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声の複製者  作者: 鵺@n-nue


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第21話

夜も更け、小屋の窓にかかったレースのカーテンが、冷たい風にふわりと揺れている。




ユリィナたちは、その晩クジの家に泊まることになった。




クジが淹れた温かなハーブティーの香りが、穏やかに部屋を包む。




レオニスは、クジとの再会にはしゃぎ疲れ、ユリィナの膝の上で安心したように眠っていた。


その寝息のリズムが心地よく、ユリィナはしばし黙って彼の髪を撫でる。




やがて、視線を伏せたまま、意を決したように口を開いた。




「……ねぇ、クジ」




「ん?」




道具の手入れをしていたクジが手を止め、柔らかなまなざしをユリィナへと向ける。




「私……ひとつ、話しておかなければならないことがあるの」




ユリィナの声は静かだったが、どこか切実だった。




「これまで、レオニスにしか話してはならないと――そう、教えられてきた秘密……」




その言葉に、クジの目が開かれる。


だがすぐに、彼は真剣な顔で、深く頷いた。




ユリィナはひとつ深く息を吸い、告げる。




「……私には、“声を複製する力”がある」





「声を……複製……?」




クジは一瞬まばたきし、言葉の意味を飲み込んでいく。




「そう……誰かの声を一度でも聞けば、そのまま再現できる能力。


抑揚も、言い回しも、息の混じり方も……完璧に」




ユリィナはわずかに微笑む。




「この世界では“声”が力を持っているでしょ。だからこそ、この能力は誰にも知られてはいけないって――サミュエルはそう言ってた。でもあなたには伝えておきたいの。一緒に戦う仲間だから」




言葉を区切り、ユリィナは胸に手を当てる。




「……私は、レオニスのためなら、この力を失っても構わないと思ってる。命さえ惜しくないの……本気で、この子を守りたいから」





その言葉に、クジはしばらく黙っていた。


やがて、静かに、しかし確かな声で言う。




「……話してくれて、ありがとう。ユリィナの能力は……この国にとって、最も強い力かもしれないな。


ここは“声”によって秩序が支配される世界だから」




そして彼は、優しく微笑む。




「よし、レオニスのために――俺も持てる力のすべてを使おう」




クジは力強く言った後、ふと表情を和らげる。




「ところで……サミュエルは、今どこに?」





その問いかけに、ユリィナは俯き、声を潜めるように答えた。




「……亡くなったの。ラージと戦って……レオニスを守るために、命を……」





クジは言葉を失い、目を伏せる。


しばらく沈黙が流れる。


そして悲しみを飲み込むように、小さく頷いた。





「そうだったのか。彼ほどの男が……でも、あの歳なら、大往生だな」





ユリィナは慌てて首を振る。




「ち、違うの!サミュエルは……ちょっと変り者で……本当は私と同じくらいの年齢で……」





クジの顔に、静かな衝撃が走る。




「……すまない。情報量が多すぎて、ちょっと整理が追いつかないな」





彼はカップを手に取り、あたたかな液面に目を落とす。


やがて、顔を上げて――はっきりとした声で告げた。




「姉さんとサミュエルに誓う。俺は、これから何があっても――レオニスとユリィナの味方でいる。必ずな!」




その言葉は、静かにユリィナの胸に染み渡った。




「……ありがとう、クジ」




ユリィナの頬に、ようやく安堵の笑みが浮かんだ。


張りつめていた心の糸が、緩んでいくのがわかる。





――また一人、信じられる存在ができた。




力強い味方を得た今、小さな希望が、確かにそこに芽吹いていた。





■■





翌朝早く、クジはテーブルいっぱいに奇妙な道具を並べていた。


金属や木材、石に細工された小さな器具が、朝の光にきらきらと反射している。




ユリィナとレオニスは、その光景に目を丸くした。




「俺の得意分野は“魔力道具”の作成だ。サミュエルみたいな純粋な魔術師じゃないから、一つ一つの力は大したことないけど――詠唱なしで使えるのが強みってわけ。しかも、魔力を持ってない奴でも使えるんだ、これが」




「えっ……じゃあ、私にも魔法が使えるってこと?」




ユリィナの声に、クジはにっと笑ってうなずいた。




「もちろん。これらの道具を使えばな。誰でも魔法の片鱗に触れられるのさ」




「すごい……!」




ユリィナは目を輝かせながら、道具を手に取り眺めた。


レオニスも興奮気味に前のめりになった。




「クジ、僕に何かくれない?僕だって戦いたいんだ」




クジはふっと笑い、レオニスの髪を軽くくしゃりと撫でた。




「いいだろう。――これを持ってけ」




彼が差し出したのは、銀色の指輪。


繊細な模様が彫られていて、中央には淡い光を宿す小さな石がはめ込まれていた。




「これは姉さん……お前の母さんがずっと身につけてたものだ。中には、姉さんの魔力が封じられてる。お前なら、きっと引き出せるはずだ」




レオニスは両手で大切そうに受け取り、指にはめる。


その瞬間、指輪がふわりと光り、レオニスの身体を包み込んだ。




「……なんだか、力が湧いてくる。これで、僕も……!」




ユリィナがその様子を見守りながら、優しく微笑む。




「うん。レオニスなら、きっとできる。あなたの力が必要よ、一緒に戦おう」




クジは椅子から立ち上がり、二人を真っすぐに見つめる。




「――ここからが本番だ。ラージの野郎を引きずり下ろして、国を取り戻す。俺たち三人でな」




ユリィナとレオニスは、力強くうなずいた。




新たな覚悟が、三人の胸に灯る。


それはまだ小さな火でも、確かな希望だった。


彼らはラージの陰謀に立ち向かう第一歩を踏み出した。

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