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声の複製者  作者: 鵺@n-nue


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第26話

【毎日12時20分更新予定です】

静まり返った王宮の廊下を避けて――


ユリィナとクジは、王子の私室の奥に隠された細い通気口へ身を滑り込ませていた。





「この抜け道は、昔、俺が王宮に住んでいた時に使ってたルートだ」




クジは小声で言いながら、迷いなく進んでいく。




「あなたほんとに、何者なの……」




ユリィナが呆れ半分、尊敬半分で呟いたが、


クジはニヤッと笑うだけだった。




通気口の中は狭く、鉄の匂いと古びた石の湿気が充満している。


それでも二人は、音を立てずに忍び進む。




やがて――




「あの格子の先が、聖具室の手前の控えの間だ」




クジが指差す先、格子越しに薄暗い部屋が広がっていた。





ユリィナとクジは、聖具室への潜入に向け、計画を話し合った。





「今回は、これを使う」




クジが取り出したのは、彼自身が作った魔術道具――《幻煙筒》。




「通路の角に仕掛けて煙を立たせる。ユリィナは騎士団長ダントの声で現場へ向かうように仕向けてくれ」




「わかったわ」





クジは聖具室から少し離れた通路の角に幻煙筒を仕掛け、発動させると


急いで戻ってくる。




ボンッ――!




音とともに白煙が上がり、あたりに濃い霧のような煙が広がっていく。




すかさずユリィナが、ダントの声で叫ぶ。




「お前たち、何をしている! 煙のほうへ急行せよ! 大至急だ、護衛二人とも現場確認に向かえ!」




その威厳ある声に、聖具室の前を守っていた護衛たちは即座に反応する。




「はっ!」




護衛たちは、慌てて駆けだしていった。


足音が遠ざかる。





「よし、今だ」


二人はすぐに控えの間から飛び出し、聖具室の重い扉の前に立った。





「司教の声、出せるか?」




クジが確認する。




「当然よ」




ユリィナは喉に手を添え、声のトーンを調整。


司教の低く落ち着いた口調で命じた。




「……開けなさい」




ゴウン――




扉が静かに、だが重々しく開かれた。





「幻煙筒の持続はあと数分。急ぐぞ」




クジの声に頷き、二人は聖具室の中へ足を踏み入れる。




そこは神聖な空気に満ちていた。


銀の聖杯、封印の巻物、祈祷の杖――すべてが強い魔力を帯び、重圧のように押し寄せる。




「……どれも反応があるな……うーん……これはただの祈祷具か」




クジが、虫眼鏡のような形をした魔力感知用の“波動鏡”を覗き込み、次々と見ていく。




しかし、どれも“決定打”には届かない。





「クジ、これ!」




ユリィナが指差したのは、部屋の隅の、鉄の箱だった。


明らかに、他のものとは違う頑丈な作りをしている。




クジの持つ波動鏡が、他とは比べ物にならない程に反応した。




「……これだ。間違いない」




ユリィナはそっと蓋を開ける。


中には脈動するような赤黒い石が――“触媒石”だった。





「石に結界が張られてる……破壊には時間がかかるかも」




ユリィナが顔をしかめたそのとき、クジが即断する。





「ここでは無理だ、壊せない。持ち出すぞ!」




ユリィナは“石”を布で丁寧に包み、懐にしまった。


言葉を交わす余裕もなく、二人は足音を殺し、入り口へと引き返す。




だが――




扉に手をかけたその瞬間、通路の奥から複数の足音が迫ってくるのが聞こえた。


護衛たちが、戻ってきたのだ――!




「くっ……」




クジが即座に判断し、ユリィナの手を引いて扉の影へ滑り込む。


二人は息をひそめ、気配を消す。




しかし――




「……おい、扉の位置……ズレてないか?」




一人の護衛が異変に気づいた。




その声に、ユリィナの背筋が凍りついた。


ゆっくりと近づいてくる足音。


護衛の手が、扉の取っ手へと伸びていく。




(もう……ダメだわ……)




ユリィナは静かに手を胸元で組んだ。


クジは、懐に忍ばせていたナイフに手をかけ、わずかに目を閉じる。




ほんの一秒が、永遠にも感じられるそのとき――





「待てっ!」





鋭い声が空気を裂いた。




現れたのは――レオニスだった。




「僕の犬が逃げた! 至急、捜索を頼む! 至急だ!」




凛とした口調で、堂々と命じる。




護衛たちは一瞬戸惑ったが、レオニスの堂々たる王子の振る舞いに、すぐに敬礼した。




「はっ! ただちに捜索にあたります!」




そのまま二人の護衛は通路の奥へと駆けていく。


静寂が戻る。




息を潜めていたユリィナとクジは、ほっと胸を撫で下ろした。




すると、ギィ――と聖具室の扉が開き


顔を覗かせたのは……レオニス。




「間に合って、よかったぁ」




彼は、穏やかな笑みを浮かべる。





ユリィナは思わずレオニスを抱きしめた。




「ありがとう、レオニス……!」




レオニスは恥ずかしそうに頭を掻いた。




「ユリィナが……僕を助けてくれたように、今度は僕が守りたかったんだ」




レオニスの声は、柔らかく、けれど力強かった。





ユリィナの脳裏に、あの手紙の一文が蘇る。




『だから、こんどはぼくがユリィナをたすける、まもるから。』




本当に、その通りになった。




最初に出会った頃は、母を求める幼い少年だった。


今はもう――誰かを守るほどの力を持った、一人の“王子”だ。




ユリィナは、まるで我が子の成長を見守る母のように、誇らしげな眼差しを向けた。





クジは、ホッとした顔でレオニスの肩に手を置いた。




「レオニス、助かったぜ! ありがとなっ! よし、すぐに部屋に戻るぞ」




クジが、急いで通気口へ潜ろうとしたとき――





「待って! クジは……これね!!」




レオニスが勢いよく手を伸ばし、クジの首に例の魔術具――《変身宝石》を掛ける。




「犬!」




レオニスが叫ぶと……




ボンッ!




白煙が上がり、クジの姿はふわふわの愛らしい犬へと変わった。




「じゃあ、ユリィナ、一緒に帰ろう!」




レオニスは軽々とクジ(犬)を抱き上げると、堂々と通路を歩き出す。




途中、すれ違った護衛に、声をかけながら……




「犬は見つかった。ご苦労であった」




毅然とした王子の言葉に、護衛たちは頭を下げ、敬礼した。




その背を見つめながら――


ユリィナは胸の奥が熱くなるのを感じていた。




(……あなたは、きっと立派な王になる)




そう心の中で呟きながら、彼女も静かに後を歩き出した。




そして……


クジ(犬)は、納得のいかない顔でレオニスに抱かれていた。

カクヨムにて先行公開中です。【完結済み】

https://kakuyomu.jp/works/16818622176804863790

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