第24話
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静まり返った王子の私室。
机の上には、侍女によって回収された十数個の“声の記憶箱”がずらりと並んでいた。
それぞれが何気ない小さな木箱――だが、今はどれも、不穏な秘密を抱えた静かな証人だ。
「あとは、私ひとりでやるわ」
クジとレオニスに短くそう告げると、ユリィナはひとつずつ浅い木の盆に乗せ、自室へと向かった。
扉を閉め、鍵をかけ、深く息を吸う。
「さあ……聞かせて」
ひとつ、またひとつ――箱を耳元に近づけるたび、囁くような声が脳内に染み込んでくる。
それは、王宮に巣くう欲望。
裏切りと買収、計略と嘘、忠誠と恐怖の間で揺れる者たちの本音だった。
その中には、聞きたくもない下劣な中傷や、他人を陥れようとするささやきもあった。
だが、ユリィナは顔色ひとつ変えずに聞き取る。
真実を知る者の責任として、すべてを背負う覚悟があった。
――そして、ついに。
「……あった」
手にした小箱から流れ出たのは、低く抑えた男の声。
「王の病は、私の魔術によって順調に進行している。あとはこのまま“自然死”として処理すればよい……」
ラージだ――その声音は確信に満ち、醜悪な勝利の余韻すら感じさせた。
「王妃を先に始末できたのは大きかった。あの女は鋭かったからな……私の周りをうろつき、気配を探っていた。大人しくしていれば、死なずに済んだものを」
別の声が続く。
おそらく、司教――王権に大きな影響を持つ存在だ。
「……王妃は病死と聞いているぞ」
「ふふ、無知は罪だ、司教殿。あれは魔術に抗い続けた結果だ。最後は“浸透毒”を使った――薬草に偽装した特別な毒だ。身体を内側から蝕む。王も、誰も、気づきはしなかったさ」
ラージの笑い声が、箱の中に響いた。
ゾッとするほど冷たく、確信に満ちた声――
「……っ」
手が震える。視界が滲む。
殺意を当たり前のように語るその口調が、ユリィナの怒りに火をつける。
蘇る記憶――
“ユリ”だった頃、愛していた夫・誠に、毎日知らずに飲まされた薬。
気づけなかった……そして、最も守りたかった命を失った。
《人の命を、軽く扱う者を……私は、絶対に許さない》
「この箱の声は……決定的な証拠になるわ」
ユリィナは呟いた。
だがすぐに、サミュエルの声が脳裏に浮かぶ。
《焦るな――勝つには頭を使わねばならん。感情で動くな。お前はもう“ユリ”ではない。今は“ユリィナ”なのだから》
「……うん、わかってる。冷静に、丁寧に」
自分に言い聞かせるように、深呼吸をする。
「まずは、国王を目覚めさせなきゃ。このままじゃ……命が危ない」
ユリィナは決意と共に立ち上がり、木箱の蓋を丁寧に閉じた。
そして、レオニスとクジのもとへと駆け出した――
■■
王子の私室では、ユリィナ、レオニス、そしてクジの三人が、深刻な面持ちで机を囲んでいる。
次なる目的は、国王にかけられた魔術を解くこと――だが、そこには大きな壁が立ちはだかっていた。
「……問題は、ラージが国王にかけた魔術の正体ね」
ユリィナが静かに言葉を落とす。
3人ともその分野は手探り状態。
ラージが使う魔術の詳細は、誰ひとりとして把握していなかった。
「サミュエルがいてくれたら……」
ぽつりと漏れたユリィナの弱音に、クジがすぐさま反応する。
「なら、秘蔵書庫を当たってみるさ。古い文献に何か手がかりが残ってるかもしれねぇ」
そのとき、レオニスがふと呟いた。
「前に僕が見てた悪夢……あれも、ラージの魔術だったよ」
ユリィナははっとして、レオニスに目を向けた。
彼女の脳裏に、ラージと初めて対峙したときの、あの不気味な声がよみがえる。
“おやおや…どうやら、私の刻んだ恐怖はまだ根を残しているようだな……”
背筋を撫でるようなその言葉が、再び現実を侵す。
レオニスは過去の悪夢に怯むことなく、静かに続けた。
「ユリィナが、毎晩“母上”の声で僕に語りかけてくれて……それ以来、夢を見なくなったんだ。
だったら、同じ方法で――父上の魔術にも、何か作用するかもしれない!」
その声には、母の声を求めていた頃の彼とは違い、力強さがあった。
「……レオニス、お前、やるじゃねぇか!」
クジが腕を組み、満足げにうなずく。
「今は、とにかくできることを全部やる。それしか道はねぇ!――それぞれ動くぞ!」
三人は顔を見合わせると、ほぼ同時に立ち上がった。
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