第29話
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そして、ついに――
運命の日の朝が訪れた。
静かな朝靄のなか、ユリィナは深く息を吸い込む。
そして、隣に立つレオニスと目を合わせた。
少年の瞳に宿るのは、不安ではない。
王子としての決意がそこには確かにあった。
「今日で……すべてを終わらせるんだね」
「ええ。あなたの国を、そして未来を――取り戻すために」
二人は静かにうなずき合う。
その背後から、クジが軽くふたりの背中を叩いた。
「準備は万端だ。あとは……芝居の幕を上げるだけだな」
この日を迎えるために、ユリィナたちは幾度も頭を突き合わせてきた。
何度も作戦を調整し、起こりうるあらゆるリスクを洗い出し、成功の道を探り続けた。
失敗は許されない――
必ずラージを仕留める。
彼らが立ち向かおうとしているのは、人の命を平然と踏みにじり、
王国の中枢を蝕み、強大な魔術を操る“巨悪”。
どれほど綿密に準備を整えても、勝てる保証など、最初からなかった。
それは、誰よりも彼ら自身が理解していた。
――それでも、恐れはなかった。
なぜなら、彼らの胸には強い信念があるから。
大切な人を守りたいという想い。
この国の未来を繋ぎたいという願い。
そしてなにより彼らを強くするのは――信じ合える仲間の存在。
共に立ち向かう仲間がいる限り、踏み出す足に迷いはない。
この日、この時、この瞬間のために、彼らはすべてを懸けて戦いに臨もうとしていた。
■■
王宮の大広間には、すでに各国の王族、貴族、重臣、そして大司教をはじめとする高位聖職者たちが次々と集まりはじめていた。
国の運命を左右する一日が、静かに幕を開けようとしている。
もちろん――
ラージも、この場に現れるだろう。
すべてを手中に収めたつもりで、勝利を確信し、堂々と“中央”に座するはずだ。
――だが彼はまだ知らない。
その玉座の陰には、すでに本物の王が目を覚まし、すべてを見据えているということを。
ユリィナは胸元に手を当て、小さくつぶやいた。
「ラージ……絶対に許さない。サミュエルの仇は、必ず討つ」
その声に、レオニスとクジもまた、静かにうなずく。
すべての決着が、いま――はじまろうとしていた。
■■
荘厳な鐘の音が、大広間の高い天井に響き渡った。
その合図とともに、場の空気が張り詰める。
重々しい沈黙の中、司教が静かに立ち上がり、白き法衣をたなびかせながら厳かに告げた。
「これより、王子レオニス殿下の後見を議し、我が国の未来を定める審議を執り行います」
沈黙が続く中、一人の男が壇上へと足を進めた。
ラージ――銀糸の施されたローブを翻し、自信に満ちた笑みを浮かべながら人々を見渡す。
彼は、柔らかい口調で語り始めた。
「皆様、すでにご存じの通り――現国王陛下は、王妃様のご逝去以来ご病気に伏され、今や声を発することもままならぬ状態でございます。王子殿下もまた、深い悲しみに心を閉ざし、現実を受け入れられぬまま、まるで彷徨うかのような日々を送っておられます」
芝居がかった溜息と共に、彼は目を伏せ、慎ましげに首を垂れる。
「この国を、陛下に代わって支えてまいりましたのは、微力ながらこのラージにございます。しかし、それもこれも司教殿をはじめとする重鎮の皆様のご尽力あってのこと。私はこの体制を維持しつつ、より堅固な秩序を築くため、今ここに、新たな統治の誓いを立てさせていただきます――」
一礼ののち、満場に響いた言葉に、会場がざわついた。
――まさか本気で、王位を狙っているのか?
――国王も王子も、もはや飾りに過ぎぬとでも?
不穏なざわめきが波紋のように広がる中、司教が重々しく杖を床に打ちつけた。
「静粛に」
場内は再び静まり返る。
ラージは悠然と視線を巡らせ、内心ほくそ笑む。
(言いたい奴には言わせておけばいい。雑魚の戯言なぞ気にもならんわ……もう誰にも止められはせん)
司教は、ラージと目配せをした。
そして立ち上がり、採決に入ろうと再び杖を床に打ち付けた。
その時――
バァァァン!
鋭い音を立てて、大広間の正面扉が開かれた。
その音に、全員が振り返る。
そこに現れたのは――
レオニス王子。
純白の礼装に王家の紋章が輝くローブをまとい、真っすぐに背筋を伸ばして堂々と立っている。
幼さの残る顔立ちに、鋭く澄んだ眼差し。
その姿はまさしく、王の血を継ぐ者のそれだった。
「お待ちください。皆様に、私からお話がございます」
澄んだ声が、場内の静寂を破って響く。
ラージの顔色が変わる。目を見開き、声にならない声を漏らす。
「……っ、なにを……!」
レオニスは真っすぐに壇上へと向かう。
そして、ラージの前に立ち、揺るぎない声で告げた。
「そこをどきなさい、ラージ」
静かだが、王命としての威厳を帯びたその言葉に、広間の空気がぴんと張り詰めた。
ラージはあわてて声を上げた。
「皆様、王子は母君の死の衝撃からいまだ立ち直れず、精神を病んでおられます! このような大人の場に誤って……遊びの延長でこられたのでしょう」
ラージの嘲るような声に反応するように、一部の重鎮たちが鼻先で笑い声を漏らした。
数人の貴族たちも口元を覆い、くすくすと忍び笑いを交わす。
やがてその嘲笑は広間全体にじわりと広がり、
“幼い王子が場違いに大人の真似事をしている”と言わんばかりの侮蔑と軽蔑の空気が満ちていく。
ラージはその様子を見て、満足げに口元を歪めた。
(所詮は子どもの戯れ。こんな者に何ができる……滑稽だ)
だが、次の瞬間――
「聞こえないのか。そこをどけ、ラージ!」
一瞬にして空気が変わる。
レオニスの鋭い叱責が、大広間に響き渡る。
幼き王子の声に宿る、確かな“王の気迫”。
ラージは言葉を失い、わずかに後ずさった。
レオニスはそのまま壇の中央へと歩みを進め、深く息を吸い込む。
静寂の中、彼はゆっくりと観衆を見渡し、まっすぐに語り始めた。
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