第28話
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国王の目覚めは、ユリィナたちにとって新たな希望であった。
それと同時に……
ラージの陰謀を止めるため、残酷な“真実”を伝えなくてはならない。
ユリィナは、ゆっくりと国王の前に進み出た。
平静を保っているつもりだったが、彼女の声はわずかに震えていた。
「国王様、急ぎでどうしてもお伝えしなければならないことがあります」
王の顔に、静かな緊張が走る。
「……なんだ?」
「王妃様の死――それは“病”ではなかったのです」
その言葉に、王の指先が震えた。
レオニスも目を見開いてユリィナを見る。
「……どういうことだ……? 妻は、病に……!」
ユリィナは首を振った。
「王妃様は、国王様と同じように魔術にかけられていました。しかし、それに抵抗し長い間苦しまれました。そして最後は“毒”によって命を奪われました。その魔術も、毒も……ラージが用意したものです」
王の顔色が、明らかに変わった。
「……ラージが……? だが、なぜそんなことを……!」
クジが横から口を挟む。
「姉さん……王妃は、早くからラージの狙いに気付き……奴のことを探っていた。それを奴に勘付かれて……魔術にかけられた。さらに、王妃の死を利用して、国王の心に隙ができるのを狙ったんだと思う。」
クジの話しに国王は目を丸くした。
「つまり……すべては私を失脚させるために……」
国王は言葉を詰まらせた。
ユリィナが代わりに告げる。
「はい。ラージは国王を“病死”として処理すると言っていました。そして、自分が政を動かせるようにすると――
ラージの狙いは、王家を潰さぬよう表面を保ちつつ、内側から乗っ取るつもりだったのです」
レオニスが震える声で言った。
「母上は……ラージに……殺されたの……」
王子の両目から、静かに、涙がこぼれ落ちた。
ユリィナはレオニスの肩をそっと抱きしめた。
国王は、言葉を失い、ただ一点を見つめていた。
妻を奪われ、息子から引き離され、自分の国すら失いかけた……その真実の重みに必死に耐えようとしていたのだ。
国王はゆっくりと口を開く。
「……私は……あの男を信じてしまった。
“国のため”、“民の安寧のため” ――そして“私自身のため”に
彼が必要だと思っていた……
だが……その実……妻を……レオニスを……こんなことに……
私は、何も守れなかった……!」
声が震える。
それは威厳ある王の声ではなく、一人の男の、深い後悔だった。
ユリィナは、そっと国王に語り掛ける。
「国王様……まだ、すべてが終わったわけではありません。
レオニスは、今もあなたを必要としています。
立ち上がるのに、遅すぎることなんてありません」
王は、拳を握りしめた。
「ユリィナの言う通りだな……ラージを……あの男を、必ず裁く。
我が名において、王宮から排し、すべてを明らかにしよう」
レオニスが、ゆっくりと頷く。
「父上……僕も、一緒に戦います。家族のために、そしてこの国を取り戻すために」
ユリィナは、そっと彼らの隣に立った。
これから何が起ころうとも、この二人を支えていくことを胸に誓いながら。
■■
国王が目を覚ました事実は、いまだ公にはされていなかった。
それは、王自身の判断によるものだった。
「ラージに悟られるわけにはいかない……まだ、“時”ではない」
その言葉どおり、王は再び“眠りについた”――だが、それは演出にすぎない。
王の寝台に横たわっているのは、クジが創り出した魔術道具による《身代わり》だった。
人形とは思えぬほど精巧に作られたその姿は、呼吸の微かな上下やまぶたの動きまで模しており、
傍目にはまったく見分けがつかない。
クジは“身代わりの王”の頬を軽くぺちぺちと叩きながら、苦笑を浮かべる。
「魔力が切れたら、ただの丸太に逆戻りだからな……もって、諮問会議の当日までだ」
「それで充分。その日に、必ず決着をつけるわ!」
ユリィナが静かに、だが強く言い切ると、レオニスは柔らかく微笑んで頷いた。
一方で、ラージの関心はすでに、数日後に控えた諮問会議に向けられていた。
彼はその席で、国政の実権を完全に掌握することを目論んでいた。
王宮にはほとんど姿を見せず、腹心の者たちと密談を重ねていた。
それが、ユリィナたちにとっては何よりの好機となった。
レオニスの父――覚醒した国王は、水面下で静かに動き出していた。
長年の信頼で結ばれた隣国の王へ、直筆の蜜書を送る。
《――この国を蝕む深き毒に対し、どうか貴国の叡智と誠実をお貸し願いたい。
その眼で、我が国の真実を見届けていただきたい。》
その文には、王家の紋章とともに、かつて結んだ盟約の印が添えられていた。
かくして――
諮問会議の場には、通常を遥かに超える数の出席者が集うこととなる。
近隣諸国の王族、重鎮、そして教会の最高権威・大司教まで。
その場で交わされる言葉には、国の命運が懸かっていた。
「言い逃れは……させないわ」
ユリィナは、声を記録した小箱を胸元に忍ばせた。
そこには、あの日、王妃が命を落とした“真実”――
ラージの口から漏れた“真実の声”が、確かに刻まれている。
だが、それだけでは決定打にはならない。
彼自身に、自らの罪を認めさせる――それが、この作戦の要だった。
幾度も作戦を練り直し、細部まで詰めていく。
その頭の中に、サミュエルの言葉が繰り返し響く。
『勝つには頭を使わねばならん。感情で動くな。お前はもう“ユリ”ではない。今は“ユリィナ”なのだから』
「……考えなきゃ。サミュエルなら、どう動く……?」
静かに、だが着実に戦いの時は迫っていた。
そのころ、クジもまた王宮の中を縫うように動いていた。
道具を整え、ルートを確保し、裏からの支援を準備していく。
彼にとってもこれは、ユリィナとレオニスを守るための最後の賭けだった。
そして――
レオニスもまた、自分の役割をしっかりと果たすため、準備を整えていた。
誰よりも真っ直ぐな心で、父の名誉を、そして国の未来を背負おうとしていた。
それぞれが、自分の役目を胸に刻む。
決戦の舞台は、もうすぐそこに迫っていた――。
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