第25話
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その夜――
ユリィナとレオニスは王宮が静まる時間を見計らい、こっそりと国王の居室へ向かった。
出発前、王子の部屋でクジが言っていた。
「……国王の部屋に入れるかどうかは、賭けだな。あの部屋の扉には、ラージの魔術がかかってるかもしれねぇ」
その言葉が、レオニスの脳裏に蘇る。
扉の前で、彼はそっと息を整えた。
まだ幼さを残す顔に、王子としての自覚と覚悟がしっかりと滲む。
「……父上」
そのひと声で……
――カチリ。
金属の鈍い音が響き、鍵は驚くほど簡単に外れた。
拍子抜けするほど、あっさりと。
「僕の声で開かないように細工されてると思ってたけど……ラージ、ずいぶんと油断してるんだね」
レオニスは小さくつぶやき、苦笑する。
ユリィナが見守る中、レオニスはためらいなく扉に手をかけた。
重々しい扉が、静かに軋む音を立てて開かれていく。
ふたりは、静かに一歩を踏み出した――。
二人が足を踏み入れたその部屋には、重たい沈黙が支配していた。
そこにいたのは――もはや“王”の面影もない、やせ細った老いた男だった。
「こんなに……」
レオニスは声を震わせ、膝をつく。
かつての偉大な堂々たる父の姿は、そこにはなかった。
呼吸は浅く、顔色は蝋のように白い。
彼は父の手をそっと取った。
「……父上。どうか……戻ってきてください」
涙が落ちそうになるのをこらえながら、レオニスは言葉を重ねる。
「僕は……まだ、父上と話したい。叱られても、笑われてもいい。生きて、僕の父でいてほしい」
ユリィナは、そっとその隣にひざまずいた。
そしてゆっくりと話し出す。
その声は――王妃のものだった。
「レオニスを……どうか、守って。国としてではなく、父として。レオニスには、あなたが必要なの」
二人の声が、静かに室内に染み込んでいくようだった。
しばしの沈黙ののち――
わずかに、国王の指が動いた。
「父上……っ!今……動いた!」
レオニスが声を上げる。
国王の唇がかすかに動き、乾いた息が声を乗せた。
「……石……」
その一言とともに、国王は再び、深い眠りに沈んでいった。
「父上、父上……っ!」
レオニスは揺さぶるように名前を呼んだが、もう国王の目が開くことはなかった。
■■
ユリィナとレオニスは、王子の部屋へ静かに戻ってきた。
あのとき国王が最後に発した一言が、ユリィナの頭にこびりついて離れない。
「“石”……いったい、何を意味しているの……?」
思考を巡らせていたその時――
天井の通気口から、クジが勢いよく飛び込んできた。
「おい、これを見ろ!」
彼の手には、書庫で見つけたという古びた魔術書が握られていた。
開かれたそのページには、こう記されていた。
『心を縛る魔術は、魂と繋がれた“触媒石”によって維持される。
この石が砕かれぬ限り、術は決して解かれぬ。』
ユリィナがはっと息を呑む。
「触媒石……。まさか、国王が言った“石”って、このことだったの……?」
クジは、魔術書をめくりながら力強く言う。
「強力な精神干渉系の魔術は、大抵この“石”を媒介にするらしい。
つまり――この石を壊せば、魔術が解かれるってことだ」
「問題は、その石がどこにあるか、ね」
ユリィナが呟くと、クジはすでに王宮の地図を広げようとしていた。
だがそのとき――
レオニスがユリィナの手を引き、真剣な表情で口を開いた。
「……僕、サミュエルから“触媒石”の話を聞いたよ」
ユリィナとクジが同時に彼の方へと向き直った。
「“聖具室”に、魔術的に重要な品が収められていて……
その中に、触媒石も“聖具の一つ”として保管されてるって」
ユリィナとクジの視線が交差する。
瞬時に決意が共有された。
「よし! 行き先は決まったな」
クジの言葉に、ユリィナが力強く頷く。
「ユリィナと俺は、聖具室に潜入して、石を見つけ出す。
レオニス、お前は国王のそばにいてやれ。
……目覚めるためには、きっと、お前の声が必要だ」
レオニスは、真剣な眼差しで頷いた。
「僕が、必ず父上を闇から連れ戻す。だから――お願い、“石”を必ず壊して」
その言葉に、ユリィナはレオニスをそっと抱きしめた。
彼の内に芽生えた強さと覚悟を、しっかりと受け取りながら。
そして、ユリィナとクジは目を合わせ、黙って頷いた。
「――レオニスに負けてられないぜ」
クジは、手際よく腕まくりをした。
ユリィナは、強く拳を握る。
「必ず見つけ出して、砕く。その“石”が国王の魂を縛る鎖なら――断ち切ってみせる!」
その言葉を合図に、彼女たちは早速準備に取り掛かる。
魔術の核、“触媒石”を破壊するための決死の潜入が、今、始まる。
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