第23話
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ユリィナとレオニスに挟まれ、犬の姿のクジが城の廊下を軽快に進んでいく。
ようやく王子の私室にたどり着くと、扉が閉まった瞬間、クジは「ワン!」と一声。
小さく煙があがり、人の姿に戻った。
「……まったく、あの門番、遠慮なく全身撫でまわしやがって……下手すりゃ通報モンだぜ、あれ」
クジのぼやきに、ユリィナとレオニスは思わず吹き出す。
「でも、さすがね。噛み方まで、完璧に“犬”だったわ」
「褒めてんのか、それ?」
ユリィナは目を見開き、真剣な顔で大きく何度もうなずいた。
クジは半信半疑の目を向けたが、口元にはうっすら笑みが浮かぶ。
そして、ふと部屋を見渡した。
「……久しぶりの王宮だ。俺は内部の構造、抜け道から警備の癖まで頭に入ってる。これから、いろいろ動けるぞ」
クジの頼もしさに、ユリィナがぱっと笑顔を見せた。
やがて3人は、部屋の中央に椅子を寄せ集めて作戦会議を始める。
「ラージの弱点……何かないかしら」
ユリィナが考え込む。
「そう簡単に尻尾を出すようなやつじゃないが、あいつの計画をひとつでも潰せれば、それなりに痛手にはなるはずだ……」
クジは顎に手を当て、真剣な顔で言う。
「とにかく、何でもいいから情報が欲しいわ! でも、手当たり次第に探りを入れれば、すぐに勘づかれてしまう。王宮はラージの目が至るところにあるもの……」
ユリィナが息をつく。
しばしの沈黙が流れる中、レオニスが母の形見の指輪を触りながら静かに言った。
「……“声の記憶箱”を使うのはどうかな?」
ユリィナとクジが同時にレオニスを見た。
「箱を、王宮のあちこちに設置しておくの。記録した声を後から聞けば、情報があつめられるんじゃない?」
一瞬、空気が変わる。
「レオニス! それ、完璧な作戦よ! それなら痕跡も残らないし、私にしか聞こえない。疑われることもないわ!」
ユリィナの声がぱっと弾む。
「レオニス、お前、天才だな!」
クジがレオニスの両肩を掴んでゆらした。
レオニスは気恥ずかしそうに頬をかきながら、笑った。
「じゃあ、まずはサミュエルの記憶室から“声の記憶箱”を調達しましょう」
ユリィナが立ち上がると、空気が一気に前向きになる。
「俺は抜け道から回る。城内を堂々と歩ける顔じゃねぇしな」
クジはそう言って、王子の部屋の奥の通気口へと身を滑り込ませた。
一瞬で姿を消すクジの背中に、ユリィナがつぶやく。
「……クジって、すごい人なのかもしれないわね」
レオニスが苦笑しながら頷いた。
「今さら気づいたの?」
二人は思わず目を見合わせ、笑い合った。
■■
“記憶室”と呼ばれるそこは、古代の王族たちの“声”が保存されている秘蔵の保管庫。
壁際の棚には、魔力を帯びた小箱がいくつも整然と並んでいる。
淡い光を灯したランプのもと、ユリィナ、レオニス、クジの3人が集っていた。
ユリィナがそっと一つの小箱を取り出す。
「これが“声の記憶箱”。この中におさめられた言葉は、私にしか聞こえない」
クジがすかさず数個手に取り、感触を確かめる。
「このサイズなら、棚の上にも窓辺にも置ける。気づかれず設置できそうだ」
「問題は、どの部屋に置くか、よね」
ユリィナが問いかけるように振り返ると、クジが巻物を広げた。
「この地図は、俺が王宮にいた頃に記録したものだ。
ラージのような権力者たちが集まりやすいのは……ここの大広間だな! それから、ここと……あと小さな部屋は、よく密談に使われる」
「じゃあ手分けして設置しましょう」
ユリィナが意気込んだその時、レオニスがふと思いついたように顔を上げた。
「待って。それなら……僕の立場を使おうよ」
「立場?」
ユリィナが首を傾げる。
「王子の名で侍女に命じて、箱を設置させるの。『母上の弔いに置いてほしい』って頼めば、誰も不審には思わないはず」
その提案に、クジは一瞬沈黙し、それから顔いっぱいに笑みを広げた。
「レオニス……お前……本当に成長したなっ!」
クジはレオニスの成長を心の底から喜ぶように、彼の頭をわしゃわしゃと撫でまくった。
■■
その日の夜、レオニスは最も信頼している若い侍女を部屋に呼び寄せた。
「母上への祈りのために――この箱を指定の部屋にひとつずつ置いてきてほしい。誰にも触らせないで。いいね?」
「かしこまりました、殿下」
侍女は礼儀正しく頭を下げ、静かに任務へと向かった。
だが、ある部屋に箱を設置しようとしたそのとき――
「……何をしている?」
背後から声をかけたのは、よりにもよってラージだった。
「っ……ラージ様。こ、これは、その……王子様のご命令で……」
動揺した侍女の手元から、ラージが箱を奪い取る。
「レオニスが……? もういい、お前は下がれ」
侍女は慌てて部屋を後にした。
「何を企んでおるんだ……」
ラージは箱の蓋を開ける。
中には、一枚の紙が丁寧に折りたたまれていた。
「……?」
ラージは紙を開き、声に出さず目を通す。
『母上と共に……愛しています。レオニス』
一瞬、眉がぴくりと動いたが──次の瞬間には冷笑を浮かべた。
「子供の戯言か。ばかばかしい……」
紙をびりびりと破り、そのまま箱とともに机に放りだすと、足音を響かせて去っていった。
「危なかった……!」
王子の部屋では、3人が胸を撫でおろしていた。
クジの作った“魔眼の鏡”が、ラージの動きを映し出していたのだ。
「声までは拾えねぇが、映像はバッチリ。こいつは魔力が続く限り、対象の鏡と連動して、どこでも覗ける優れモノだ」
クジは得意げに“魔眼の鏡”の解説すると、表面を袖でキュキュッと拭いた。
「僕、ドキドキしちゃったよ! けど、ユリィナの言う通り、お手紙作戦が効いたね!」
レオニスの言葉に、ユリィナがにっこり笑う。
「手紙を見て“王子のもの”と分かれば、誰もむやみに箱を壊したり捨てたりしないかなって思ったの」
ユリィナが肩の力を抜いて答える。
「なるほど……それは名案だったな」
クジが感心していると、ユリィナとレオニスは嬉しそうにハイタッチした。
それから数日間。
3人は地図と鏡を頼りに、慎重に“声の記憶箱”の監視を続けていった。
確実に“誰が、どこで、何を語っているか”の痕跡が、箱の中に積み重なっていく。
王宮の静かな片隅で、知られざる密偵たちの作戦が、着実に動き出していた。
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