彼の根回しはすでに終えていた。
採決に持ち込めば、自分に票が集まる――それがラージの読みだった。
彼はゆっくりと司教に目をやり、無言の合図を送る。
促された司教は重々しく立ち上がると、白い法衣の裾を揺らし、杖を高らかに床へと突いた。
「これより、採決に――」
その時だった。
――「お待ちください!」
澄みわたる声が、大広間に響き渡った。
空気が張り詰め、一斉に視線が声の主へと注がれる。
それは――
レオニス王子の声だった。
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